査定2 惨殺アイちゃん参上【解答編】1
【1】
家に到着すると【惨殺アイちゃん】はとりあえず制服を脱ぐ。下着姿のまま部屋着である黒のスウェットと洗濯をしたばかりの下着を手に取ると、まずはシャワーに向かった。鼻歌混じりでシャワーを浴びると、早々に切り上げて風呂場から出た。部屋着を着てリビングへと向かう。またカラオケにでも寄ってくれば良かったのかもしれないが、前回に続いてオールは厳しい。それは自制すればいい問題なのであろうが、自分の欲望を自制することができていれば――そもそも動物を殺したりはしない。
リビングで一息つこうとソファーに腰をかけると同時に、家のインターフォンが鳴った。届け物か何かだったら困るし、家にいるというのに居留守というのはよろしくない。口角を自分の指で押し上げた【惨殺アイちゃん】は、ゆっくりと玄関へと向かい、ドアスコープから外を覗いた。わざとドアスコープの視界の外に逃げているのか、そこに見えたのは黒いセーラー服姿だけだった。顔は見えない。
「あの、すみませーん」
外から女の子の声が飛んでくる。その声にはどこか聞き覚えがあるような、それでいてないような――。しかしながら黒のセーラー服といえば【惨殺アイちゃん】の学校とは別の学校である妻総の制服だったはず。残念ながら妻総の生徒に知り合いはいないし、何の用なのであろう。
「な、何の御用ですか?」
無視をするという選択肢もあったのだが、妻総の生徒が――しかも、女子生徒が自分の家を訪ねてくることなんて、普通に考えて有り得ないことだ。どこか疑ぐりながらも、用件だけは聞くことにした。妙な用件だったら、鍵を開けずにスルーすればいいだけのことだ。
「あの、一応確認しますけど、ここって――」
ドアスコープの向こう側のセーラー服が、自分の名前を呼んだ。続いて「……さんのお宅で間違いありませんか?」と問われる。聞き覚えのある声のくせに、しかしそれが誰なのか分からない。しかし、ここで答えないのも不自然だ。それに、わざわざ自分の家に、妻総の生徒がやってきた理由に興味が湧いた。
「はい、そうですけど――。あの、用件は」
まだ鍵は開けない。用心に用心を重ねる。ただでさえ【惨殺アイちゃん】は有名人になったのだ。どこの誰なのか分からない相手を家の中に招き入れたりはしない。
「実は私、古物商をやっておりまして、この度【惨殺アイちゃん】の事件にまつわる品物の査定を行わせていただいたのです。その結果、雛撫高校で起きている【惨殺アイちゃん】事件の犯人が分かってしまいまして――。クライアントに許可を得て、まずはあなたにご報告へと参った次第です」
古物商――百歩譲ってそれはいいとして、その古物商がどうして自分のところへとやってきたのであろうか。そもそも古物商に知り合いなどいないのだが。
「あの、根本的なことをお尋ねしてもいいですか?」
できる限り下手に出つつ問う。いきなり訪ねてきたセーラー服姿の古物商と【惨殺アイちゃん】による扉越しのやり取りは続く。
「はい、どうぞ――」
「どうしてこちらに報告に来てくださったのですか?」
あちらの調子に合わせ、こちらも丁寧な言葉遣いを徹底する。それはもしかすると残虐な【惨殺アイちゃん】のイメージを払拭するためのものだったのかもしれない。
「それはもちろん、クライアントからお持ちいただいた品物が、あなたに深く関与しているからです。むしろ、あの品のいわくは、あなたが作り出したと言っても過言ではないでしょう。そうですよね? 【惨殺アイちゃん】――」
その一言が妙に冷たくて、背筋がゾクリとした。これまで【惨殺アイちゃん】は誰かに自分の犯行を誇示したくて仕方がなかった。その願いは叶い、学校は大騒ぎとなり、一躍【惨殺アイちゃん】は有名人となった。有名になる分には全く構わないし、自己顕示欲を満たせるのであれば、どんどん自分のやったことを誇示したいと思っている。ただし、事件の犯人として暴かれるとなると話は違った。そんな惨めな姿は、超有名人になった【惨殺アイちゃん】には許されないことだ。
「な、何を言っているのか良く分かりませんね……」
「ですから、あなたこそが【惨殺アイちゃん】であると私は言っているんです」
こちらがとぼけようとしたそばから、間髪入れずに言葉をかぶせてくる古物商。正体がばれるなんてことがあってはならない。あくまでも【惨殺アイちゃん】は謎の人物であり、その正体も不明でなければならないのだ。それなのに、それなのに――扉の向こうの古物商は容赦なく自分のことを【惨殺アイちゃん】呼ばわりする。
「あのですね。あまり適当なことばかり言ってると――警察呼びますよ」
「適当ではありません。明確な根拠があるからこそ、こうしてお邪魔させていただいたのです。それに、警察を呼びたいのならばご自由にどうぞ。困るのは私ではなくあなたですから」
こちらが少し強気に返すと、あちらも相反するかのごとく強気に出てくる。らちがあかないと考えた【惨殺アイちゃん】は、相手の根拠とやらを聞いてやることにした。なぜなら、その根拠を現時点で覆すことのできる手段を見つけていたからだ。ここは変に追い返したり否定したりしないで、素直に招き入れてやればいい。もし最悪の場合は――【惨殺アイちゃん】は部屋の片隅に立てかけてある、ボウガンを収納したバッグを一瞥した。
すでに【惨殺アイちゃん】は動物を何匹も殺している。それはもちろん理由があって、弱く人権もない動物が殺されたところで器物破損罪程度にしかならないからだ。ボウガンは脅しに使いはするだろうが、実際に人を殺すような真似はしない。たかだか、動物の命を奪ったくらいで、最終的に刑務所へと入るなんて御免だから。そもそも、古物商とやらに犯罪を暴かれてしまったところで、しつこいようだが大きな犯罪として扱われはしないのだ。
「もしよかったら、中でお話を聞きますよ」
そう言って玄関の扉を開けた【惨殺アイちゃん】は、ようやく古物商の正体を知った。確か、放課後に会った時は雛撫高校の制服を着ていたはずの小柄な女の子だ。しかし、今着ているのは妻総のセーラー服。これはどういうことだろう。しかも、何気なく接していた彼女が古物商であるということにも【惨殺アイちゃん】は驚いた。
「いいえ、玄関先で結構。あなたは動物を何匹も殺している残虐な犯罪者です。そんな危険人物を目の前にして、おいそれと家の中に足を踏み入れるほど、私も間抜けではありません」
「だから、勝手に犯罪者だと決めつけられるのは迷惑なんです! 突然、人の家に尋ねて来たと思ったら、いきなり人のことを犯罪者扱い。いくら子どもだからって、そんなことが許されると思っている――」
「ならよ、罪もない動物を殺すのは許されんのか?」
古物商の背後から、ふっと人の気配が現れる。そこには赤いシャツを着た金髪の男子。ズボンから察するに、彼も妻総の生徒なのであろう。
「そして、罪のない生徒が【惨殺アイちゃん】として疑われていることについても許されると?」
続いて姿を現したのは、古物商と一緒に行動を共にしていた女子生徒だった。
「許されない行為をしたのは、あなたのほうです――」
古物商、金髪の他校男子、ショートカットで長身の女子生徒。揃って一歩前へと足を踏み出され、そして【惨殺アイちゃん】は後退る。
「よくも愛を苦しめてくれたなぁ」
金髪の男子が指の骨を鳴らす。
「あんたのせいで、学校のみんながどれだけ迷惑したと思ってんの?」
雛撫高校の制服を着た女子生徒の言葉には、明らかな怒りの色が見え隠れする。
「なにより、抵抗もできない弱い存在である動物の命をいたずらに奪ったことは、絶対に許せません。古物商としてではなく、一人の人間として許すわけにはいかないのです。覚悟してください――【惨殺アイちゃん】……いいえ」
古物商はそこで一息を置くと、決定的かつ致命的な一言を放った。
「河合健太さん!」
玄関口で古物商達を出迎えた【惨殺アイちゃん】こと、ベテラン警備員の河合健太は、その致命的な彼女の一言に笑みを浮かべたのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます