事件の解決は、いわくの査定を行う過程で出てくる副産物である。そうは明言しているものの、今回のクライアントはクラスメイトである一里之の彼女だ。しかも、事件は罪のない動物が殺されるという悪質極まりないもの。猫屋敷古物商店の店主としてはそこまで首を突っ込む義理はないのだが、しかし一里之のクラスメイトとして、そして動物好きな一人の女子高生として、この事件を解決してあげたいと思った。おばあちゃんから商売に私情は挟むなとは言われているが、どうにもまだ商売人としては未熟らしい。


「落ち着いてからで構いませんので、今度はカッターナイフをどのようにして入手したのかを具体的にお聞かせ願います」


 ウサギ小屋で見つかったカッターナイフは、教師である堺が持ち去っている。その後、カッターナイフはどのような経緯をもってして愛の手元にあるのか。堺がカッターナイフを現場から持ち去った意図に関しても、やや疑問に思うところがある。その辺りのことまで掘り下げることができれば一番なのであるが、しかしそこまで期待はできないかもしれない。


「そのカッターは、職員室に忍び込んで、堺先生の机の引き出しから持ち出しました――」


 愛が落ち着くまで、どれだけ待っただろうか。どう声をかけてやったら良いのかと迷っている様子の一里之と、ただただ愛が落ち着くのを待ち続けた千早。涙でやや化粧の崩れてしまった顔を上げ、愛がようやく口を開いた。


「ということは、事件の後、ずっと堺先生がカッターナイフを保管していたことになるのですかね?」


 どうやら、愛は職員室に忍び込むという、とんでもない手段でカッターナイフを入手したようだ。いわくつきのものしか買い取らない千早の店の噂を聞いて、いかにもいわくがありげなカッターナイフを持ち込むしかないと考えたのかもしれない。そんなことをやってしまうほど、追い詰められていたということか。


「その辺のことは良く分からない。でも、とりあえずと思って堺先生の机を探ったら、ビニール袋に入ったそれが見つかったの」


 堺という教師が事件の後からずっとカッターナイフを保管していたのか。それとも、別のところに保管していたが、最終的に堺先生の手元に戻ってきてしまったのか。やはり、その辺りのことは現状では把握しきれない。5月4日の名簿も気になっていることであるし、これはどうやら外に出る必要がありそうだ。さしずめ、出張査定みたいなものか。


「どうやら、ここで行う査定には限度があるようですね」


 5月4日の名簿を自らの目で確かめてみたいし、できることならば事件に関与した人間――愛と同じ動物係だった相崎美穂や、カッターナイフを保管していたという堺先生、それに事件の度に現場に駆けつけた――もしくは、自ら第一発見者となってしまった警備員から話を聞きたい。少なくとも、愛から話を聞くだけでは足りない情報が多い。


「赤祖父様、そちらの高校――他校の生徒がお邪魔しても問題はありませんでしょうか? 少し、直接確かめたいことがございまして」


 しばらく視線を宙に投げた後、千早の風貌を値踏みするように眺めてくる愛。気持ちの切り替えができたようで、いたずらな笑みを浮かべる余裕さえ出てきたようだ。とりあえず元気になってくれて良かった。


「うちの高校ってブレザーだから、さすがにそのセーラー服じゃ目立つよね。土日とかなら練習試合とかで他校の生徒が学校にいる時はあるけど――」


 土日だと学校にいる人間が限られてくることだろう。可能であれば平日にお邪魔したい。


「いえ、動物係の相崎様や、カッターナイフを保管していた堺様などに、お聞きしたいことがあるのです。それに警備員の方にもお話を伺えればと。可能であれば――そうですね、平日のお昼休みか放課後が好ましいです。どちらにせよ、赤祖父様に協力していただかねばなりませんが」


 事件関係者をある程度でいいから招集して欲しいし、それが無理でもせめて校内を案内してもらわねばならない。千早の意図を察したのか、愛は小さく頷いた。


「そっちも平日は学校があるから、放課後のほうがいいよね。分かった、相崎さんとか先生には声をかけておく。警備員さんのところにも案内できるだろうし。ただ、どちらにせよ他校の制服は目立つだろうから、私の予備のスカートを貸してあげる。この時期、ブレザーよりもカーディガンとか着てる子が多いし、スカートさえうちの学校のスカートなら、まず目立つことはないと思う。それなりに生徒の数も多いし」


 バリバリ自分のセーラー服で雛撫高校に乗り込もうとしていた千早。それこそ、上にカーディガンでも羽織ればごまかせると思っていたのだが、カウンターから身を乗り出し、愛のスカートを改めて観察して納得した。高校の制服としては実に派手目な、ピンクのチェックが入ったスカートなのである。さすがにこのピンクのチェックスカートの中で自分だけ黒のスカートは目立つであろう。しかしながら、千早はやや気にかかることがあった。


「その、赤祖父様。スカートを拝借させていただけるのはありがたいのですが、長さは、あの――赤祖父様と同じものになるのでしょうか?」


 千早の制服は、数年前に娘が妻総を卒業したという近所の方からもらい受けたお下がりである。それゆえに前任者の趣味で、それなりにスカートが短くなっている。少し恥ずかしいが、タイツを履いてしまえばごまかせるし、千早の中ではギリギリ許容範囲の長さだった。しかし、愛のスカートは――スカートというより、布を腰に巻いているだけのような短さなのだ。


「あ、うん。猫屋敷さん小柄だし、私が履くよりかは長めになるかもしれないけど――同じくらいの長さかなぁ」


 愛は割りかし背丈があるほうだから、足の長さも千早とは違ってくるだろう。それにしたって、愛のスカートは短すぎる。目測でも千早の許容範囲をオーバーしていた。


「あ、赤祖父様。わがままを言って申しわけないのですが、できることであれば、その――スカートをもう少し長く調整できたりはしませんでしょうか?」


 愛からスカートを借りることで、目立つことなく校内を歩き回ることができる。この考え自体には賛成である。しかしながら、スカートの長さをどうにかしてもらわねば困る。


「うーん、切って裾上げしちゃったやつだし、長くすることはできないなぁ。あ、もしかして短すぎてパンツ見えたら嫌だとか? 大丈夫、女子校だからパンツ見えても誰も気にしないし。むしろ、パンツ見え放題だから」


「――パンツ見え放題! なに、そのパケ放題みたいなノリ!」


 愛の言葉に千早よりも先に声を上げたのは一里之だった。驚いたかのように目を丸くしていた一里之だったが、愛と千早の視線に気づいたのか小さく咳払いをして「お、俺に構わず続けてくれよ」と目をそらした。


「まぁ、猫屋敷さんみたいに可愛い子なら大丈夫だって。絶対に同じクラスの男子もパンツ見たいって思ってるから」


 これが女子校に通う女子の強さなのか。それとも、気にするような問題ではないと思う愛の価値観なのか。なんにせよ、とんでもなく無責任なことを言い放ってくれる。同じクラス――なんて言うものだから、目をそらしたはずの一里之と目が合ってしまった。しかし、愛の言っていることが事実ならば由々しき事態である。今後、スカートには黒のタイツではなく、ジャージを履いて学校に行かねばならない。部活動などに所属するスポーツ女子がやっているファッションであり、帰宅部の千早が真似ていいファッションではないのだろうが、背に腹はかえられぬ。


「い、一里之君――そ、そうなんですか?」


 念のために一里之に確認してみる。クラスでは目立たないポジションにいるから、そんなことを思っている男子などいないはずだ。


「あ、いや――なんというか」


 千早の問いかけに対して、一里之は愛をちらりと見やった後、明らかに目を泳がせる。その反応はどのように解釈していいのか分からない。しばらくすると、一里之は覚悟を決めたかのように頷いた。


「その、基本的に男子は女子のパンツを見たい生き物だ。例えそれが猫屋敷でなくともな」


 いや、決まった――みたいな感じて格好をつけられても困る。こちらの質問に対しての答えになっていないではないか。男子の習性を聞きたいのではなく、クラスの男子の目が自分に対してどのように向けられているのかを確認したいだけであり、一里之の答えは若干ずれている。思わず、そこを追求しようとしたところで、一里之がぽつりと続けた。


「まぁ、猫屋敷の黒タイツは――ある層からは大変貴重がられている。うちの高校、あんまりいないからな。黒タイツ女子。しかも、スカート短めの」


「――なっ!」


 カウンター越しで一里之には見えていないだろうが、思わずスカートの裾を手でおさえる千早。クラスの女子はみんなスカートが短いし、だからこそ自分のスカートの長さはギリギリで許容範囲だったのであるが、どうやらその考え方自体が間違っていたらしい。これはもはや、ジャージを下に履いて登校せざるを得まい。


「まぁまぁ、それだけ男子に注目されるってことだから良いことじゃん。とにかく、貸せるスカートはそれなりに短いと思うけど、そこは我慢してもらうしかないかなぁ」


 愛はそう言うと、千早のことをじっと見つめてから続ける。


「うん、絶対にうちの高校の制服似合うって。これも人助けだと思って――ね? 他に良さげな方法もないわけだし」


 どうにも気乗りしないのであるが、しかし査定を続けるためには現地での情報収集が必要であるし、他に良い方法が見つからないのも事実。障害なくスムーズに情報を集めたいのであれば、その高校の生徒を偽るのがもっとも簡単で確実であろう。


「――承知しました。では、スカートを拝借するということで」


 千早は渋々と受け入れることにした。最悪、下はタイツを履けば良い。そうすればダイレクトに下着が見えることはないわけだし。


「あ、ちなみにうちの高校、変な伝統意識があるのか、タイツ類は禁止だから。それだけはお願いね。タイツなんて履いてたら指導室行きだろうから」


 千早の思惑は、愛の一言で早速崩れ去ることになってしまった。もうどうにでもなれ――ある意味で覚悟を決めた千早は、改めて「承知しました……」と力なく呟き落としたのであった。


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