ラクレスメンバーを含む周囲の人間から得た情報らしいが、元よりカネモトという男は、動画での人気とは裏腹に、その本性は人として最低だったらしい。自分にとって都合の悪い人間は排除する。利用できる相手は利用する。しかも外面だけは良いからタチが悪い。


「邪魔だった井之川って人を排除して、それでいて企画やカメラマンを押し付けた挙げ句、自分は人気者気取りか。控え目に言っても最低の男だね」


 愛が腕を組みつつ、いきどおるかのごとく鼻息を荒げる。それを見て「まぁまぁ……」となだめるは一里之。なんだか立場が逆のような気がしなくもない。


「そういう人間だったからこそ、本性を知った人間から恨みを買うことも多かったみたいですね。カネモトに頼まれたからこそ【6人目のラクレス】に徹していた井之川も、カネモトの本性を知って気づいてしまった。自分は蹴落とされた側の人間であること、そして都合良く利用されているだけにすぎないことを――。彼はカネモトの都合で、一生治らない火傷の跡まで顔に残してしまった。有名動画クリエイターになる機会を諦めざるを得なくなった。カネモトを殺害する動機としては充分すぎますよねぇ」


 今回の事件は怨恨による殺人事件だった。話を聞いただけでも、井之川の恨みは相当なものだと分かる。その恨みは悪意となり、人喰いエレベーター内にて爆発してしまった。


「人喰いエレベーターの動画自体はカネモトのドッキリという企画でしたが、そもそも人喰いエレベーターの話を仕入れてきたのは井之川のほうだそうで、その時にはすでにカネモトの殺害計画も完成していたらしいです。本番の数日前に単独でおばけマンションへと訪れ、即席の鏡を現場で作り上げてエレベーターの鏡に貼り付けておいたみたいですねぇ。この辺りも店主さんの推測通りでした。ただ、犯人である井之川が髪の毛の色を赤に染めていたのは、どうやらカネモトになりすますことが目的ではなかったようです」


 大海が目撃した赤髪の男。それこそが井之川であったことは裏が取れている。ただ、髪の毛の色が赤だったのには、千早の推測とは異なる理由があった。


「あの辺りは想像でしかありませんが、カネモトさんになりすますことが目的ではなかったとしたら、なぜ犯人は髪を赤に染めていたのですか?」


 この辺りの事情は、千早が知ることのできた情報だけでは推測のしようがない。もっとも、犯人から直接事情を聞いてしまえば一発なのであるが。


「なぜ犯人は生配信の当日に髪の毛を赤に染めたのか。もちろん、カメラの前に立つ必要のない彼は、普段から黒髪だったそうでして、髪の毛を赤に染めたことには理由と意味がありました」


 犯人である井之川が、どうしてわざわざ黒髪を赤に染めたのか。しかも、カネモトと全く同じカラーの赤に――。それには、想像以上にしっかりとした理由が存在した。班目は少しもったいぶってから、ゆっくりと口を開く。


「どうやら、カネモトを挑発するためだったみたいなんです――。赤髪はカネモトのカラーですが、それをあえて被らせることで、カネモトの神経を逆なでしようとしたらしいです。ラクレスというグループが急成長し、手段を選ばずにリーダー格まで登りつめたカネモトにとって、そのシンボルというものは一種のアイデンティティーとなっていたのでしょう。案の定、カネモトは井之川の髪の色を面白く思わなかったようです。そして、生配信の途中で挟んだ休憩中――とうとう井之川とカネモトは口論となった。カネモトが突っかかったのか、それとも井之川が彼を怒らせるようなことを言ったのか。どちらなのかは不明ですが、井之川の思い通りに喧嘩が始まったのです。彼にとっては予定調和の喧嘩がね」


 班目の言葉に耳を傾けていた千早は「そういうことですか」と呟き落とす。この話を聞いただけで、井之川が髪の毛を赤に染めた理由にたどり着くことができたのであろう。


「そうやって喧嘩をけしかけることで、休憩中に姿を消しても不自然にならないようにしたということですか」


 班目の台詞を見事なまでに奪ってくれる千早。


「ご名答。カネモトと喧嘩を始めた井之川は、その場で激憤げきふんし、カメラマンという役割を放棄して帰ってしまった――とは、両者のやり取りを見ていた博士の証言です。喧嘩を始めたのは、最上階で打ち合わせをしていた時だそうで、そのまま帰ってしまったと思われていた井之川は、タイミングを見計らってエレベーターの中に身を隠したわけです。こうしてアリバイを確保し、いざとなった時には罪を逃れようとしたのですね。カネモトの亡霊は、綿密な殺害計画のすえに生まれた魔物だったのかもしれません」


 想像だにできない怨恨と、計り知れない悪意。それらが入り混じって練り上げられた恐るべき計画は、しかし完璧ではなかった。もし、井之川の計画に不備があったのだとすれば、それは名前さえ知らない古物商の存在があったということであろう。後になって回収する予定だったという偽物の鏡の存在を、あの場で千早が暴いてくれたおかげで、犯行の裏付けが取れたのだから。


「――まぁ、これにて一件落着ってやつか。猫屋敷、そういえば大海と連絡先を交換してたみたいだけど、あいつ迷惑かけてないか? あんまりにもメールの本数が多いのであれば、あいつに直接言っておくけど」


 今回の事件での立役者となった大海。彼の部屋でのやり取りからも察することができたが、どうやら女性関係について緩いところがあるらしい。もっとも、現代の日本は自由恋愛の世の中であるし、例え大海が千早にアプローチをしたとしても、それを一里之が咎めることはできない。なんせ、当の本人には彼女がいるわけだし。高校生にも恋人がいて、仲睦まじくやっているというのに――。いまだに独身で恋人すらいない自分が情けなくなる。


「いえ、迷惑だとは思いませんよ。あまりにも他愛のない内容ばかりですので、読むだけ読んで、返信してませんから。まぁ、学校で話す機会があった時に、改めて話題として出せばいいだけですし。それに、大海君のメールには緊急性を感じませんし、どうしても話したいことがあるなら電話をかけるでしょうから。そのほうが合理的です」


 さらりと言い放った千早の言葉に、愛と一里之が顔を見合わせる。きっと、彼女には恋の駆け引きなんてものは通用しないのであろう。


「む、無自覚既読スルーって感じかよ――。さすがは鋼鉄のガールフレ……いや、なんでもない」


 一里之が言葉を途中で止めたのは、千早が不思議そうに首を傾げたからだろう。おそらく、千早にはまるで悪気がないのだ。合理的な判断を下しただけにすぎない。なぜだか分からないが、そこで会話が一旦終わってしまい、ちょっとした静寂が訪れた。


「あ、そう言えばさ、例のものができたみたいなんだよね」


 手をパチンと叩き、その静寂を破ったのは愛だった。スマートフォンを取り出すと、なにやら操作を始める。千早はその光景に対して小声で「あ、あの……その話はまた今度にしませんか?」と提言するも、そこに一里之のカットインが入る。


「例のものってなんだよ? 俺は何も話を聞いてねぇぞ」


 千早の弱々しき言葉は一里之の好奇心にかき消され、残念ながら愛まで届くことはなかった。


「何も聞いていないって――だって、純平には話してないし」


 なんだかもったいぶった言いかたをする愛。女の子同士の秘密と言わんばかりであるが、しかしデリカシーがどこかにいってしまった一里之は、愛のスマートフォンを堂々と覗き込む。

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