気味の悪い事件を一刻も早く解決したい――風紀委員会の想いと正義は、学校をおかしな方向へと歪ませることになってしまった。すなわち、魔女狩りが始まってしまったのだ。


 愛の名前の中には【アイ】が入っている。そもそも【アイ】がそのまま名前なのだから当たり前だ。それにくわえて、同じクラスの動物係である美穂も、苗字が相崎であるため、名前に【アイ】が入っている。他に【アイ】の入った者が5月4日に校内にいたそうだが、とにもかくにもやってもいない濡れ衣が、愛を筆頭とする数名に着せられることになってしまった。それこそ、犯人が名乗り出ないのであれば、学校として尋問をすべきだ――なんて声も生徒から上がったらしい。これらの事態を見て、学校側も隠し通せないと考えたのか、全体集会にて一連の事件を公表するにいたった。


 事件はすでに三度起きており、それらをしっかりと精査すれば、愛の濡れ衣を晴らせるはず。しかしながら、一度貼られたレッテルというのは恐ろしいもので、5月4日に学校にいたというだけで犯人扱い。風紀委員会がやりすぎなのは火を見るより明らかであるが、どんな形であっても校内で起きている事件を決着させてしまい、校内の秩序を取り戻そうとしたゆえのことだったのかもしれない。


 このままではやってもいない事件の犯人にされかねない。どうしたものかと悩んでいた時に、千早の店の噂を知り、そして噂を頼りに一里之と一緒に店を尋ねてきて現在へといたるわけだ。


「なるほど――。大体のお話は分かりました。ちなみにですが、名前に【アイ】のつく方は、5月4日の学校内に何名くらいおられたのでしょうか?」


 白い手袋をはめた千早は、あらゆる角度からカッターを観察しつつ問う。ウサギ小屋で発見されたというカッターナイフ――これには人間の自分勝手なエゴが込められているような気がする。


「私とクラスメイトの相崎さん……は確実。ただ、他に【アイ】のつく人がどれだけいたかはちょっと分からないの」


 その答えに千早は少しばかり質問を変える。ちょいと明確にしておきたいことがあった。


「ちなみになのですが、その警備員の詰所にて行う署名は――生徒の方のみが対象ですか? それとも、先生方や来客の方も?」


 詰所にて署名をしなければ校内に入れないシステム。それがどの範囲にまでいたるのかを確かめておきたかった。現場に落ちていた記念品のカッターだって、生徒だけではなく、学校関係者全員がもらったはず。それに、当時の2年生や3年生がOGとして学校を訪れるようなケースだってあるはずだ。願わくば、校内に入る人間には手当たり次第署名してもらうようなシステムであればありがたい。


「確か、休みの日は例外なく、校内に入るためには署名する必要があったはず。その日、署名する時に先生の名前があったのを見た覚えがあるから」


 セキュリティーがしっかりしている学校のようだし、ある程度徹底されているだろうとは思っていたが、どうやら生徒に限らず、校内に入るためには誰であろうとも署名する必要があるようだ。


「となると、5月4日に署名された名簿の中に【惨殺アイちゃん】も含まれていることになるわけですね。ならば、その署名された名簿だけでも見せてもらえば、かなり【惨殺アイちゃん】を絞り込めることになりそうです」


 千早がそう言うと、何か引っかかりを覚えていたのだろうか。一里之がややいぶかしげな表情を浮かべて「ちょっといいか?」と口を開く。それに対して「どうぞ」と譲ると、一里之は続ける。


「なんかさ、名前に【アイ】が入っている奴が犯人――みたいな話になってるけどさ、それって【惨殺アイちゃん】自身がそう書き残しているだけだろう? もしかすると、そのメッセージ自体が、自分から疑いをそらすための嘘ってことはあり得ねぇか」


 犯人の名前には【アイ】という二文字が入っている。それは確かに【惨殺アイちゃん】と思われる人物が書き残したメッセージだ。もちろん、可能性としては一里之が言ったように、自分から疑いの目をそらすために嘘のメッセージを残したということも充分に考えられる。しかし、千早にはある確信があった。


「いえ、嘘である可能性は低いと思います。ここで【惨殺アイちゃん】の手口に注目してみてください。最初はカラスを矢で射るという殺し方をしているようですが、次のタヌキは首を切断するという手段に出ています。そして、ウサギにいたっては現場が血の海になるほどの虐殺を行っている。それにくわえて、カラスは正面玄関脇、タヌキは校門ですが、ウサギに関しては、わざわざ休日に署名を残して校内へと入り、学校関係者しか持っていないというカッターナイフで犯行に及んだ可能性が極めて高い。これらのことを総合して考えると、確実に言えることがひとつだけ浮かび上がってきます。それは――」


 千早はそこで言葉を区切ると、血まみれになったカッターナイフから目を離して顔を上げる。


「事件を重ねるにつれて、確実に【惨殺アイちゃん】はエスカレートしているということです。そしてなによりも自己主張が事件を重ねる度に強くなっています」


 事件のあらましを愛から聞いていて、まず真っ先に千早が【惨殺アイちゃん】に対して抱いた印象は、その自己主張の強さだった。


「猫屋敷、もう少し俺にも分かりやすく噛み砕いてくれねぇかな? 俺の成績――知ってるだろ?」


 もちろん、同じクラスメイトであるし、授業を受ける彼の態度や、テストの時の態度などは知っている。机の下では携帯ゲーム機でゲームをしてることがほとんどであるし、テストにいたっては開始5分後には寝ている。なんだかんだで鑑識眼というのは普段の生活の中に出てしまうせいか、実のところクラスメイトの人心掌握にはかなり自信があった。それに一里之は良くも悪くも目立つタイプ。何よりも赤い。シャツが赤いから良く目立つ。なんのことか千早は知らないが、三倍速で動くかもしれない――と陰で言われていることを彼は知らないのだろうか。そうでなければ、赤以外のシャツも着てくるはずだ。というか、学生という身分なのだから、しっかり制服を着てくるのが正解である。


「補習の常連さん――ということくらいしか知りませんが」


 意識して一里之を見ていたように思われるのも面倒だったから、クラスメイトならば誰でも知っていそうな情報しか出さない千早。かつて中学生の頃に、鑑識眼によるクラスメイトの人心掌握が災いしたことがあったのだ。あまりにも千早がクラスメイトのことに詳しいものだから、自分に恋心を抱いているに違いないと勘違いした男子にしつこく言い寄られたことがあった。あの時ばかりは、店に置いてある藁人形だとか、立て続けに持ち主が不審死した洋書などを持ち出そうかと何度も考えたものだ。結局のところ、あちらが諦めてくれたようで事なきを得た。あまりにもしつこかったら、この店から何かしらの商品が無くなっていたのかもしれない。


「まぁ、そういうことだから分かりやすく頼むわ」


 一里之のおかけで、思い出したくもないことを思い出してしまった。千早は仕切り直しという意味も込めて咳払いをすると、彼の要望通りに分かりやすく説明することにする。クラスメイトとはいえ、彼も一応はお客様であるし。


「では、こちらからお聞きするような形になりますけど、一里之君――【惨殺アイちゃん】の目的って、一体何なのだと思いますか?」


 このような時は質問形式で理解してもらうのが最も手取り早い。千早の投げかけた質問に、一里之は少しだけ唸ってから口を開いた。


「そりゃ、動物を殺すことかな――。それとも、なんか動物に恨みがあるとか」

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