第7話
石を庭に捨て、下駄をゴムに挟むと、コートを着て、袋を背負った。再び足袋のままで暴風雨の中に飛び込むと、歩き出した。私の格好はまるで、サンタさん。煙突の
こんな格好を誰かに見られたら一巻の終わりだと、
ポリエステルのズボンに着替えると、脱いだ作業着と下駄をビニール袋に入れて、また、嵐の中に出た。春代さんちの裏庭の縁側に借りた物をお返しすると――」
「どうして、わざわざ返したんだ?」
「そう言うとこが男の人って無頓着なのよ。春代さんは普通の主婦よ。ご主人の作業着や下駄が幾らするか知ってる? 新しく買わせたら家計に響くでしょ?」
「……なるほどな」
「それに、捨て場所に迷うのも面倒だもの。以上です」
喉が渇いたのか、杏子は台所に行った。
「……上手くいったから良かったが、下手したら捕まってたんだぞ」
トレイに蜂蜜牛乳を載せてきた杏子に忠告した。一気に飲み干すと、
「大丈夫よ、あなたが居るもの」
あっけらかんとそう言って山根の布団に潜ってきた。
「……俺とこうなったのも、意図的なのか」
「あなただったから意図になった」
「……どう言う意味だ」
「あの時、聞き込みに来た刑事さんが、あなたじゃなかったら、こんなふうにはならなかった。あなたで良かった」
杏子はニコッとすると、山根にしがみついた。
「……杏子」
「ね、耳、貸して」
「何だよ、誰も居ないのにコソコソ話なんか」
「いいから、耳」
杏子は強引に山根の
「痛てぇ、何だよ」
山根は杏子にされるがままだった。
「……あのね」
「何だよ」
「……赤ちゃん」
「えっ! できたのか?」
山根は反射的に体を起こすと、杏子の顔を確かめた。杏子はニコッとすると、恥ずかしそうに山根の胸に顔を埋めた。山根は褒め言葉の代わりに杏子の頭を優しく撫でてやった。
……四十二にして初めての子供だ。やったーっ!
山根はその喜びを心の中で叫んだ。
翌日の帰り道、森崎宅に寄った。杏子の父親だと分かった今、森崎の名称は、
「杏子さんはあなたのお嬢さんだそうですね?」
「えっ? ……ええ、まあ」
「どうしてそれを最初に話してくれなかったんですか」
「娘が、父親だとは認めないと。あんたなんか、赤の他人よ。なんて言われたもんですから。警察に喋ったりして後でバレたら怖いもんですから、つい」
……俺と同様に杏子には頭が上がらないか。
「……娘さんが犯人だと気付いたのはいつからですか」
「……婦警が声音を真似た時、もしかして、と」
「娘さんを犯人にしたくなくて、曖昧な供述をした訳ですね」
「はぁ、まぁ」
「……どうして、籍を入れてあげなかったんですか?」
「……若かったんです。子供の顔を見た途端、自由を奪われる気がして、恐ろしくなって逃げました。……しかし、どんな女とも上手くいかず、結果、信じられるのは金だけになっていた。……」
「……娘さんが十九の時にお母さんが亡くなられたそうです」
「……娘から聞いて、知ってます」
森崎は肩を落とした。
「正直なところ、娘さんとはどういう形にしたいんですか」
「……できれば、父親だと認めてほしい」
「……実は、杏子さんと結婚します」
「えっ!」
森崎は小さな目を見開くと、
「……あなたと?」
と呟きながらまじまじと山根の顔を見た。
「来年には子供も生まれます」
「えー? そうですか。……それは良かった」
孫の話が出た途端、森崎は顔を
「腹が目立つ前に式を挙げとかないと、後々どんな嫌味を言われるか分かりませんから。ああ見えても気が強いですからね。お父さんに似たんですかね?」
「いぇ、女房です」
森崎のその即答に、二人は顔を見合わせて笑った。
「近々、
「……しかし」
「杏子は嫌な顔をするかもしれませんが、本心は嬉しいはずです。子供ができれば、また変わりますよ」
「……ええ」
「ではこの辺で、今回の事件に終止符を打ちますか」
山根は二本目の煙草を吸った。
「……えっ?」
「杏子に容疑が及ばない画策をするんですよ」
「あ、はい」
森崎は山根の提案を快諾した。
翌日、署で待機していると、早速、森崎から電話がきた。
「何っ! 金が戻った?」
山根は大袈裟な声を上げた。
「直ぐに伺います」
受話器を置くと、
「森崎氏、金が戻ったそうだ」
皆に教えてやった。
「えー?」
一同は驚きと落胆の入り交じった声を上げた。
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