【3】


 最初の事件が発覚したのは、4月の末のことだったそうだ。ただ、それの第一発見者が高校に常駐する警備員だったため、その事件は生徒へは公表されず、警備員と学校の間で留められることになった。これが生徒へと公表されることになるのは、事件がもっと大きくなり、隠し立てできないようになってからだ。


 学校側の公表によると、正面玄関脇にある木造倉庫の壁に、カラスの死体が磔にされていたとのこと。発見した警備員から、その警備員の指導役として当直にあたっていたベテラン警備員を介して学校の責任者へと連絡が行き、生徒への悪影響を懸念して警備員両名により、カラスの死骸の撤去と、現場付近の掃除が行われたらしい。その際に倉庫小屋の壁に【惨殺アイちゃん参上】との落書きがあったことも、学校を取り巻いている問題――いわば、魔女狩りが起きていたことを懸念してか、後々になって全体集会にて学校長から説明がなされた。


 次の事件が校内で起きるのは、それから数日後のこと。今度はなかば腐ったタヌキの生首が、校門の前にいくつも並べられるという事件が起きた。これを発見したのは大会の遠征のために朝早くに登校しなければならなかった女子バスケットボール部の部員だった。事件が生徒に公となった事件としては、これが初めてだった。


 現場には複数のタヌキの生首が並べられていたほか、コンクリートの地面にピンクのチョークで【惨殺アイちゃん再び!】とのメッセージが残されていたとのこと。生徒からの話を聞いて教師と警備員が対応にあたったが、一般生徒の登校時間までに全て綺麗にはならず、当たり前ながら現場を目撃した女子バスケットボール部員を起点に、事件は一気に全校へと知れ渡った。この際、残されたメッセージに【再び】という言葉が入っていたため、実は他にも同様のことが起きていたのではないかという憶測が出回った。


 田舎のごく普通の高校。その校門に、タヌキの生首が並ぶというのは、いささかセンセーショナルだった。それでも、学校側は生徒達に箝口令かんこうれいを出し、学業に専念するように――などといった、もっともらしいことを口にするばかりで、事件を封殺しようとした。実際、野生のタヌキやカラスの死骸が学校内で発見された程度では、例え犯人が見つかっても大した罪には問えない。世間体ということもあり、学校としては被害届けは出さない方針だったようだ。


 決定的な事件が起きてしまったのは、タヌキの生首事件から日も浅いゴールデンウイークの最中だった。今度は学校活動のひとつとして、各学年各クラス持ち回りで世話をしていたウサギが惨殺されたのである。


 ゴールデンウイーク中は当然ながら学校も休み。ただ、ゴールデンウイーク中の学校にまるで生徒がいないというわけではなかった。各学年、各クラスにいる、俗に言う動物係はゴールデンウイーク中に持ち回りでウサギの世話をしにやってきていたし、部活動の都合で学校に来ていた生徒もいる。


 そのXデーは5月の4日。たまたま動物係をやらされていた愛が、ウサギの世話をしに行かなければならない日のことだったそうだ。


 いつもより少し遅い時間に家を出て、校門前で同じクラスの動物係と待ち合わせをした。同じクラスの動物係の名前は相崎美穂あいざきみほという子であり、動物係という繋がりがなければ愛と連絡先の交換さえしていなかったかもしれないというレベルの仲の子だった。愛いわく女子しかいないせいか派閥意識が強いのだとか。いやいや、共学でも女子の間にある派閥意識は結構なものだ。その派閥に関わらないようにしている千早が思うのだから間違いない。


 休日の学校は正面玄関が閉まっているため、校舎をぐるりと回った先にある裏口から入ることになる。裏口には警備員の詰所が隣接しており、中に入るには署名をする必要があるのだそう。妻総と違って、随分としっかりしたセキュリティーだ。


 愛と美穂が警備員の詰所前を通過したのが午前10時すぎ。そのまま校舎の中を進んで、ウサギ小屋のある中庭へと向かった。そして愛達は、惨殺されているウサギを発見。真っ赤に染まったウサギ小屋、生き絶えたウサギの死骸。愛と美穂は動転しながらも、手分けをして人を呼ぶことにした。凄惨な現場と化した中庭に1秒たりともいたくなかったそうだ。


 美穂は警備員の詰所のほうへと走り、愛は職員室のほうへと走った。ゴールデンウイークであっても活動している部活動はあるし、まるで先生がいないということはないと考えたすえの判断だった。


 案の定、職員室には先生がいたそうだ。とりあえず事情を先生に話し、一緒に中庭まで来てもらった。この時にいた先生というのが堺昭夫さかいあきおという英語の教師だったそうだ。頭が禿げ上がっていて、生徒を見る目がなんだかいやらしくてキモい――というのは、あくまでも愛の主観ということにしておいてあげたい。


 愛は先生と一緒に、そして美穂はベテランの警備員を連れて、再び中庭で合流を果たした。その際に中庭に接した校舎の窓ガラスに、愛達はメッセージを見つけたのだそう。


 そのメッセージはピンク色のマジックペンらしきもので、窓ガラスに直接書かれていた。それを見た時の恐怖というか、背筋が凍るような感覚は、愛いわく思い出したくもないとのこと。メッセージの全容については、愛のスマートフォンで確認させてもらった。実はメッセージを発見した際に美穂のほうがメッセージ全文をスマートフォンで撮影していたらしいのだ。なんのために撮影などしたのか――その疑問は、愛のスマートフォンを見て納得した。


 ――私の学校、最近なんだかおかしい。誰か助けて、こわいよー。


 愛が見せてくれたのは、美穂が投稿したと思われるSNSだったのである。本名でやっているらしく、アイコンには自撮りの写真が使われている。絵文字が多彩に使われたコメントと一緒に、窓ガラスにピンクのマジックペンで書かれたメッセージを撮影したものがアップされていた。これが良くも悪くも、事件を大きなものにしてしまったそうだ。


 窓ガラスに残されていたメッセージは【アイちゃんはみんなの近くにいるよ。あなたの周りにも名前にアイって付く人いるでしょ? 私はその中にいるよ。早く見つけてごーらーん】という、なんだか面白がっているとも、挑発しているとも受け取れるものだった。ハートマークが多用されているのもまた不気味だ。これがネットを介して物議を醸し、次第にどうにもならない事態へと陥っていく。


 まず、雛撫高校内だけで騒がれていた問題が、広く知れ渡ることになってしまう。しかも、どこの誰かも知らない遠方の人間にまでだ。ネットは便利である反面、このような恐ろしさを併せ持つ。美穂もそこまで深く考えて投稿したわけではないだろう――とは愛の見解だ。


 雛撫高校の事件がネットで騒がれるようになり、そこに妙な勘繰りを入れる人達が現れた。そして、どこの誰なのかも知らない人達のコメントが、雛撫高校で魔女狩りが行われるきっかけを作った。


 ――5月4日に学校にいた、名前に【アイ】の付く人間が犯人なのではないか。


 それはきっと、推測のひとつとして投稿されたコメントだったに違いない。しかしながら、雛撫高校の生徒の中に、それを真に受けて動き出した者がいたのだ。それは、風紀委員会の面々だった。学校内で起きている不審な事件を、風紀を守るという正義感のようなものに駆られて解決しようとしたのだろう。そして、風紀委員会が大々的に動いたことで、愛には濡れ衣が着せられることになる。


 風紀委員会はわざわざ警備員に掛け合って、5月4日に校内へといた生徒の情報を聞き出したらしい。この学校では休日に校内へと入る場合、必ず警備員の詰所にて署名を行わなければならない。そして、事件が起きた中庭は、文字通り校内を介さないと向かうことができない。ゆえに、ウサギを惨殺した犯人も、警備員の詰所で必ず署名をしている――との正攻法の推理の果ての行動だったのであろう。

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