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「それでは早速で申しわけありませんが、気になる点をいくつか伺わせていただきます」


 下校時間までどれだけの余裕があるのか分からないが、まだやることが割に残っている。本の整理を手伝ったこともあり、少しだけ時間を意識しながら美穂に事件のことを問うていく千早。


 愛と落ち合い、ウサギ小屋での惨劇を目撃し、警備員と一緒に現場へと戻ってきたという美穂。話を聞いている時点では、愛からの証言と相違する部分はないようだ。SNSの投稿に関しても美穂は認めたし、今となっては後悔しているという声も聞くことができた。事件が起きた時点で、すでに学校ではタヌキの生首事件が噂として出回っていたため、ウサギ小屋での惨劇と書き残されたメッセージに恐怖を感じ、思わず投稿してしまったとのこと。美穂の投稿がなければ、ここまで騒ぎにはならなかったのかもしれないが、しかし騒ぎが大きくならなければ、学校側が表沙汰になる前に封殺するばかりで、事件も自ずと闇に葬られていたことだろう。


「なるほど――」


 一通りの話を聞いてみたものの、すでに愛から仕入れていた情報に似たようなものがほとんどで、これといった決定打となるようなものは見つからない。それと同時に美穂が【惨殺アイちゃん】ではないと決定づける証言も出てこなかった。


「あの、犯人――分かりそう?」


 愛に問われた千早は、苦笑いを浮かべて「まだなんとも言えません」としか答えることができなかった。残念ながら、これまでの情報に美穂の情報をプラスして考えても、残念ながら犯人を決定づけることはできなかった。


「なんだかお役に立てなかったみたいで」


 美穂はそう言うと溜め息を漏らす。千早は「そんなことはありません。ありがとうございました」と、ほんの少しだけ美穂に気を遣った。小さい頃に比べれば本音と建て前の使い分けはかなり上手くなったと思う。


「じゃあ、相崎さん。わざわざありがとうね。また何か分かったら連絡するから」


 話の切れ目を狙ったかのごとく、愛がそのまま話を切り上げようとする。壁掛け時計に目をやると、警備員交代の時間がすぐそこまで迫っていた。


「こっちこそ、委員会の仕事を手伝ってくれてありがとう。連絡、待ってるから――」


 美穂はそう言って力なく手を振り、愛はそれに振り返すと図書室を後にすべく歩き出す。千早は美穂にもう一度ぺこりと頭を下げると愛の後に続いた。こんな時でも歩幅の調整だけは忘れない。


「次はまた警備員の詰所だね。ちょっと時間が厳しくなってきたかもしれないから急ごう」


 愛はそう言うと、図書室から下へと向かう階段を、急に一個飛ばしで下り始める。スカートの最大振れ幅に気を遣って歩く千早にとって、階段の一個飛ばしなんて高難度である。


「あ、赤祖父様っ! ちょ、ちょっと待ってください!」


 テンポ良く階段を下り、踊り場の向こう側へと消えた愛の姿を追って、千早も慌てて階段を下り始める。もう仕方がないから、スカートの裾を両手で押さえつけての強行手段だ。なぜ、他校の見知らぬ階段で、無駄に面白い動きをしなければならないのか。そんなことを考えつつも、必死に愛の後を追った。


「あ、猫屋敷さーん! 中に入ってだってー!」


 警備員の詰所に到着した頃には、やや息が上がってしまっていた。愛は警備員の詰所へと続く扉を手に、千早を手招きする。千早は呼吸を整えつつ、愛の元へと向かった。


「やぁ、お帰り」


 扉の向こうにいたのは、ここに初めて来た時に名簿を出してくれた警備員――河合だった。その時、詰所の中にいたのは彼だけだったが、今回は別の警備員の姿があった。その警備員はまだ若く、千早の姿を見るなり笑みを浮かべる。


「俺に話を聞きたいんだって? まぁさ、立ち話もなんだから、中でお茶でも――って話になってたとこなんだよ。あ、俺は河合圭太っていうんだ。今は彼女なし、当然ながら独身!」


 警備員の制服を着ているものの、どこか幼げな雰囲気のある彼は、きっとそこまで歳も離れていないのであろう。


「圭太、生徒に手は出すんじゃねぇぞ。規定で決まってるし、そんなことしたら一発で首だからな」


 愛と千早を詰所に招き入れた彼――圭太は大きく溜め息を漏らす。


「あのですね、健太先輩。もう健太先輩くらいご年配になればですね、女子高生というブランドにも興味がないでしょう。でもね、俺の年代からすれば、女子高生なんてハイブランドはドストライクなんですよ。ですから、今ならば女子高生のために仕事を失っても後悔しないです」


 健太というのは、河合の下の名前なのであろう。ここにいる二人の名札には、どちらも【河合】との表記がある。苗字が同じであるため、下の名前で呼び分けているのかもしれない。ならばそれに準じて、こちらも圭太と健太で区別したほうがいいのかもしれない。


「馬鹿者。格好つけていう台詞か? それ」


 決まった――とはがりのドヤ顔をしていた圭太の頭に、日誌かなにかの角が直撃。圭太は頭を抱え込み、一撃を見舞った健太は小さく溜め息を漏らす。


「まぁ、とにかく引き継ぎはもう終わったから今日は上がるぞ。もう一度言うが、そこのお嬢さん達に手は出すなよ。詰所の中に入れるだけでもあんまり良くはないんだから」


 制服の上にアウターらしきものを羽織ると、千早達には「それじゃ、あまり遅くならないようにね」と声をかけ、健太はタイムカードを切って外に出て行ってしまった。


「――あ」


 その姿を見ていた圭太が間抜けな声を出す。人を見た目で判断してはいけないというが、しかし外見からして、圭太はどこか抜けたところがあるようなキャラクターである。


「タイムカード押すのすっかり忘れてた……。悪いけど、俺のタイムカード押してくれない? 健太先輩のタイムカードの下にあるから」


 たまたま千早がタイムカードの近くにいたせいか、圭太からの視線が送られてくる。立っている者は親でも使えとはいうが、目と鼻の先の距離なのだから、自分で押せばいいものを――。そんなことを思いつつも、タイムカードのホルダーに歩み寄り、圭太のタイムカードを手に取る千早。タイムカードを切り、ホルダーにタイムカードを戻した。警備員は他にもいるのだろう。ホルダーのトップには【今井芳樹】という名前のタイムカードがさしてあり、その次には【河合健太】のタイムカードがさしてある。それに続いて圭太のタイムカード。一番下には【万丈目鯖虎】という、明らかに目を引く人名の書かれたタイムカードがあった。


「あの、こちらの方のお名前、なんと読むのですか?」


 興味本位で聞いてみると「へ? 今井さんのこと? 今井芳樹いまいよしきっていう名前だけど」と、千早の知りたい答えではないほうを口にする圭太。正直、こちらはある程度の予想がつく名前だ。知りたいのはもう一人のほうの名前である。


「いえ、知りたいのは、もうお一方のほうなんですけど――」


 千早が言うと、圭太は「あぁ、そっちか! その人の名前、ぱっと見た感じじゃ読めないだろうし、本当に合ってるか不安になるよね」と前置きをしてから、千早の興味本位に対しての答えを出してくれた。


「それは万丈目鯖虎まんじょうめさばとらって読むんだ。みょ、苗字はとにかく、鯖虎さばとらって凄い名前でしょ? 現代の日本なのに、そんな江戸時代みたいな名前――凄いよね」


 確かに珍しい名前ではあるが、笑いを堪えながら言うのは失礼な気がする。今日は河合コンビで仕事を回すようだが、日によっては今井という人や万丈目という人が出番の日もあるのだろう。最初の事件の目撃者である圭太が今日の勤務で良かった。いや、愛がそのように調節してくれたのであろうが。

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