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これには一里之と愛も度肝を抜かれたようだった。まぁ、人のことは言えない。班目もまた、その可能性をしっかりと見落としてしまっていた。捜査の方針としても、まずはラクレスの話を聞かないことには――という方向性が強く、お恥ずかしいことに警察内部でも見落とされていることであろう。それとも、班目がろくに捜査会議を聞いていなかっただけで、もしかすると、そんな話が出ていたのかもしれない。いや、警察の威信のためにも、そういうことにしておこう。
「私がカメラマンの存在に気づいた理由はいたって単純です。実はラクレス5人組が挨拶をする場面でおかしな点を見つけたのです」
それを聞いた一里之が、またしても一番乗りで動画を再生する。どうにも若者との間に見えない壁がある――なんてことを考えながら、班目は自分のスマートフォンで動画を再生した。両サイドから愛と千早が一里之のスマートフォンを覗き込む。孤独まぎれに言わせてもらおう。班目の隣、空いてますよ。
「注目して欲しいのは、ラクレスが挨拶をした後、人喰いエレベーターを呼ぶ場面です」
動画内では挨拶が終わった後、人喰いエレベーターの内装が特殊であるとのことで、博士がエレベーターの呼び出しボタンを押す。すると、カメラは階数表示へとアップで寄り、ランプが徐々に1階へと降りてくる様を映し出す。そこまで見て、班目は自身でも意識せずに「あっ!」と声を上げ、そして続けた。
「挨拶の撮影だけなら固定したカメラでも可能でしょうが、途中から階数表示をアップにして映すのは――確かにカメラマンが必要ですね。そのままアップするわけでなく、しっかり寄ってからアップになってますし」
冒頭のラクレスの挨拶シーン。それに限り、カネモトでも博士でもない、またジュンヤでもキー坊でもマソンヌでもない誰かがカメラを回しているのだ。班目の言葉に満足げに頷くと千早は続ける。
「班目様のおっしゃる通りです。あの現場にいたのは5人ではなく、カメラマンを含む6人だった。そう考えると、アンバランスだった人員配置にも納得できます」
千早が言うと、まだ事実を飲み込めずにいるのだろう。一里之がやや声を上ずらせる。
「アンバランスだった人員配置?」
疑問に疑問を重ねるようなことをしても、なおさらに混乱するだけなのだから、もう少し落ち着いてから問いかければいいものを――なんて思っている班目もまた、もしかすると落ち着いてはいなかったのかもしれない。
「本番での人員配置のことです。マソンヌさんが最上階の9階、キー坊さんが7階、ジュンヤさんが5階、そして博士さんが1階。なぜ、最上階から順に2階層ずつに人員を配置しているのに、5階と1階の間が空いてしまったのか。それは――本来なら5階と1階の間となる3階に、もう1人の人員が配置される予定だったからなんです」
本番時の人員の配置は、1階に博士、5階にジュンヤ、7階にキー坊、9階の最上階にマソンヌという形になっていた。動画内では笑い話になっているが、誰がどう見たって1階から5階が手薄になっており、アンバランスとなっている。しかし、ここに本来もう1人配置されることになっていたとしたら――1階、3階、5階、7階、9階と、バランス良く人員が配置できることになる。
「おそらく、冒頭の挨拶のシーンを撮影した後に入った5分ほどの準備時間に、犯人はエレベーターの中に身を隠したのでしょう。もちろん、それに博士さん達が気づいたところで、5分程度では練り直しがきかず、当初の予定通りの配置となってしまった。もしくは、3階に配置される予定だった博士さんが、急遽1階に降りてカメラマンをやったのかもしれません。なんせ、それまでカメラマンを務めていた人間がいなくなってしまったのですから」
犯人にとって、その場で姿をくらませるのは予定調和だっただろう。しかし、その犯人を頭数として数えて構成を練っていたであろうラクレスの人間からすれば、いきなり人手が減ってしまったことになる。実際のところはどうなのか分からないが、とっさの機転で博士がカメラマンをやることにしたのかもしれない。
「――さて、ここで犯人の一連の動きに話を戻しましょうか。まず、撮影日以前におばけマンションを訪れた犯人は、ミラーシートを貼ったアクリル板をエレベーター内に運び込み、剥がしやすいように上部にだけ両面テープで貼り付けて、本物の鏡の上に偽物の鏡を固定しました。凶器の金属バットもまた、この時どこかに隠したのでしょう。数少ない住人は、ほぼエレベーターを使用するでしょうし、階段のほうならいくらでも隠す場所があったはずです。これで事前準備はオッケーです」
徐々に明らかになってくる殺害計画。極端に住人が少なく、また合わせ鏡のエレベーターなんてものがあるゆえに、悲劇の舞台として選ばれてしまったおばけマンション。どうやら、幕引きの時を迎えつつあるようだ。
「撮影日当日、カメラマンとしてラクレスの撮影に同行し、準備時間の5分を利用して、エレベーターの中に身を潜めます。この辺りはエレベーターに乗り込む姿を目撃されなければいいだけですし、そこまで難しくはないと思います」
この場で当時のことを見ているかのごとく、脳内で映像が再生される。
「エレベーターに乗り込んだら、あらかじめ用意してあったお手製の鏡を剥がし、その裏に隠れました。さしずめ――忍法、隠れみの術といったところでしょうか」
千早はきっと、一里之達にも分かりやすいように表現を選んだつもりなのであろう。しかしながら、一里之からは予期しなかったであろう心ない一言がこぼれ落ちた。
「いや猫屋敷。高校生にもなって忍法って――」
一瞬、時が止まる。けれども、千早が軽く咳払いをしたことで、再び時は動き出した。ただし――千早の頬は真っ赤に染まっている。ちょっと面白いことを言おうとして、だだ滑りしてしまったような感じになってしまった。頑張れ。ここは頑張れ。超頑張れ。班目の気持ちが通じたのか、千早はいまだに頬を紅潮させながらも顔をあげる。
「さ、さて――。こうして犯人がエレベーターの中に身を隠した後、ラクレスの5人が全員でエレベーターに乗ろうとしました。元々、最大積載量内ギリギリだったわけですから、ラクレスのメンバーに犯人の体重が加わり、ブザーが鳴ってしまったわけです」
少し動揺しているのか、声が裏返りそうになりながらも再開した千早。なんというか、なんだかんだで高校生なのだな――と、千早の姿を見て班目は思った。
「この時点で、カメラマンの役割をしていた人物が姿を消してしまっているわけです。しかし、生配信という性質上、準備時間を伸ばすわけにはいきません。結局、苦肉の策として人員の配置を変え、生配信がスタートしました。当然ですが、この時も犯人はずっとエレベーターの中に身を隠しています」
今回の事件はエレベーターという密室の中で起きた事件である。さて、犯人はいかにしてエレベーターに乗り込み、いかにして現場を後にしたのか――というのが焦点になるが、とりあえず前者の問題は解決。すなわち、事件のはるか前より、犯人はエレベーターに乗り込んでいた。では、後者の問題。いかにして犯人は現場を後にしたのだろうか。
「1階の博士に見送られ、カネモトさんがエレベーターに乗り込みました。そのまま何事もなく最上階へと到着。事実上、マソンヌさんとの最期の別れを終えたカネモトさんは、再び1階に戻ろうとします。多分、彼らのシナリオでは、1階に到着するまでの間にカネモトさんがドッキリの準備をする予定だったのでしょう」
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