「ラクレスは発足当時は6人組だった。でも、現在は5人組です。どうしてラクレスの人数が減ったのかは知りませんし、その辺りの事情まで推測はできませんが、何かしらの理由でラクレスを抜けなければならないメンバーがいて、その方が自然と裏方の仕事に就いたと言う可能性は、充分に考えられます。まぁ、これも想像の域を出ませんが」


 カメラマンの役割を担った人物は、元々ラクレスのメンバーだった。もしかすると、ラクレスを抜けるにあたって、何かしらの確執が生まれてしまったのかもしれない。こればかりは、もう当人達に確認を取るしかなく、千早も想像でしか話せないのであろう。ただ、ラクレスが元々6人組だったことだけは、しっかりと根拠があって成立した事実である。


「なるほど――。ラクレスのメンバーも警察に事情を話しに行くようですし、裏を取ってみましょう。それで事件は解決と。して、今回の買い取り査定額は、如何ほどになるでしょうか?」


 犯人は現場にいたカメラマンである。もし、千早の言った通りの方法で犯人が犯行に及んだのであれば、それが可能だったのは途中から姿を消すことのできたカメラマンだけ。博士、ジュンヤ、キー坊、マソンヌの4人に容疑者を絞って考えても答えなど出なかったわけだ。そこにカメラマンというもう1人の存在があって、またその人物がフリーに動けたからこそ、今回の奇妙な構図が出来上がったのだ。ここまで判明すれば、後は照合作業――ラスレスメンバーの証言を元に、答え合わせをするだけだ。


「この度のいわく。画面を通し、そしてハンディービデオカメラのファインダーを通しての得体のしれない悪意と殺意――。ネットという媒体を通し、その悪意に触れてしまった多くの人々。非常に興味深く、また貴重なものだと思われます」


 ただでさえ、殺人事件を映像として収めることになってしまったビデオカメラ。それだけでも、充分ないわく付きであると言えよう。


「よって、このハンディービデオカメラ――これくらいのお値段をつけさせていただきます。出張査定料金のほうは、常連様割引で今回はサービスさせていただきます」


 千早はそう言うと、抜け目なく持ち歩いているのだろう。いつもの伝票を取り出し、壁を机代わりにして万年筆を走らせると、それを班目だけに見えるように手渡してきた。


 恐る恐ると伝票を見てみると、なんとハンディービデオカメラの買い取り金額は【金拾伍じゅうご萬円也】とかなりの高額。単純にこれを買い取ってもらえるのならば、かなり破格の買い取り金額であるが、あくまでも班目が対価を支払うほうであり、当然ながら署から持ち出してきた証拠品を売り払うわけにはいかない。


「いや――今回はやっぱりやめておきます」


 班目の目的は商品を買い取ってもらうことではない。それは千早だって分かりきっているだろうに、形式上はこのようなやり取りをしなければならない。査定手数料という料金の発生を明確にするためのプロセスの一環といえよう。


「査定手数料に関しては、後日お店までお持ちします。それでよろしいですかね?」


 何度も千早の力を借りている班目にとって、このやり取りの流れは完全に把握済み。相場はおおよそ買い取り金額の半額。それに色をつけるかどうかは、依頼者次第である。となると、いくらとまではいわないが、おおよそ8枚といったところか。彼女の家庭事情は詳しく知らないが、確か祖母と2人暮らしだったはず。これだけが収入ではないだろうし、実際のところどうやって生活しているのかまで首を突っ込むつもりはないが、彼女の仕事が生計の足しになっていることは間違いなかった。


「買い取りをやめるのであれば、それで結構です。では班目様、またのご来店、ご利用をお待ちしております」


 千早はそう言って頭を下げる。この辺りのやり取りもまた、店と客という立場の違いから生じるものなのだろうが、世話になっているのはこっちのほうだし、むしろ頭を下げるのもこちらのような気がする。班目は慌てて「いえいえ、こちらこそまた寄らせてもらいます」と、頭を下げた。


「うーん、今回もばっちり解決ってやつだな。猫屋敷、古物商なんかじゃなくて探偵でも始めたほうが、今より儲かるんじゃね?」


 デリカシーのかけらもへったくれもない一里之の発言。彼女は別に探偵をやりたくてやっているわけではないということを理解していないらしい。


「いえ、私――あのお店が好きなので。それに、おばあちゃんの代まで続いてきたお店を、私の代で終わらせたくもないですし」


 猫屋敷古物商店。その歴史がどれだけのものなのかは知らないが、あの店が好きという彼女の言葉に嘘偽りはないのだろう。


「ふーん、そっか。っていうかさ、腹減らね? どっかで食って帰ろうぜ」


 自分で話を振っておきながら、素っ気なく返す辺りもまた、キングオブデリカシーのない男選手権優勝候補だと言えよう。しかも、話を急に切り替えて夕食の話ときたものだ。その言葉がトリガーだったのであろう。どこかで腹の虫が鳴いた。なぜだか、うつむいた千早が頬を真っ赤に染めていた。思わず笑い出しそうになるのを堪えつつ、班目は一里之の意見に賛同する。


「まぁ、今回は一里之君達にも協力していただきましたし、良かったら大海君にも声をかけて【花レス】にでも行きますか。もちろん、私のおごりということで」


 班目の提案に喜ぶ一里之と愛。大海を呼ぶために一里之が階段を駆け上がり、はしゃぎすぎるなと愛が大声で一里之の背中に忠告を飛ばす。千早は顔を上げると「いいのですか?」と問うてくる。このような時は、やっぱりまだまだ高校生なのだな――と思う。


「こういう時は、素直に大人からご馳走になるものですよ」


 班目はそう言うと、その白い歯を見せ、ちょっとだけ格好をつけて笑みを浮かべたのであった。


 ――もし、件の【花レス】に【あの人の誕生日に花束を、そして愛の終わりに裏切りを】という、国産牛のステーキをメインにした1万円ほどのメニューがあるということを知っていたら、あのまま解散していただろうとは、財布の中が見事にすっからかんとなった某刑事の言葉だとか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る