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「いやいや、俺達の中でも大ベテランの人だから、笑っちゃ悪いって思ってるんだけど、やっぱり鯖虎はないわぁ!」


 我慢できなくなったのであろう。圭太はそこで吹き出すと、それでも懸命に笑いを堪えようとするものだから、実に気味の悪い笑い方になる。愛と顔を見合わせて溜め息を漏らす千早。あまり時間がないのだから、さっさと話を聞かせて欲しい。圭太が落ち着いたタイミングを狙って、千早は話を切り出した。


「それで、本題なのですが――。カラスの死体を見つけた時の話をして欲しいんです」


 今は笑っている場合ではないことに気づいただろう。千早に言われてバツの悪そうな顔をした圭太は、大きく咳払いをした。


「あれはまだ俺がこの仕事を始めてすぐのことだったと思う――」


 圭太は遠い目をしながら、カラスの死体を発見した時のことを話してくれた。発見者の視点から語られる話には、あらかじめよそで聞いたものよりリアリティーがあった。


「で、それをきっかけに事件が始まったんだ。タヌキの生首が校門の前に置かれていたり、ウサギ小屋のウサギが刃物のようなもので切りつけられたりね――。いち警備員としては、早く事件が解決して欲しいんだけどね。動物が殺されても器物破損程度の罪にしか問えないらしいし、学校側も世間体の都合上、あんまり事を大きくしたくないみたいだし。雇われ者の辛いところだよね。もし俺が本気を出したら、犯人なんてすぐに捕まえることができるのに。まぁ、俺はこう見えてもさ……」


 調子の良いことを言っているようだが、残念ながら本気を出したところで、圭太に事件の解決は難しいだろう。なぜなら、彼自身が気づいていないからだ。千早達がここを訪れてから、つい今しがたのまでの会話の中で、彼は重要な証言をしているのだから。それに気づけないようでは、まず事件を解決には導けない。


 千早の中で答えが出つつあった。決め手となるのは愛が持ち込んだ血まみれのカッターナイフ。そのいわくの価値が、大体であるが見え始めていた。


「ありがとうございました」


 自分語りのようなものを続ける圭太の言葉を遮る千早。それと同時にチャイムが鳴った。


「まずい――下校時刻前の予鈴。まだ堺先生から話を聞いてない」


「急ぎましょう」


 千早と愛は頷き合うと、実に残念そうな表情で「え? もう行っちゃうの?」と漏らす圭太を尻目に詰所を後にする。


「それでは失礼しました」


 一応、そのまま詰所を出るのも申しわけないような気がした千早は、圭太に向かって大きく頭を下げてから、愛と共に詰所を後にした。


「ちょっと先に職員室に行くね!」


 詰所を飛び出した後でも、千早がスカートを気にしているのが見えたのであろう。愛はそう言うと廊下の奥へと向かって駆け出した。下校時間を過ぎてしまうと、きっと学校に残るのも難しくなるだろう。


「あ、は、はい!」


 先の廊下を折れ曲がる愛の背中を見送りつつも、千早はやはりスカートが気になって上手く走れない。その時である。千早の脳内に閃光が走り、これまで気づかなかったのが不思議なほど、当たり前の事実に気づいてしまう。


「――もしかして、これって家にあるショートスパッツを下に履けば良かっただけなのでは?」


 誰に言うでもなく呟くと、大きく溜め息を漏らした。スカートの下にショートスパッツを履けば、そこまで不自然な形にはならないだろうし、なによりもスカートがどれだけ動いても気にならない。見えるのはパンツではなくスパッツなのだから、仮に誰かに見られても恥ずかしくない。こんな当たり前のことに、どうして今まで気づかなかったのか。なんだか恥ずかしくなり、誰もいない廊下で取り繕うための咳払いをした。


「なんなんだ! こんな下校時刻ギリギリになって!」


 廊下の向こう側から男性の声が聞こえて来たと思ったら、今度は愛の声が聞こえてくる。


「堺先生にちょっと話を聞きたいんです! 先生の引き出しの中にあった、血まみれのカッターについて!」


 折れ曲がった廊下の向こうで、愛が無理矢理に堺先生の腕を引っ張っている姿が想像できる。


「あ、赤祖父っ! あれを盗ったのはお前だったのか! 返せ! 今すぐにだ!」


「盗ったんじゃなくて借りたんです! 事情を聞いたら返しますから!」


 押し問答しながらも、想像通りの格好で赤いベストを来た中年の男性と愛が現れた。話の流れから考えても、愛が腕を引っ張って連れてきた男性が堺先生なのであろう。


 千早は愛と堺の元へと奇妙なステップで駆け寄ると、不思議そうな顔をする堺に頭を下げる。はて――こんな生徒がいただろうか。という疑問と、なぜこの子は奇妙なステップ踏んだのであろうか。という疑問が混ぜ合わさったような表情だった。


「あの、私2年生の猫屋敷千早と申します。そこまでお時間はとらせませんので、私の質問に答えてくださると幸いです」


 回りくどいことは一切せず、ここはいきなり本題を切り出すしかない。千早の推測が正しければ、堺の証言次第で犯人――【惨殺アイちゃん】の正体が分かるはず。だから、ダイレクトに疑問を堺にぶつけてやった。


「単刀直入にお聞きします。なぜ、凶器になったであろうカッターナイフを持ち去ったのですか? 実は私、現時点で堺先生が【惨殺アイちゃん】なのではないかと疑っているのですが」

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