査定2 惨殺アイちゃん参上【問題編】1

【1】


 気分は最高だった。昨日はあまりにも気持ちがたかぶってしまい、帰りに制服姿のまま一人カラオケをしてしまった。もう寝るのを忘れるくらいのテンションで歌い続け、そろそろ疲れたから会計を済ませたら、外は明るくなっていた。まさか一人で朝までオールするとは。


 学校には行かなくて良い日だったから、そのまま制服のままで買い物にでも繰り出してやろうかと思ったが、さすがに真昼間から制服姿で街を練り歩くというのはいささか目立つ。面倒臭かったけど、バスで家まで帰ることにした。


 背負ったバッグの中にはボウガンが一式セットで入っている。まさか、バスに乗っている人達も、自分の背負うバッグの中にボウガンが入っているなんて思わないだろうし、ましてやそれでカラスを射抜いてやったなんて想像だにできないだろう。


 バスの中で自分の両手を見つめ、あの時の高揚感を反芻はんすうする。カラスは賢いなんていうけど、結局のところ脳みその容量は限りなく小さい。遠くからボウガンで一発だった。そのままにしておくのはもったいない気がしたから、正面玄関の脇にある小屋の壁に、改めてボウガンの矢で磔にしてやった。まだ生きていたのか、ボウガンの矢を抜くとき、間抜けに「カァ……」と鳴いたのが面白かった。もう一度ボウガンの矢を突き刺し、小屋の壁にグリグリと矢の先端をねじ込んでやった手の感触は――いまだにしっかりと残っている。


 本当は名乗るつもりなんてなかった。でも、誰かが見つけて大騒ぎになるのを想像すると、カラスの死体を磔にしただけでは物足りないように思えた。くわえて、それだけだと、どこの誰かの仕業かも分からないし、やったことに対しての対価が低い気がした。だから、あえて名乗ってやったのだ。


 自宅の近くでバスを降りる。そう【惨殺アイちゃん】はこれから帰宅します。その場の思いつきで名前を決めちゃったけど、自分の名前から取った名で、それなりに気に入っている。しっかりと【惨殺アイちゃん】の本名には【アイ】が入っているから、名乗る名前としては間違ってはいない。さすがに本名を名乗ってしまうわけにはいかないが、それを【惨殺アイちゃん】に置き換えても、有名人になる気分は味わえるだろう。


 これまでずっと我慢してきた。どんな理由であれ動物をあやめるのは悪いことだと思っている。でも、カラスが力なく鳴いた間抜けな顔、したたる血に、矢を突き刺した感覚が忘れられない。どうやら越えてはいけない一線を越えてしまったようだった。だからこそ、一夜明けた今でも興奮が収まらないでいる。


 人を殺したいと思ったことはない。だって、人はきっと抵抗するだろうから。それに、そんなことをしてしまったら警察に捕まってしまう。一方、動物は警察に捕まりはしない。いや、捕まったとしても器物損壊という名目の罪にしかならない。万が一、罪に問われたとしても、その罪はとても軽いものになる。


 バスを降りると、そこからはしばらく徒歩。自宅に到着すると制服を脱ぎ、そして鼻歌混じりにシャワーを浴びる。一晩オールしているのだから眠くなりそうなものであるが、頭の中は昨晩の追体験を繰り返すばかりで、しばらくは眠れそうにない。


 シャワーから上がると下着姿のまま、洗面所の鏡の前に立ってみる。最近、ちょっと体型が気になってきた。世間一般的に痩せ型とは言われるのだが、主観的に見れば前よりは太った気がする。最近は生活習慣が乱れつつあるから、少し気をつけないと。洗濯かごに放り込んである制服のほうへと視線を移すと、アイちゃんはダイエットを誓った。太って制服が入らなくなるなんてことになったら大変だ。


 リビングへと向かうと、それなりのコーディネートをして外に出る準備を始める。


 オール明けにしては調子がいいし、気分も弾むようにウキウキとしている。これも、今まで封じ込めていた猟奇的な願望を解放したからなのかもしれない。こんなことなら――もっと早々とやっておくべきだった。


 アイちゃんの頭の中は、生き絶える直前のカラスの姿でいっぱいになっていた。実際に殺したのは一度だけだが、もう想像の中では何度もカラスを殺していた。しかも、様々なシチュエーションで、そして色々な殺し方を試しつつ……。それを繰り返しているうちに、どうにも納得できなくなった。


 カラスはあの殺し方で正しかったのだろうか。もっと面白く、またさらに快楽を得られるような殺し方があったのではないか。想像の中では何度もシミュレートできるかもしれないが、実際に自分の手で殺すことができるのは一度だけ。もう、余韻にひたるだけでは満足できなくなっていた。


 あぁ、もっと他に楽しい殺し方があったはずだ。ボウガンひとつで殺すのではなく、他のものを使ってなぶり殺したほうが面白かったに違いない。興奮、高揚――そして反省。もっとも、その反省は動物を殺してしまったことに対するものではなく、殺し方を悔いる反省。


 もっと殺したい。もっと面白おかしく動物を殺したい――。本当は家に置いて出るつもりだったが、結局アイちゃんはボウガン一式の入ったバッグを背負って家を飛び出したのであった。

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