「あの、その猫屋敷さんの古物商店ってどこにあります?」


 都市伝説レベルの話をたどってみたら、同じ学校のクラスメイトに行き着いた。もちろん、いわくを買い取るとか、そのいわくの背景を紐解くために、それにまつわる事件を解決してしまうだとか、その辺りのことはまだ真偽は定かではない。ただ、その噂の元となった古物商店が実在し、そこの店主が同級生であるという偶然は、なんというか偶然で済まないような気がした。


「道路を挟んだあっちのほうに集落があるでしょう? 集落に入ってしばらく行くと郵便局があって、そこからもう少し行くとお店が見えるから」


 実にあっさりと都市伝説レベルの場所を見つけることができてしまった。ネットが当たり前になった時代、きっと検索しても出てこないし、電話番号なども分からず、かといって近くにあると噂されている、この道の駅まで実際に向かってみようという人が少ないのであろう。だからこそ都市伝説となっているような気がする。不可解で実在するかどうか分からないものも、よくよく確かめてみたらそんなに大したものではなかったりするということか。


「ありがとうごさいます。あ、もうひとつコーヒーもらっていいですか?」


 話を聞くだけ聞いて手ぶらでその場を去るわけにはいかないと考えたのであろう。まだ愛はコーヒーカップを持っているわけだが、まだ飲む気なのだろうか。純平の心の中を読んだかのごとく、愛が口を開く。


「純平も飲んでみなよ。ここのコーヒー、すごく美味しいから」


 どうやら一里之の分も頼んでくれたらしい。実はあまりコーヒーは得意ではないのだが、なんとなく格好悪いような気がして、たまに大人ぶって愛の前でコーヒーをブラックで飲むことがあった。あんな苦いだけの飲み物のどこが美味しいのだろうか。


「ありがとう。じゃあ、今から豆を挽くからちょっと待っててね」


 おばあさんはそういうと一里之達に背を向けてなにやら準備を始める。


「豆を挽くところから? 道の駅のコーヒーなのに?」


 豆を挽き始めたおばあさんの背中に職人の魂らしきものが見えたのは気のせいなのか。このおばあさん、ただものではないのかもしれない。一里之の言葉さえ耳に届いていないようで、黙々とコーヒーを淹れるおばあさん。待つことしばらく、ようやくカウンターにコーヒーカップが置かれる。これだけやっておきながら、中身が山菜汁だったらさすがに笑う。


「はい、どうぞ――」


 代金をトレーの上に置き、コーヒーを手に取ると「色々とありがとうございました」と頭を下げる愛。コーヒーカップを愛から受け取ると、愛にならって頭を下げ、一里之は売店を後にする。


「偶然かもしれないけど、古物商店の店主さんが純平のクラスメイトなら話が早いわね。これ、飲み終わったら向かってみましょう」


 愛はそう言うとコーヒーを一口。一里之もコーヒーを口に運んではみるが、豆から挽いたコーヒーと缶コーヒーの味の違いが全く分からない。やはり苦いだけではないか。まぁ、さすがに中身は山菜汁ではなかったが。


 夕方であるということにくわえ、やはり周囲が閑散としているせいか、この周辺が妙に物悲しく見えてしまう。長閑で静かな場所なのかもしれないが、夜は恐ろしいほど寂しくなることだろう。別に門限などはないが、真っ暗になる前に帰りたいというのが一里之の本音だった。


 コーヒーを飲み終えると、一里之と愛はバイクにまたがる。売店のおばあさんの話だと、道路を挟んだ向かい側の集落に入れば良かったはず。道路に出る直前で左右を確認し、そのまま広い道路を突っ切って向かいの集落へと入った。集落自体はそこまで広いわけでもなさそうで、郵便局はすぐに見つかった。やや速度を落とすと、あっさりと店の看板が見つかった。随分と年季の入った家であり、玄関と店舗が一体化したような感じ。店には電気が点いているようで、営業はしているらしい。


 一里之は店の前にバイクを停めると、なるべく道路の端に寄せて駐車する。こんな片田舎の集落で駐車違反など取り締まりはしないだろうが、交通違反関係の罰金は高校生にとっては死活問題となる。お年頃で意気がってはいるものの、一里之は根本的に真面目な部分があった。


 愛と一緒に店の前へ。愛がアイコンタクトらしきものを取ってくる。すなわち、ここは男の一里之がまず声をかけろということなのであろう。一里之はガラス戸に手をかける。ガラス戸は想像通りの音を立てながら開いた。


「あの、すいませーん」


 ガラス戸から首を突っ込んで呼びかけてみると、奥のほうからガタンと音がして、しばらくすると「いらっしゃいませ」と少し歯切れの悪い感じの声が聞こえてきた。ここで愛と再びアイコンタクトをかわし、2人で揃って店内へと足を踏み入れる。


 店の中には売り物なのかガラクタなのか分からないものが並んでいるが、それよりも純平が目を奪われたのは、やはり見慣れたセーラー服だった。奥のほうはカウンターになっているようで、こちらに背を向けているせいで顔までは見えないが、もう間違いないだろう。同じ高校で猫屋敷などという苗字の女子は、一里之のクラスメイト以外にあり得ない。


 確信を持ちつつ、カウンターのほうへと歩みを進める一里之。カウンターの向こう側にいる人物が振り返る。目が合って、互いに「あっ!」と声を上げた。一里之はなかば分かっていたから、それが正解であったことに対して上げた声だが、あちらのほうはやってきたお客が誰か分かって、驚きの声を上げたのであろう。


「やっぱり猫屋敷じゃん!」


 目を丸くしたまま固まるポニーテールの小柄なセーラー服。その顔は紛れもなく、クラスメイトの猫屋敷千早であった。驚いた様子の彼女の口元には、なんなのか分からないが、白い粉のようなものがついている。


「い、一里之君……ですよね? 同じクラスの」


 お互いの名前は知っていても、こうして言葉を交わすのは、もしかして初めてなのかもしれない。そりゃ、授業を一緒に受けるわけだから、声くらい聞いたことはあるのだが、改めて対面して聞く千早の声は、随分と澄んでいて透き通っているように聞こえた。


「やっぱり純平のクラスメイトなの? だったら話が早くて助かるわ」


 一里之と千早がクラスメイトだと判明するや否や、挨拶なんてそっちのけといった具合で口を開く愛。アクティブなのは結構だが、そのアクティブさが人を振り回すことがあることを、そろそろ理解して欲しい。


「あの、私は純平の彼女の赤祖父愛って言います。制服を見てもらえば分かると思うけど、雛撫高校の3年生。ここでいわくつきのものを査定してもらえるって聞いて来たんですけど――」


 寝耳に水というか、いきなりクラスメイトが訪ねてきて、その彼女だと名乗る女性が、完全に自分のペースでベラベラと話し始める。一里之が店に来店したことだけでも随分と驚いている様子の彼女には、展開が早すぎてわけが分からないであろう。事実、千早からは助けを求めるような視線が送られていた。


「まぁ、愛。落ち着けって。そんなにグイグイ行ったら猫屋敷も困るだろうし。それにまだ、本当に噂通りのことをしてくれるとも限らないんだからよ。とりあえず、愛は落ち着け。それで、猫屋敷は口元の粉みたいなやつを拭いたほうがいい」


 一里之からすれば、クールダウンする時間を作ってやったつもりだった。だからあえて、千早の口元の粉を指摘したのであるが、千早は口元を撫でて粉がついていることに気づいたのか、あからさまに顔を真っ赤にする。カウンターの下からウエットティッシュらしきものを取り出すと、一里之達に背を向けた。


「す、すいません! さっきまで、ままままままっ! 豆大福を食べていたもので!」


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