どうやら、あの道の駅の豆大福ファンが、ここにいたようだ。おそらく、一里之達がやって来たから、慌ててカウンターの下にでも隠したのであろう。もっとも、口元に豆大福の余韻が大いに残ってしまったわけだが。


 クラスでは大人しく、どこか一線を引いてクラスメイトを傍観している印象のある千早。そんな彼女が見せた人間らしい仕草に、一里之は親近感を抱いた。普段より人を寄せ付けまいとする雰囲気を漂わせていなければ、もう少しクラスに馴染めるだろうに。


「失礼しました。それでは、改めてご用件をお聞きします」


 咳払いをひとつすると、それでスイッチを切り替えたのであろう。再び一里之達の前へと向き直った千早は、いつもの近寄りがたい雰囲気をかもし出していた。その表情は無に近く、何を考えているのか全く分からない。それが地顔ならば仕方がないのかもしれないが、なんだか色々ともったいないというか、残念というか。


「あのよ、猫屋敷。ここでいわくつきのものを買い取ってもらえるって聞いたんだけど、それって本当なのか?」


 一里之と愛の目的は、いわくを売ることではない。あくまでもそれは建前であり、いわくを買い取る際に店側が行う査定が本命だ。都市伝説――いいや、噂通りであれば、いわくを買い取るために、その背景を調べてくれるはず。その過程で問題まで解決してしまうとか、しないとか。


「はい。しっかりと査定を行わせていただき、お客様が納得してくだされば買い取ります。査定の結果が気に入らないのであればキャンセルしていただいても結構。ただ、その場合は査定手数料をいただくことになりますのでご注意を」


 果たして噂はどこまで本当なのか。買い取りの査定はしてもらえるようだが、問題なのは査定がてらに、愛の高校で起きている事件を紐解いてもらえるかだ。この際、査定手数料とか面倒な話は後回しだ。


「あの、実は私の通う高校で奇妙な事件が起きているんです。その事件にまつわるものを買い取って欲しいんですけど、その場合の査定ってどんなことをするんですか? 事件を解決してくれるんですか?」


 一里之が言葉を選びながら慎重に千早との話を進めていたのに、あっさりと愛が横からカットインして、無神経に核心へと切り込む。


「いわくの査定を行うには、その背景をしっかりとさせる必要があります。お持ちいただいたものが事件にまつわるいわくであるのならば、その事件の内容などによって、いわくの価値も変わってくるでしょう。当店としては、背景を全て紐解いてこその査定だと考えています――。よって、副産物でしかありませんが、結果的にいわくにまつわる事件が解決した事例もございます」


 一里之と愛は顔を見合わせる。噂を聞いた時点では、雲を掴むような話だと思っていた一里之であったが、どうやら都市伝説は都市伝説では終わらなかったらしい。ネットが盛況な世の中だからこそ、実際に現地へと赴いてみなければ分からないこともある。なんだかんだで、最終的にはアナログな手段こそが最善だったりするのかもしれない。


「――そのようなお話をされるということは、今日はお持ちなのですか? お売りいただける品を」


 まるで豆大福の失態を取り戻さんとばかりに、必要以上に無表情に、そして必要以上に業務的にしているように見えるのは気のせいなのだろうか。別に取りつくろう必要はない。それに、隣に愛がいるのに申しわけないが、千早が慌てる様は随分と可愛らしかった。どうして他人に心を閉ざしているのかは知らないが、ありのままの彼女でいたほうが良いのではないかと思う。まぁ、余計なお世話なのかもしれないが。


「あの、これなんですけど――事件の現場になったウサギ小屋に落ちていたものです」


 愛はそう言うと、背負っていた学校鞄をおろし、中からくしゃくしゃになった新聞紙を取り出した。正確には、あるものを新聞紙で包んだものだ。さすがにそのまま学校鞄の中に突っ込む気にはなれなかったのであろう。


「拝見させていただいても?」


 新聞紙に何かが包まれていることに千早も気づいたのであろう。手を伸ばす前に愛へと断りを入れ、愛が小さく頷くと新聞紙を開いた。一里之はあらかじめ新聞紙の中身を見せてもらっていたが、改めてそれを目の当たりにしてゾッとする。新聞紙から出てきたのは大ぶりなカッターだった。しかも、ただのカッターではない。赤黒く変色したシミが全体的に広がっているカッターだった。


「これは――カッターナイフですか。随分と状態がよろしくないようですが」


 そう言いながら、どこからか白い手袋を取り出して両手にはめる千早。続いてカッターに手を伸ばそうとした千早に対して「ちょっと待って」と愛が口を開く。


「あの、そのシミ――血が乾いたものなんだけど触っても大丈夫ですか?」


 愛が持ち込んだカッターはただのカッターではない。すなわち、血にまみれたカッターナイフなのである。いくら手袋をはめていても、血のついたものを触るのは、同じ女子として抵抗があるかもしれないと考えたのであろう。しかし「心配いりません」と、千早は血まみれのカッターナイフを手に取った。それをあらゆる角度から眺めつつ、千早はどちらに問うでもなく続ける。


「これは――雛撫高校50周年の記念品みたいですね」


 千早はカッターの刻印を見つけたようだ。これは一里之も愛に言われて気づいたのであるが、持ち手のところに【雛撫高校50周年記念】との刻印があるのだ。


「はい。それ――私が1年生の時に生徒を含む学校関係者全員に配られた記念品なんです」


 愛の言葉を聞いた千早は、一度カッターを新聞紙の上に戻す。手袋を外してカウンターの下から台帳らしきものを取り出した。


「買い取り申込書のようなものだと思っていただいて構いません。こちらのほうにお名前、ご住所、連絡先などを記入していただけたらと思います」


 台帳に万年筆をそえると、愛のほうへと差し出す千早。愛は万年筆を手に取ると、台帳に記入を始める。そんな愛を尻目に、改めて手袋をはめ、カッターナイフを手に取りながら千早は口を開く。


「査定にはしばらくお時間をいただきます。また、査定のためにお聞きしたいことが出てくると思われますので、その際にはご協力をお願いします」


 一里之と愛は藁をも掴む気持ちで、あてにもならない都市伝説を頼りにここまでやってきたのだ。今さらになって協力を惜しむつもりはない。


「もちろん、私達に協力できることならばなんでも。ね、純平」


 愛に促されるままに、一里之は「お、おぉ」と同意を示した。愛の高校で起きている事件は決して他人事では済まされない。なぜなら、愛にも犯人の疑いが――とんでもない濡れ衣が着せられているのだから。


「それならば、ひとつずつお話を伺わせていただこうと思います。ゆっくりで構いませんので、可能な限り詳しくお願いします」


 千早はそう言うとカウンター脇にあるアンティーク調の腰掛けへと視線をやる。腰掛けはいくつか並んでおり、どうやら売りものではないらしい。


「状況によっては査定に時間がかかるかもしれません。どうぞ、そちらにおかけになってください」


 千早に言われて、一里之はアンティーク調の椅子をふたつ引っ張り出す。ひとつには愛が「ありがとう」と座り、もうひとつには自分が座る。


「それではお聞かせください。このカッターナイフのいわくと、赤祖父様の高校で起きているという事件について。この双方がリンクしているのであれば、当然ながら査定にも大きく影響して参りますので、よろしくお願いします――」


 カウンターの向こうの千早。カウンターのこちら側である一里之と愛は軽く頭を下げる。それに対してカッターをじっと眺めていた千早は視線を一里之達へと向け、こう一言漏らしたのであった。


「では――このいわく、しかと値踏みさせていただきます」

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