走ろうの日


~ 八月四日(火) 走ろうの日 ~

  本日の発明品

  超高性能レジ打ちロボ

  =ちょこれーぼくん=


 ※咬牙切歯こうがせっし

  ちょうくやしい




 走る。

 走る。


 メロスはなぜ走ったのか。


 そこに道があるから。

 なんて理由じゃなかったはず。


 確か結婚式のあと。

 新婚旅行で踊り子号に乗って熱海で下車。


 温泉を堪能してたら。

 山賊に襲われて。


 そこへ助けに入ったディオニス王が。

 わしも第三の男として新婚旅行に加えてほしいと言ったから。


 激怒したメロスは。

 セリヌンティウスと手と手を取り合って逃げるという……。



 おかしい。

 どうしてこんな話になった?


 何で俺がこんな意味不明な事ばかり考えているのか。



 それは。

 朝から走り続けて。


 脳に酸素と糖分が行き渡っていないせい。



「ぜえっ! ぜえっ! か、買って来た……、ぜ……」


 駅前の個人経営ハンバーガーショップ。

 ワンコ・バーガー。


 その二台のレジ。


 俺の正面に立ってふんぞり返ってやがるのは。


「おっそい! これだから三流ハンバーガーショップの四流店員は!」


 この店の人気が下がると。

 自分のショッピングセンターも売上が減るからと。


 勝手に手伝いに来た。


「ぜえ……。ほら……。ぜえ……。これで文句ねえだろ、ピカパー」

「だ・れ・が! ピカパーです! 僕のことは超! 総・支配人とお呼びなさい!」

「いいからちょっと休ませろ……」


 朝からずっと。

 妙なお使いばっかり頼みやがって。


 しかも、ちょっと違うだのそれはもういらなくなっただの。

 労いも無しに矢継ぎ早。


 そんなピカピカパープルを捨て置いて。

 ロッカールームに汗を拭きに行こうとした俺に。


『お、お疲れ様……』


 優しい言葉と共に。

 タオルを渡してくれたこいつ。


 舞浜まいはま秋乃あきの



 では無く。



「…………なにこのロボ?」


 レジカウンターに乗って。

 俺にタオルを渡してくれたのは。


 板チョコみたいなボディーの上に楕円形の頭を乗せた。

 小さなロボット。


「よくもまあ。連日、なに作ってるんだよ」

『ボクの名前は、超高性能レジ打ちロボ。略して、ちょこれーぼくん』

「黙れ舞浜」


 俺は、ちょこれーぼくんの隣のレジで接客する。

 本体に直接文句を言ってみた。


「だいたい、これでどうやってレジ打つんだよ」

「こ、こうするの……、よ?」


 そして「せつめいしよう」とばかりに。

 舞浜は、マイク付きのヘッドマウントディスプレーを被って。

 ゲームのコントローラーを握ると。


「……おお」


 ロボから伸びたマニピュレーターが。

 かちゃかちゃと目で追えない程の速度でレジを打って。


『五百円になります!』

「はやっ!」


 俺とお客さんを仰天させたんだが。


 ただ一つ。

 問題がある。


「……お前の正面でお待ちのお客様にはどう対処するんだ?」

「こ、こうするの……、よ?」


 そしてヘッドマウントディスプレーを取った舞浜が。

 のそのそとレジ打って。


「ご、五百円になります……」

「おい」


 二つレジ開けてる意味無いじゃねえか。


「こらてめえら、遊んでるんじゃねえ! レジおせえぞ!」

「いや、遅くねえ。すげえぞ、ちょこれーぼくんの早さ」

「AIを搭載してるからもっと早くなる……。その内、自動でしゃべりだす」

「怖えな」

「ぐだぐだしゃべってねえで、買い物から戻って来たんならてめえもレジに……」

「ちょっと四流店員! これは何っ!?」


 刃物女からの雷を恐れて。

 レジにつこうと思ったら。


 ピカパー男から叱られた。


「何って。言われた通りに買って来てやったんじゃねえか、

「僕が頼んだのは! 休憩取って食べようとしてたのに! も一度走って、ちゃんと買って来なさい!」


 なんだそりゃ!?

 聞き間違えた俺も悪いとは思うが。


「そんなの買ってこさすな冗談じゃねえ! もう今日は一歩も走らん!」

「なあんたる態度っ! 僕のことを誰だと思っているんだね!?」

「すげえレジ打ちが下手なピカパー男」

「きいっ!!!」


 こいつの相手してたら刃物女にほんとに切り捨てられちまう。


 でも。


 カウンターの中に向かおうとした俺の首を。

 ちょこれーぼくんに掴まれた。


「げほっ!? ……なにしやがる舞浜!」

「い、今のはちょこれーぼくんが……」

「他人のせいにしてんじゃねえ! いや、ひと?」


 SF界永遠のテーマ。

 AIは人なのか機械なのか。


「あの、て、店長さんがね? 保坂君戻ってきたら、買って来るようにって、伝言預かってる……」

「それを先に言いやがれ。何買って来いって?」

『はい!』


 いや、お前。

 なんでもかんでもちょこれーぼくんにやらせるんじゃねえ。


 マニピュレーターがパワフルすぎてメモ紙に穴開いてんじゃねえか。


 えっと、なになに……?


 え?


 ん?


「これ買って来いって?」

「ちょこれーぼくん、聞いた言葉を字で書ける……」

「うそだろ!?」

「店長さんからの伝言、それで間違いない……、よ?」


 疑問は残るが。

 店長からの頼みじゃしょうがねえ。


 店は空き始める時刻とは言え。

 急いで戻って来ねえと。


 俺は、悲鳴を上げ始めた足に鞭打って。

 駅向こうのペットショップ目掛けて走りながら。

 さっきのロボの事を考える。


 ほんとにすげえな、ちょこれーぼくん。

 あれ、テレワーク可能なんじゃね?


 AIがどうのこうの言ってたけど。

 それよりも、コントローラーひとつであの動き。


 ……舞浜よ。

 ほんとにお前が作ってんだとしたら。


 こんな店で働いてる場合じゃねえぞ?


 そして再び。

 酸素と糖分が少なくなった頭で。

 脈略の無いことを考えながら。


 ペットショップから戻ってくると。


「おにい! 今日はマラソン大会!?」

「……立哉さん。凄い汗」


 凜々花と春姫ちゃんが。


「し、しまった。その手があったか……」


 自転車でのお出掛けから帰って来たところだった。


「バイトってつい別世界に感じるけど、家、目の前だったな……」

「きゃははははは! おにい、自転車あるの忘れてたの!?」

「……そんなことはあるまい。仕事をサボる口実が欲しかったのだろうよ」


 くっ。

 悔しいが、今日の所は何も言い返せん。


 俺は咬牙切歯こうがせっししながら店に戻り。

 ちょうどフロアに出ていた店長さんに報告する。


「ああ、店長さん。頼まれていた件ですけど……」

「おかえり。酷い汗だね、ひとまず休憩室に行って来ると良いよ」

「いえ報告を先に。駅前のペットショップでは取り扱いなかったです、カピバラ」

「え?」

「ですから、取り扱ってないと……」

「いや、僕が頼んだの、タピオカなんだけど」

「は!?」


 今度は聞き間違いじゃなくて読み間違い?

 慌ててメモを広くと。

 そこには間違いなくカピバラと書かれていたんだが……。


 じゃあ。


 まさか。


「お前の言い間違いかよ!」


 ちょうどお客がはけてて。

 レジカウンターの上で停止したままのちょこれーぼくん。


 言い間違いか、聞き間違いか。

 これを機械だからと捉えるか。

 人間らしいと捉えるべきなのか。


 いずれにせよ。


「お前のせいで散々だぜ」


 こいつのおかげで無駄足になったわけで。

 腹立たしさを紛らわせようと。


 ラグビーボール状の頭にチョップした。


『……痛い』

「やかましいぞ舞浜」

『汗臭い。近寄らないで』

「ふざけんな舞浜」


 しょうがねえだろ、汗は。

 散々走ったんだから。


 カウンターに隠れているであろう舞浜を探してレジの中を覗き込んでみれば。


「あれ?」


 いねえ。


 いや?

 厨房にいる。


「じゃあカンナさんか、下らねえことを……、あれ?」


 いや、お客さんとしゃべってる。

 じゃあ誰が?


 俺は、辺りをきょろきょろ見渡したんだが。

 みんな視界内だし。


 挙句に。

 ヘッドマウントディスプレーは。


 カウンターの上に転がったまま。


「…………ウソだろ?」

『保坂、汗臭い』

「やかましい」

『汗かきついでに、外に立って客寄せしていなさい』


 俺は何も言わずに。

 ちょこれーぼくんの電源を切った。


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