立秋


~ 八月七日(金) 立秋 ~

  本日の発明品

   ワンコ・ロボ「と~れるマン」


 ※冠履倒易かんりとうえき

  物の価値とか人の地位や立場がさかさま




 数々のクレームに。

 真摯に対応するこいつ。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 今日も得意の発明品で。

 列が膨れて車が通りにくいっていう問題と。

 行列客が騒がしいって問題を。


 どえらい発明で抑え込む。


「……さすがに発明料金取った方がいいぞ」

「こ、これで皆さん静かになった……、よ?」


 静かになったというか。

 怯えちまってるじゃねえか。


 そのドーベルマンのせいで。



 行列の、ところどころで。

 赤い眼を光らせるドーベルマンロボ。


 まるで薬局ののぼり。

 水を入れるタイプのおもりからまっすぐ伸びた棒状のボディー。


 その上に、胸辺りの高さに乗っかった。

 やたらリアルなドーベルマンの首が。


 道路にはみ出た人を見つけると……。


「ウオン!」


 口を開けて。

 一声吠えて警告する。


「よくできてるな、ドーベルマン」

「ううん? と~れるマン」

「は?」

「せ、整列用ワンコ・ロボ『と~れるマン』」



 ……………………ああ。


 通れるってこと?



 舞浜博士のネーミングセンス。

 百円グッズ並み。


「どうやって列が乱れてるの判定してるんだ?」

「せ、赤外線センサー、よ? 銀行強盗のアレ……」


 銀行強盗のアレって。

 そんな言い方。


 まあ、分かるけどさ。


「しかも、人工知能搭載……」

「また!?」

「そのうちしゃべりだす」

「怖いわ。……いや、吠えられるよりはいいか」


 小さめの声だけど。

 吠えられると、多少なりとも腹が立つ。


 できれば女性の優しい声とかで。

 柔らかめに注意してもらった方がトラブルにならないだろ。


 ……優しい声、か。


 このこわもてから。

 萌え声が聞こえてきたりしたらおもしれえな。


「で、でもあんたがキライだから吠えたわけじゃないんだからね?」


 とか。


 いや、そんなことしたら。

 面白がってわざとセンサーに引っ掛かろうとするやつが続出するか。



 ……実はこの犬。

 店員には大変不評で。


 カンナさんには、機械に叱られると腹が立つだろうと言われ。

 あたたかみが無いと、雛さんにもばっさり切り捨てられた。


 そうだ。

 あたたかみと言えば。


 雛さんがあれだけ反対してたハンバーガーの作り置き用保温棚。

 とうとう導入されることになった。


 十二日、十三日に店を閉めての大工事。

 でもそれを聞いた舞浜が。


 不安そうに。

 それはダメなのと、小声でつぶやいていた。


 なあ、舞浜。

 結局『それ』って、何のことなんだ?


 俺は何かが手遅れになる前に。

 『それ』に気付いてやることができるのだろうか。


 …… 

 …………

 ………………


「だから、相互に通信リンクしててね? 一台が得た情報は、即時全台に……」

「へえ……。これ、吠えても吠えても言うこと聞かないやつがいたらどうなるんだ?」


 舞浜が心配し続けている何か。

 そんなことを頭の半分で考えつつ。


 本気で聞きたい気持ちは三割ほど。

 入道雲をぼーっと見上げながら口にした言葉。


 そんな質問に、返事がないなと振り返ると。

 そこにはマッドサイエンティストらしい嫌味なくっくっくが待ち構えていた。


「……こわ。なんの真似だよ」

「もちろん『最後の手段』を搭載することは、ロボット開発者、共通のロマン……」

「自爆装置!?」


 だからさ。

 くっくっく、じゃねえ。


 そんなことするはずないとは思うが。

 万が一にも騒ぎになるといけねえ。


 俺は、手近でワンワン吠えてたワンコ・ロボの電源ボタンを切ろうと手を伸ばしたんだが……。


「ワフッ」

「うおっ!?」


 首がグルンとこっち向いて。

 手に噛みついてきやがった。


「うはははははははははははは!!! こいつ、動くぞ!?」


 ほんとよくできてんな!

 いやはや驚いた。


 ……いや。

 もう分かったって。


「放せってお前。……ちょっと、どんどん力が強くなっていだだだだだっ!」


 腕を引き抜こうと引っ張ってみてもびくともしねえ。


 わたわたしながら舞浜も近寄ってきたが。

 こいつの手に噛みつかせるわけにゃいかねえぜ。


「離れてろ舞浜!」

「で、でも……」

「こんのおおおおおお! ぬけろおおおおお!」


 足を使って強引にロボの口をこじ開けて。

 なんとか手を抜くことに成功したんだが。


 非常事態ということだろうか。

 この犬、頭のてっぺんからぴょこんと赤い回転灯出して。

 ウ~ウ~とバカでかいサイレン鳴らし始めたかと思うと。


 遥か先の方まで並んだ無数のドーベルマンが。

 一斉にグルンと俺に顔向けて。

 ワンキャンガルルルウ~ウ~吠えだした。




 博士の『最後の手段』!


 うるせええええええ!!!




 もちろん、そんな騒ぎに。

 こいつが出てくるのは当然で。


「うるっせえぞバカ浜ぁ! 全部止めてこい!」

「で、でも、そんなことしたら列が……」

「その列とやらがみんな耳押さえてうずくまってんじゃねえか! 早くしろ!」


 そしてわたわたと。

 犬たちの暴走を止めに走る舞浜の背中に。


 カンナさんはとどめをさす。


「バカ浜! 今日は一日、犬の代わりにお前が外に立って整列させとけ!」

「ひええええええ!」


 なんと。

 まさかの冠履倒易かんりとうえき


 こんな珍しいことがあるなんて。


 俺は、カンナさんの後について店内に入ったところで。

 ようやくその理由に気が付いた。



 なるほど。


 今日は立秋か。




「……なにやってんだバカ兄貴」

「ん?」

「お前がバカ浜見張ってねえでどうすんだ」



 ……今年から。

 八月七日は立秋立と呼ぶことにしよう。

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