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「なんだこれ? メール? なんかのアドレスが貼り付けてあるみたいだけどよ」
一里之が堂々と覗き込んだものの、さすがに一緒になって大々的に覗き込むわけにはいかない班目。少しばかり距離を置いて遠目にスマートフォンの画面を眺める。
「うん。メールで送ってもらったホームページのアドレス。ほら、前の事件で意気投合した図書委員会の相崎さんっていたでしょ? 彼女に、事件を解決したのは千早ちゃんで、古物商をやってるって話をしたら、どうしてネットに情報がないのか――って話になって」
猫屋敷古物商店は、ネットでの情報はおろか固定の電話すら引いていない。地方紙に広告を出しているわけでもなければ、いわゆる営業活動というものもしていない。最近はタイミング良く店が開いていることが多いが、相変わらず班目は千早の連絡先を知らなかった。軟派な大海が連絡先を交換していたというのに、班目はいまだに連絡先の交換ができていないのだ。一応、こちらの連絡先は教えてあるが、用がある時も絶滅危惧種となった公衆電話からかけてくるという徹底ぶり。きっと、店と客という線引きをしっかりしているのであろう。だから、一里之達に声をかけてもらうだけでも、班目はいちいち店を訪れ、約束を取り付けてから日を改めて店に訪れるという面倒な手順を踏んでいた。いっそのこと、一里之辺りと連絡を取れるようにしておけば、わざわざ店を訪れなくとも千早と連絡が取り合えるようになるかもしれない。つまり、それほどまでに猫屋敷古物商店というのは認知されにくい存在なのである。
「で、相崎さんがホームページとか作れるって話になったの。そうすれば今よりもお客さんが来るようになるだろうし――ってことで、千早ちゃんにも協力してもらってホームページを立ち上げましたぁ! 連絡先とかは書いてないけど、メールフォームとかいうやつも実装してあるらしくて、メールだけでもお客さんとのやり取りができるらしいよ」
なるほど、それは実にありがたい。これで千早の連絡先を知らずとも連絡が取り合えるではないか。もっとも、いわゆる常連である班目にま頑なに連絡先を教えなかったというのに、ホームページの立ち上げに加えてメールフォームを新設したというのは――どういう心情の変化だろうか。班目の心を読んだかのごとく、千早が「時代というものが時代ですし、ある程度の利益を出さなければならない――という現実的な問題もありますから」と呟く。しかしながら、どういうわけだか下を向き、なるべくこちらのほうを見ないようにしている。
愛がアドレスをタップすると、しばらくの読み込み時間があった後に画面が切り替わる。それを見て、班目は一瞬なにがなんだか分からなくなった。
ピンクの背景に絵らしきものが表示されており、その下に小さく【猫屋敷古物商店】と書かれている。ホームページのトップページらしいデザインであるが、そんなことよりも絵のほうが目を引いた。
「あはははははっ! なんだよ、この小学生が描いたみたいな絵!」
それを見て一里之が笑い出す。つられて笑い出しそうになりながらも、班目はようやくその絵の意味を理解した。犬小屋のようなものから半身を出している黒い物体は、おそらく猫なのであろう。しかし、猫と判別できるのか描いた本人が不安になったに違いない。吹き出しが付け足されており、犬小屋らしきものから半身を出した黒い物体が「にゃー」と鳴いている。
「ちょっと純平。笑いすぎだって……」
愛の言葉など無視して、とうとう腹を抱える一里之。絵の意味と、描いた本人が付け足したであろう吹き出し。それに一里之の笑い声が相まって、つられて笑い出してしまう班目。
「な、なるほど。屋敷から猫が顔を出しているから、猫屋敷ってことですか――。それにしても、センスが抜群ですねぇ」
「いや、最高に面白いわ! インパクト抜群だし、ここまで絵心がないと逆に凄ぇわ!」
相乗効果により笑いが止まらない班目と一里之。視界の片隅で千早がすっと立ち上がり、カウンターから出てくるのが見えた。しばらくして班目と一里之の前へとやってきた千早の手には、なにやら筆のようなものが握られていた。
「こちら、かつて天才と呼ばれた画家が使っていた筆です。芸術面では非の打ち所がない完璧な方でしたが、たったひとつコンプレックスがあり、周囲の目を大変気にしていたそうです」
どうやら店にある商品を持ってきたようだが、一体なんのつもりなのだろうか。いまだにうつむいたままの千早の背後で、愛がぽつりと漏らした。
「このトップページの絵……千早ちゃんが描いたんだってば」
その言葉に、一里之が「はぁ?」と首を傾げる。もちろん、その事実を知った班目も我に返った。
「結局、死の間際までその画家の方はコンプレックを気にされていたそうです。その怨念が所持品だった筆に乗り移ったのでしょうね。以来、人のことを馬鹿にする者の前で、この筆の毛を引き抜くと、その者に呪いがかかるようになった――と言われています。理屈は分かりませんが、画家の方が気にしていたコンプレックス……スキップができなくなるという呪いがかかるそうです」
この店は、基本的にいわくのあるものしか買い取らない。ゆえに、店頭に並んでいる商品も、大なり小なり何かしらのいわくのあるものばかりだ。しかしながら、スキップができなくなる呪いとは、これいかに。
「気にしてるのに。絵心がないこと、気にしてるのに――」
落ち着いており、常に冷静で、だからこそ大人びて見える千早であるが、ぶつぶつと呟く姿からは、普段の面影がまるで見えない。
「ちょ、ちょっと待てよ猫屋敷」
片手で筆の柄を持ち、もう片方の手で筆の毛先をつまむ。一里之が止めに入るが、千早は顔を上げてフルフルと首を横に振った。しかも涙目でだ。
「まっ、待った! まさか店主さんが描いた絵だと思いませんでして! その、なかなか味があるといいますか、独特なセンスのある絵だと思いますよ!」
慌ててフォローに入る班目。もし呪いが本当ならば、二度とスキップができない体になってしまう。いや、別に大人になってからスキップなんざしたことはないし、別にスキップができないからといって日常生活に支障が出るわけでもない。しかしながら、いざできないということになってしまうと、なんだかモヤモヤとする。だって、これから死ぬまでずっとスキップができなくなるのだから。しかし、千早は聞く耳を持たない。
「気にしてるのに、気にしてるのに、気にしてるのに――」
千早の指先がぴくりと動く。
「ちょ、待てよ!」
とっさのことだったせいか、某トレンディードラマが流行った際の、某俳優のような台詞が見事に一致する班目と一里之。ぶつぶつと呟き続ける千早は、かっと目を見開いた。
――ほんの小さな音であったが、プツンという小気味の良い音が、妙に店内には響いたのだった。
後の話であるが、妻有郷の公園で遊んでいる子ども達に対して、高校生と壮年男性の2人組がスキップのやり方を教えて欲しいと声をかける、俗にいう声かけ事案が発生。
田舎ということもあり、子ども達の間では瞬く間に噂が広がり、やれスキップのやり方を教えないと殺されるだとか、しかし決してスキップをする姿を見られてはならないだとか、とんでもない尾びれがついて拡散され、その2人組は都市伝説にまで昇華したそうだ。
その2人組が何者なのかは明かせはしないが、それ以降、班目と一里之の間には妙な連帯感と親近感が生まれたことだけは間違いない。
――それは、男同士の友情が芽生えた瞬間でもあった。
【査定3 おばけマンションの人喰いエレベーター ―完―】
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