査定3 おばけマンションの人喰いエレベーター【エピローグ】1
一里之達にも事後報告をと千早に声をかけてもらったわけであるが、道が混んでいたせいで班目が最後の到着となった。もはや時期は初夏であり、少しばかり気の早いセミの鳴き声が響いていた。もう夕方だというのに、気温は全く下がる気配がない。周囲はまだ明るいが、ここに来る時間としてはいつもより遅いくらいだ。
「や、大変お待たせしました。思ったより県外ナンバーが多くて」
班目達の住む妻有郷は、それこそここ十数年で急速的に観光地化した街である。きっかけは恐らく、街のいたるところ――それも街中だけではなく、車で延々と山道をのぼった先だとか、誰がわざわざ鑑賞するのだろうかと思うほどの僻地に、芸術作品が点在するという芸術祭のおかげであろう。地元の人間からすれば、一体なにが楽しいのだろうというのが本音であるが、間違いなく芸術祭が開催された辺りから観光客が増え始めたし、3年に一度、新たな芸術作品が追加される本祭には、多くの観光客が訪れる。昨年公開されたばかりだが、渓谷トンネルの見晴らし場に作られた芸術作品が爆発的に話題となり、本祭ではない年でも観光客が殺到しているとか。
「まぁ、この時期は仕方がねぇよ」
「みんなもう慣れちゃってるしねぇ」
先に店に到着していた一里之と愛。衣替えの時期が少しずれてしまっているような気がしないでもないが、前回会った時と服装が異なっている。一里之は相変わらず赤のシャツを下に着ているが、その上は白の半袖シャツになっている。愛もシャツが半袖になっており、目のやり場に困る短さのスカートは健在である。
「お待ちしておりました――」
カウンターの奥にいた千早も、真っ黒なセーラー服から一転して、白を基調とした半袖のセーラー服へと衣替えをしていた。姿格好が変わっても、その落ち着いた佇まいは変わらない。
「わざわざ集まってもらってすいませんねぇ。あ、これ――今回の分です」
班目は一里之達にそう言いつつ、カウンターへと歩み寄ると茶封筒を千早に渡す。一里之達がいる手前、裸ではよろしくないと思い、今回はしっかりと茶封筒に入れてきた。中身はもちろん、今回の事件に対する査定手数料である。
「ありがたく頂戴いたします」
千早は茶封筒を受け取ると、中身を改めもせずに、手近にあった金庫を開け、その中へと入れる。班目と千早の間にはビジネスライクな信頼関係が出来上がっており、だからいちいち中身を改めたりはしないのだろう。開けた金庫の中に、タッパに入った豆大福らしきものが見えたのは目の錯覚だろうか。いや、錯覚に違いない。豆大福が金庫の中に入っているわけがない。
「さて、こうしてみなさんに集まってもらったのは他でもありません。例の事件――ざっとですが真相が判明しましたので、ご報告をと思いましてね」
千早には査定手数料を支払わねばならないし、事件のその後のことは、きっと一里之達も気になっていたことだろう。だからこそ、千早を通じて店に集まってもらったわけだ。班目は査定手数料の支払いができるうえに、事件の報告もできて一石二鳥である。
「あの事件、結構ネットでも騒がれたみたいだからねぇ。週刊誌なんかは、メンバー同士の確執があったみたいなことを書き立てていたみたいだし」
愛の言葉に頷く班目。週刊誌の記者というものは、どこから情報を得てくるのであろうか。下手をすると、警察なんかより情報が早かったりするから恐ろしい。もちろん、お互いの立場というものがあり、それぞれの縄張りはギリギリで守られているのだが、あの情報収集能力はあなどれない。
「えぇ。やはり店主さんの推測通り、ラクレスは当初より6人で活動をしていたそうです。その6人目のメンバーの名前は
千早の推測は中々に的を射ており、想像で補ったであろう部分も、見事に当たっていた。不謹慎であるが、答え合せが少し楽しかったくらいだ。
「しかし、カネモトはそれが面白くなかったようですねぇ。対抗して企画した動画も、彼の企画した動画には視聴数が敵わない。また、視聴者からの人気というのも、いかんせん敵わない。表立ってぶつかることはなかったそうですが、周囲には結構愚痴を漏らしていたようだ――とは、他のラクレスメンバーの証言です」
人間というのは2人以上が集まるとルールというものが必要となる。そして、それは人数が増えれば増えるほど複雑化し、ルールだけでは絶対にフォローできなくなる。どんな集団でも、人数が集まれば集まるだけ、ルールを守らない者が出てくる。もしくは、そのルールが腑に落ちない者が出てくる。そして――対立というものが生まれる。
「しかし、そこまで優秀だった動画クリエイターが、どうしてカメラマンという立場になってしまったのでしょう?」
井之川という6人目のラクレスは、企画力の高さはもちろんのこと、視聴者からのウケも良かった。しかし、ある動画での事故をきっかけに、裏方へと回らざるを得なくなったようだ。
「心頭滅却すれば火もまた涼しらしいから、ガソリンに火を点けてみた――。この動画を境にして、ラクレスは6人組から5人組へとなったようです。内容は、ガソリンを空き地に撒き散らして火を点けるという自殺行為でしかないようなものです。ガソリンは揮発性のもので、液体そのものが発火したりはしません。動画内でも、ガソリンに火を点けようとしましたが、結局のところ着火できなかったという形で締めくくられています。しかし……実際はそうではなかった」
任意同行という形で、犯人は所轄の警察が引っ張った。もちろん、この所轄とは犯人の住所があるところの警察署ということになる。だから、まだ顔を見たことはないのだが、話によると頬に大きな火傷の跡があるらしい。その火傷の原因となったのが、どうやら件の動画のようなのだ。この辺りも、ラクレスの他メンバーからの証言により、裏付けが進んでいるそうだ。
「この企画――カネモトさんが企画したものだったらしいのですが、どうやらこの動画を撮影した際に【6人目のラクレス】である井之川は、火傷を負ってしまったようなんです。命に別状はありませんでしたが、顔に大きな火傷の跡を残してしまった。そんな状態でカメラの前に立つわけにもいかず、突然の引退という形で、彼は前線から身を引いたらしいです」
班目の話を聞いていた千早が、小さく溜め息を漏らす。視聴数を稼ぎたいがゆえに、危険な行為へと手を出してしまう動画配信者は少なくない。時代が生み出した闇だといえよう。
「それで、井之川さんはカメラマンとして、裏方に回ったということですか――」
逮捕された井之川の証言によると、引退した後も、その企画力を買われ、ラクレスの裏方として残留することにしたそうだ。なんでもカネモトが土下座をして頼み込んだらしい。カネモト自身も「あれを企画したのは自分だから」と、井之川の居場所を奪ってしまったことに罪悪感を抱いているようだった――少なくとも、その時はそう見えた。ラクレスのメンバーは口を揃えて、言葉尻を濁したそうだ。
「えぇ、カネモトの要請もあって、裏方としてラクレスに携わることになりました。でも――これらは全て、カネモトがそうなるように仕組んだことだったんです。わざと危険な企画を立て、井之川をカメラの前から引きずり降ろし、その企画力を利用してのし上がろうとした。事実、ラクレスの人気はうなぎのぼりで、特にリーダー格のカネモトには、多くのファンがつきました。それこそ、彼の思い通りにね」
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