ラクレスの動画を思い出して、ほんの少しだけ身震いする班目。カネモトがエレベーターへと乗り込む際、すでに犯人はエレベーターの中に身を潜めていたのだ。お手製の鏡の裏に身を潜め、ただその時が訪れるのを待つ。なにも知らないカネモトを乗せたエレベーターの扉がゆっくりと閉まる。まさか、強烈な悪意を一緒に乗せているとも知らずに。


「エレベーターが最上階から1階へと向かう時間を利用して、犯人は犯行に及びました。ここのエレベーターは最上階から1階まで降りるのに1分以上かかります。ややスピード勝負になってきますが、犯行に及べないほど余裕がないわけでもありません。鏡の裏から出て、完全に油断していたであろうカネモトさんの頭に金属バットを振り下ろした。そして、カネモトさんを殺害した犯人は、再びお手製の鏡の裏に身を隠しました」


 合わせ鏡の性質を利用し、自らの身を隠すために、1枚の大きな鏡を用意した犯人。その一連の行動が千早によって浮き彫りにされていく。


「扉が開くと同時に、カネモトさんがエレベーターホール側に倒れ込み、それを博士さんと――生配信中だったカメラが目撃しました。カネモトさんの死体を発見した博士さんが、他の方々を呼びに行くのはあらかじめ予測できたのでしょう。スマートフォンを使って電話をかける――という手段も考えられなくありませんが、辛うじてこのエレベーターホールに電波は入っていても、基本的におばけマンションは電波の入りが悪いです。それに、階段を駆けのぼって他の人を呼びに行ったほうが、いちいち電話をかけるより遥かに効率が良い。事実、博士さんは他のメンバーに事態をしらせるため、階段を駆けのぼりました」


 カネモトの遺体を発見した博士は、真っ先に他のメンバーのところに向かうために階段のほうへと向かった。仲間の無残な姿を見て混乱しただろうし、現場からいち早く離れたいという心理だって働いたであろう。こうして博士がエレベーターホールを離れてしまえば、そこは――無人となる。


「博士さんがエレベーターホールを離れた隙に、犯人は鏡の裏から出て、またしても偽物の鏡を両面テープか何かで本物の鏡の上に貼り付けます。この辺りは事前に両面テープを貼っておくこともできますし、時間もそこまでかからないでしょう。本物の鏡の上に偽物の鏡を貼り付けた犯人は、そのままエレベーターホールから外へと逃走しました。この時の姿を、たまたま外にいた大海君に目撃されたんです」


 大海から聞いた話を思い起こす。確か彼が目撃したのは、玄関から飛び出した赤髪の男――それから少しして、現場から飛び出してきた残りのラクレスメンバーだったはず。大海が目撃したのはカネモトの亡霊でもなんでもなく、カネモトと同じように髪の毛を赤に染めた犯人だったのだ。


「でも、なんでまた犯人は髪の毛を赤に染めてたんだろうな?」


 ことごとく班目の疑問を横取りする形になる一里之。もし歳が近ければ、彼とは良い友人関係になったのかもしれない。あまりにも思考パターンが似ているため、妙な親近感さえ覚えてしまう班目。髪の毛を金に染めた今時の高校生と思考パターンが似ているとは、まだまだ若いと喜ぶべきか、それとも考えが稚拙だとなげくべきなのか。前者ということにしておきたい。


「ここからは私の想像でしかありませんが、万が一、誰かに目撃されることを想定して、カネモトさんに成りすまそうとしたのではないでしょうか? もちろん、誰にも目撃されなければ、それはそれで問題ありませんが――。そして、理由はどうであれ、あらかじめカネモトさんに成りすまそうと髪の毛の色を赤に染めていたことこそが、最初から犯人の狙いがカネモトさんであったという根拠です。くわえて、犯人の狙いがカネモトさんだったということは、あらかじめカネモトさんがエレベーターに乗ることを知っていた人物が、計画的に犯行を行った裏付けになります。すなわち、全く無関係の第三者が犯人の可能性は完全に消えるわけです」


 犯人がカネモトに成りすまそうとした理由。それは様々な可能性が考えられるが、推測できる材料がない。想像の域を出ることはないということか。ただ、成りすまそうとしたこと自体、犯人がラクレス関係者であることを裏付けることになる。


「こうして現場から離れた犯人。もちろん、後になって事件が発覚し、自分が現場にいたことが明らかになるのは見通していたと思われます。ただ、カネモトさんを不可能犯罪に見せかけて殺害したことにより、自分への嫌疑を晴らす予定だったのでしょう。生配信の後半が始まった時点で姿を消していたのは事実ですし、早々に現場を離れていたことを主張すればいいだけですから。そして、ほとぼりが冷めてから、アクリル板を使ったダミーの鏡を回収する予定だった――」


 全ては犯人の思い通りというわけではなかったということか。まず、ラクレスが警察に通報せずに雲隠れしてしまったこと。そして、トリックの肝となった大道具を回収する前に、猫屋敷古物商店の15代目に暴かれてしまったこと。特に大道具が暴かれたことは、犯人にとって痛手だろう。


「これが今回の事件の全て。博士さん、ジュンヤさん、キー坊さん、マソンヌさんに犯行は不可能だった。なぜなら、犯人は画面には映らなかったカメラマン――【6人目のラクレス】だったのですから」


 現場にいたのはラクレスの5人。そのような思い込みがあったからこそ、今回の事件は複雑化してしまったのかもしれない。いざ蓋を開けてみれば、実は現場にいたのは6人であり、存在していながら存在しなかった人物が裏で動き、カネモトを殺害した――というのが顛末のようだ。


「それにしても、名前も顔も分からないカメラマンが犯人だったとはねぇ……」


 愛も事の顛末に驚きを隠せないようで、大きな溜め息と一緒に呟き落とした。


「いえ、調べれば顔も分かりますし、名前も分かると思います。私の推測通りならば【6人目のラクレス】は、その名前の通り【6人目のラクレス】なのかもしれないのですから」


 千早の言葉を一瞬で理解するのは無理があった。一里之は「はぁ?」と声を漏らし、愛は「どういうこと?」と、首をやや傾げる。班目自身もちょっとばかり考え込んでしまった。察するに、ラクレスは5人組ではなかったということなのだろうか。


「注目すべきは彼らが初めて投稿した動画です。口で説明するより、実際に動画を見てもらったほうが早いかと思います」


 もはや千早の操り人形であるかのごとく、素直にスマートフォンを取り出す班目達。またしても、ここでぶっちぎりのトップとなったのは一里之であり、彼のスマートフォンから音声が流れる。


「どうもー! みなさん初めまして! ラクレスでーす!」


 愛がスマートフォンを覗き込むのに便乗して、一里之のスマートフォンを覗き込む班目。冒頭の挨拶をしている場面であるが、そこには今のラクレスとは明らかに異なる部分があった。


「……ラクレスのメンバーが6人いる?」


 動画には5人ではなく6人が映っていた。まだ髪の色による住み分けはできていないようだが、5人ではなく6人だ。


「その通りです。ラクレスの記念すべき最初の動画は、大学のアイスホッケー部に、経験のない友達をかき集めて勝負を挑むというものです。そして――なんですよ。だから、かき集めたメンバーは6人でなければならない。それに、カネモトさんチームと博士さんチームに分かれてバスケットボール勝負をする動画もありますが、さてどんな形式で勝負したと思います? キー坊さんのリバウンドが唸るらしいですし、単純なフリースロー勝負ではないようです」


 おそらく6人という数字が頭の中にあったのであろう。一里之がはっとしたような表情を見せて「3on3か!」と声を上げる。それに対して千早は満足げに頷いた。

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