1977年その2 マリオネットの罠

 書誌データ

 1977年7月文藝春秋

 1981年3月文春文庫

 2006年11月文春文庫(新装版)


 赤川次郎は新本格である。

 「何言ってるんだこいつ」と思われると思うが、事実だ。


 「マリオネットの罠」は前項でも触れたが、赤川次郎の実質処女長編である。

文春文庫の権田萬治氏による解説に詳しく書かれているが、本人いわく当時の担当編集から四百箇所以上修正を入れられたと回想している。

 その影響だろう。今作には赤川次郎の大きな特徴である軽妙な語り口や、登場人物たちの愉快なやりとりがほとんど出てきていない。1977年当時の、同時代作家の書いたサスペンス小説を大差ない文体となっている。地名や固有名詞がやけに出てくるのも他の赤川次郎作品には無い部分である。

 しかしそれでいて「デビュー作にはその作家のすべてが詰まっている」という言葉は今作にも非常に当て嵌まっている。


 物語は仏文科研究生の青年が、フランス語の家庭教師として山奥の洋館に招かれる所から始まる。そこは美しい妙齢の姉妹と執事や小間使いだけが暮らす外界から隔絶された非現実的な場所だった。しかし彼は洋館の中に自分たち以外の人間の気配を感じる。

 洋館の地下に女性が幽閉されている事知った青年は、様々な手を回して彼女を解放するが、外界へ放たれた彼女は次々と冷酷な殺人を続ける、果たしてその目的は…?という筋。

 今作は大量に死者の出る作品であり、死者の総数は十四人にものぼる。

その中でも、特に第二章で描かれる死者たちのくだりは読みごたえが凄い。山奥の洋館を抜け出し、街に出た女性殺人鬼が次々に犯行を重ねていくのだが、被害者一人一人の人物像や背景をしっかり描写してから非業の運命を辿らせるのには、後に多くの作品で登場人物に容赦しない物語を手掛ける作者の片鱗が大いに見受けられる。

 赤川次郎の「容赦なさ」というのはただ残酷で無惨なわけではない。それは既存の価値観や倫理観に引きずられて手加減したり、またある種のキャラクターだけは殺さない(たとえば幼い子とか危うい所を助けられた少女とか)というようなことから自由である、という意味で容赦がないのである。

 既存の価値観や倫理にとらわれないというのは、綾辻行人の館シリーズや我孫子武丸の初期作品などの、新本格第一世代の特徴でもある。

 だからこそ彼らは当時の基準から見て古いように見えて実は新しいミステリを書くことができたのだが、赤川次郎はそれに十年早く到達していた。

 一方で全編を通じて登場する秘密組織や三章の舞台となる謎の病院やらのくだりは正直いただけない。手塚治虫の「奇子」後半のギャングの抗争並に地に足がついて無い。当時のサスペンス小説観に引きずられている。

 そして今作の最大の魅力、それは事件の真相に触れないと語る事はできない。

(この先今作のネタバレとルメートル「その女アレックス」のネタバレがあります)





 最後に明かされる真相で、無差別に殺人を起こしているように見えた女性殺人鬼が実はある特定の人間たちを殺していた事が明らかになる。つまり2014年日本で大ヒットしたルメートル『その女アレックス』と非常に似た真相なのだ。

 ルメートルがこれを参考にしたという事はもちろん無いだろう。

 むしろフランスミステリ好きの赤川次郎がひねった真相を考えた結果、『その女アレックス』に三十四年先んじたという事だろう。物語の真相に関わる部分とはいえ、アレックスがヒットした時この作品と絡めて語った人がいたかは寡聞にして知らないが。

 ただし『マリオネットの罠』ではラストのドンデン返しに至る伏線もほぼ無いので、丁寧に伏線が張られている『その女アレックス』とはだいぶ違うし、この作品の一番残念なところでもある。

 これは作品の時期も関係しているのだろう。この当時に新人がサスペンス風味に見せかけて実は本格ミステリというのは書きづらかったのかもしれない。

ラストに至るまでの過程を丁寧に描写し伏線を張っていれば「赤川次郎の初期代表作」から「日本を代表するミステリ」に昇華していたのは間違いない。




(ネタバレ終わり)

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