果たして【惨殺アイちゃん】の目的はなんなのか。それを紐解くことで、ほんの少しばかりではあるが【惨殺アイちゃん】の人物像が見えてくる。


「それだったら、わざわざカラスを磔にしたり、タヌキの生首だけを校門に並べたりしないのではないでしょうか? 変な話、動物を殺害することが目的ならば、誰にも見つからないようにカラスやタヌキを殺せばいいだけなんです。どこぞの森の中で殺してしまえば、それが表沙汰になることもありません」


 第一印象からそうだったのであるが、どうやら【惨殺アイちゃん】の目的は、殺害行為そのものではないようだ。もちろん、それ自体を目的としている可能性だってあるのだが、それ以上に【惨殺アイちゃん】が求めているのは――おそらく自己顕示欲を満たすことだ。


「どこかでひっそり殺しておけば表沙汰にならなかったのに、わざわざカラスを磔にした。同じく、わざわざタヌキの生首を校門に並べた。挙げ句の果てには、署名をしないと学校内に入ることができない休日に、わざわざ学校内に入らなければ向かうことのできないウサギ小屋で事件を起こした。これらから考えられる【惨殺アイちゃん】の目的は、自らの犯行を誰かに見せびらかすこと。自分という存在を周囲に認識させて自己顕示欲を満たすことなんです」


 立て続けに学校内で起きた動物虐殺事件。間違いなく【惨殺アイちゃん】は自己顕示欲に取り憑かれている。自分のやったことで学校内が大騒ぎになり、教師達はその対応に追われ、生徒達の間では様々な推測、憶測が飛び交う。犯行を重ねれば重ねるほど、その反応も大きくなり、とうとう魔女狩りみたいなことも起きてしまった。きっと【惨殺アイちゃん】は愉快で仕方ないことだろう。


「もし【惨殺アイちゃん】が自己顕示欲のために犯行を繰り返しているのであれば、おそらく名前に【アイ】が含まれているというのも信憑性が高い。さすがに本名を名乗るわけにはいかないから、自分の名前を【惨殺アイちゃん】という本名にちなんだ名前に置き換えることで、自己顕示欲を満たしているのでしょう。一里之君にも分かりやすく例えると――ゲームの主人公などを自分の名前にして感情移入をするのに近いものがあると考えてもらって結構。記念品のカッターが凶器として使用された可能性が高いのも、学校関係者の中に自分という存在がいることをアピールするためでしょう。一里之君、これで納得していただけましたか?」


 可能な限り分かりやすく説明したのが功を奏したのか、一里之は「なるほど、なんとなく分かった」と納得してくれたようだった。


 間違いなく【惨殺アイちゃん】は自己顕示欲を満たすことを目的としている。ならば、当日の名簿の中から【アイ】という名前を含む人間を拾い上げれば【惨殺アイちゃん】もかなり絞り込むことができるだろう――千早はそう考えたのであるが、そもそも当日の名簿を把握できないのであれば意味がない。一里之への説明で寄り道してしまった千早は話を元に戻した。もちろん、別の切り口でだ。


「ご理解いただけたようでなにより。それでは赤祖父様、次はこのカッターナイフをお持ちいただいた経緯をご説明願えませんか? なぜ、赤祖父様がお持ちになっているのでしょう?」


 持ち込まれた品は50周年記念のカッターナイフ。これが持ち込まれた経緯を千早は知る必要があった。愛の話の流れから察して、おそらくはウサギの殺害に使用されたカッターナイフなのであろうが。


「話すと長くなるんだけど、それ――私達が先生と警備員を呼びに行って戻って来た時に見つけたものなの」


 カッターナイフはウサギ小屋で見つかったものである。しかしながら、どのタイミングで誰が見つけたのかも分かっていなければ、どうして愛が持っているのかさえ明確になっていない。とにかく、明確にできるところから明確にしていくのが、いわくの背景を紐解くコツになる。


「少し整理します。ウサギ小屋での異変を確認した後、赤祖父様は教員の方を呼びに職員室へと走りました。クラスメイトのお方は警備員の詰所へと向かったわけですよね? カッターナイフを見つけたのはその後でしょうから、まずはその辺りのことを詳しくお聞かせください」


 もしも【惨殺アイちゃん】が千早の推測通りの目的で犯行に及んでいるのだとすれば、凶器となったであろうカッターナイフの存在は非常に重要なものになる。そもそもカッターナイフにまつわるいわくを査定するわけだから、なんにせよカッターナイフのことは深く掘り下げる必要があった。


「ウサギが殺されているのを発見して、私は職員室に、相崎さんは警備員の詰所に向かった。先に戻ってきたのは私達で、その時に先生がウサギ小屋の中にカッターが落ちているのを見つけたんだ。先生は自分が預かっておくから――という理由で、カッターを持ってどこかに行ってしまって……。それと入れ違いに相崎さんが警備員を連れて戻って来たの」


 千早は頭の中に中庭とウサギ小屋を思い浮かべ、そこに慌ただしく出入りしたであろう愛達の姿を想像する。


「人が殺されたわけじゃないから警察も呼べないし、仮に呼ぶにしても学校に確認を取らないと――ってことで、私達は先生が戻ってくるのを待つことに。しばらくしたら先生が戻って来て、学校で対応するからって言われて帰されたから、その先のことはちょっと分かんないんだけど――こんなもんで大丈夫?」


 カッターナイフは現場に同行した先生――堺という英語の教師がどこかへと持って行ったようだ。では、それをどうして愛はここに持ち込めたのであろうか。それに関しては話の流れの中で出てくるだろうと考え、千早はそのまま話を進める。


「えぇ、大丈夫です。それで、事件のことが公にされたのが――」


「ゴールデンウイーク明けの全体集会。これまでの事件は外部の動物が持ち込まれるという形だったから、まだごまかしようがあったのかもしれないけど、さすがに中庭で飼育していたウサギが殺されてしまったら言いわけのしようがないでしょ? 事件そのものの噂は前から飛び交っていたし、ゴールデンウイーク明けから、名前に【アイ】の入っている人達が避けられたり、風紀委員会が騒いだりしたから、学校としては収拾をつけるために、事件を公のものにしたんだと思う」


 千早の聞きたいことを察しているかのように返答してくれる愛。申しわけないが、一里之にはもったいないようにさえ思える。人の色恋沙汰に首を突っ込むつもりなど毛頭ないが、ショートカットでハキハキとしている様子の愛は、同性から見ても魅力的である。


「でも、学校が事件を公にしたところで、愛に対する扱いが変わったわけじゃなかった。特に5月4日に学校にいたせいで、クラスでも犯罪者みたいな扱いをされてんだよ」


 そう漏らした一里之が、静かに拳を握るのが見えた。同じ高校ではないため、一里之には学校にいる時の愛を守る手立てがない。純粋に悔しいのであろう。そんな一里之を横目に、愛は少しばかり寂しげな笑顔を見せ、そしてうつむいた。


「やっぱ人間って単純だよね――。魔女狩りだなんて声を大にしている人なんて一握り。他は巻き込まれたくない一心で傍観者にもなるし、加害者にもなる。何もしていないのに無視をされる、避けられる。私なんてまだマシなほうで、相崎さんはもっと露骨にやられてるみたい。本当は助けてあげたいけど、でも助けに入ったら今度は私が同じことをやられそうで……怖くて、悔しくて」


 ずっと気を張っていたのかもしれない。それとも、これまで我慢していたものがついに限界を迎え、一気に崩壊してしまったのか。うつむいたままの愛が鼻をすすり、しばらく店内にはすすり泣く声だけが響いた。千早はカウンターの下からティッシュボックスを取り出すと、そっと愛のかたわらへと置いた。


「心配は無用です。ようは査定の過程で私が赤祖父様の疑いを晴らせばいいだけのこと。あくまでも副産物ですから期待されても困りますが、できるだけのことはやるつもりですので」

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