第6話

  


「……残りはどこだ?」


「……下駄箱」


 山根は急いで玄関に向かった。


 靴の空き箱に万札が約千枚。単行本の二百万円と合わせて、一千二百万円。盗まれた金額と一致した。


 山根は大きく溜息を吐くと、


「……お前さん、頭がいいね」


 と褒めてやった。


「ヘヘヘ……」


 杏子が子供のような笑い方をした。


「バカ、これは犯罪なんだぞ。分かってんのか」


「犯罪にはならないわ」


 自信満々に含み笑いをした。


「……どう言う意味だ? 盗んだんだろ?」


「ええ、盗んだわ。でも、大丈夫よ。私の仕業しわざだと分かっても、森崎は訴えないから」


「どうしてだ? どうして訴えないんだ、答えろ!」


 山根は杏子の肩を掴んで大きく揺すった。


「父親だからよっ!」


 杏子は顔を向けると、山根を睨んだ。


「……何?」


 杏子は山根の手を払うと横を向いた。


「生まれたばかりの私と母を捨てた男よ。……ここに越してきて、句会のチラシを近所に配って間もなく、アイツが入会した。チラシに印刷された私の名前を見て、自分の実の娘だと分かったんでしょ。広田は母方の姓。〈杏子〉は自分が付けた名前だものね。他人を装って入会したのはいいけど、全然センスないの。“バラバラになって散りたるバラの花”だって。バカみたい。ダジャレ川柳じゃないっちゅうの。

 そんな時、突然、アイツが父親だと名乗り出た。顔も名前も知らなかった私は戸惑いながらもアイツに対する憎しみだけははっきりしていた。

 アイツを困らせるために金を盗んだ。一千二百万なんて、養育費にしたら安いもんよ。一億貰ったって足りないわ」


「……強盗なんかしなくたって正々堂々と貰えばいいじゃないか、父親なんだから――」


「認めてないからよっ!」


 杏子は怖い顔をして山根に振り向いた。


「私と母を捨てたあんな奴、父親なんかじゃない。でも、この体に流れてる血は紛れもなくアイツの血なのよ。手段はともかく、金を貰う権利はあるわ」


「……寒いよ。布団に入ろ」


 山根が大袈裟に身震いした。杏子は表情を和らげると肩の力を抜いた。そして、その肩に山根の手が触れるのを待った。――



「……さっきは凄い迫力だったな。一億貰ったって足りないわよ!」


 山根が枕元の灰皿に吸いかけの煙草を置いた。


「もう、……意地悪」


 杏子は山根の横で、口を尖らせた。


「……犯行は念入りに計画したのか」


「……まあね。でも、下駄は失敗しちゃった」


 珍しく杏子が弱音を吐いた。


「……どうして?」


「だって、却って小柄をアピールしちゃたもの」


「……まあな」


「思い付いた時はグッドアイデアだと思ったのにな」


「犯行は得てしてそう言うものだ。必ず手抜かりが生じる。だから、完全犯罪は成立しないのさ」


「ね、刑事さん?」


「……何だよ」


「犯行方法、知りたい?」


「……ああ。教えてくれ」


「どうしよっかな……」


 杏子が子供みたいな喋り方をした。


「お願いします」


 山根は煙草を消すと仰向けになって、聞く体勢を整えた。


「じゃ、出血大サービスで教えちゃう」


 杏子も天井を向いた。


「――犯行は台風の日に決めてた。人も歩かないし、物音もかき消される。さらしで胸に座布団を巻くと、小太りの男を装った。春代さんちから盗んだご主人の作業着を着ると――」


「どうして、春代さんちのを盗んだんだ?」


「春代さんちには何度か遊びに行って、春代さんが洗濯物を取り込み忘れる癖を知ってたから。それに、どうせ雨風で汚れてしまうし、たった一度の犯行のためにわざわざ男物の作業着を買うのも勿体ないじゃない」


「うむ……」


「ウエストに太いゴムを巻くと、それに春代さんちの下駄を挟んだ。その上にポンチョの黒のレインコートを羽織はおった。懐中電灯・果物ナイフ・マスク・黒のビニール袋をコートのポケットに入れると、髪を束ねた上から黒の野球帽を目深に被った。軍手をすると、履いた黒足袋のまま、外に出た。足袋で歩くのは快適だった。暴風雨なんてなんのそのって感じ。幸運にも、誰とも遇わなかった。

 アイツんちの雨戸が壊れてるのは、会員との会話を小耳に挟んで前から知ってた。あのケチのことだから絶対直さないって思った。案の定、雨戸を閉めてない窓は今にも割れそうに激しく音を立ててた」


「もし、雨戸が修理されて閉まってたら、どうした?」


「裏に回ったりして、開いてそうなとこを探したわ。……それでも無かったら、諦めて帰ったかもしれない」


「……雨戸を修理しなかったのが運の尽きか」


「マスクを付け、ナイフとゴミ袋を作業着のポケットに入れると、コートを縁側で脱いで、足袋の上から下駄を履くと懐中電灯を手にした。庭にあった拳大こぶしだいの石で鍵付近を割ると、急いでその穴から窓の鍵を外した。石を上着のポケットに入れ、ナイフを右手に持った。

 懐中電灯を左手にして中に入ると、襖をふすま開けた。そこには、ガラスの割れた音で目を覚ましたのか、上半身を起こして懐中電灯の明かりを眩しそうに手をかざす、アイツが居た。


『金を出せ』


 アイツはキラッと光ったナイフに狼狽うろたえると、懐中電灯の明かりを頼りに、枕元の金庫のダイヤルを右に左にと回してた。その間にケースにナイフをしまうと、ゴミ袋を出した。


『これに入れろ』


 金庫が開くと、それを放った。――入れ終わったアイツに、


『後ろを向け』


 と命令した。言われた通りにしたアイツの首の後ろを石で軽く殴った。アイツは、ウ~と唸ると、頭に手を当てて前に倒れた。金の入った袋を背負うと急いでそこを出た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る