はちみつの日


~ 八月三日(月) はちみつの日 ~

  本日の発明品 はにかむスロット


 ※一六勝負いちろくしょうぶ

  運任せのバクチ




「はにかむバーガーセット下さい!」

「せ、千円になります。お飲み物はどちらになさいますか?」


 新商品。

 最高級の牛肉を使った分厚いハンバーグを低温でじっくり焼き。

 はちみつ入りの特製グレイビーソースと新鮮野菜をたっぷり使った『はにかむバーガー』。


 これに、はちみつを中に封じ込めたスコーンと。

 はちみつをかけたヨーグルト。


 さらにドリンクが付いた『はにかむバーガーセット』。

 こちらを購入されたお客は。


 スロットマシンをまわして。

 絵柄が揃えばタダになる。



 ――『蜂』にちなんで。

 八回に一回大当たりを出す。


 そんなスロットマシンを作ったのは。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 駅前の個人経営ハンバーガーショップ。

 ワンコ・バーガー。


 その二台のレジで。


 ようやくまともに。

 隣に立っている。



「器用だな! 褒めてやるぜバカ浜ぁ!」

「が、頑張ります!」



 ……舞浜もすげえけど。

 この店もやるなあ。


 お袋に見た、社会の片鱗。

 仕事ができるっていうのはこういう事か。


「やっぱすげえな、店長さん」

「あいつじゃねえよ。あたしが考えたんだ」

「ウソつけ」


 殺人未遂パワハラ泥棒不法侵入屁理屈大声鬼軍曹恵比寿顔おしゃべりギャンブル下手くそウソつき女。


 改め。


 刃物女がふんぞり返ってるが。

 こいつが考えたとか、かたはらいてえ。


 週末、俺が感じてた不安は。

 そのことを口にするより前に。

 あっという間に払拭されていた。



 ……あまりの大量購入がネット上で問題になり。

 さらには、恐らく食べきれなかったハンバーガーが。

 公園に捨てられているとクレームが入ったことを受けて。


 なんでもまるっとタダになるキャンペーンを。

 即刻やめるというフットワーク。


 そして代わりに始まったのが。


「千円もするけど、これは価値ある!」

「確かにやべえな! 牛肉ってここまで美味い物だったか!?」

「バカみてえなこと言うようだけど、晩飯もこれにしねえ?」

「全然バカみてえじゃねえよ! ぜってえそうしようぜ!」


 お高いけれど。

 どなたにも喜んでいただける。


 そんな高級バーガーが……。


「やった! 魚で一列揃ったぞ!」

「お、おめでとうございます。こちら、無料になります……、ね?」


 仮面の微笑が、逆に板についてきた。

 そんな舞浜の隣で大当たりを告げるファンファーレを鳴らすスロットマシン。


 店内からは拍手喝采。

 お客様は鼻高々に。

 トレーを抱えてテーブルに着いた。



 ……舞浜も、さすがに慣れて来て。

 当たりを出す率が下がったところだし。


 ネットの評価も。

 あっという間にキャンペーンをやめたことに好意的な書き込みが目立つ。


 しかも、はにかむバーガーが。

 あわやトレンド入りかって程バズってて。


 順風満帆ことも無し。



 いや、ウソ。

 ことはある。



「いそがし……っ!」

「ほれ急げバカ兄貴! アイスコーヒー2! コーラ1!」

「はいお待ち!」

「お? バカ凜々花じゃねえか! よく来たな!」

「よく来たよー! はにかむバーガーセット二個下さい!」

「おお! 丁度いいとこに! 行列どこまで並んでるか教えてくれ!」

「ショッピングセンターの前まで続いてるよ! 凜々花、目の前の店に入るつもりで出たからパジャマのまんま!」


 両手をあげて、よれよれパジャマを披露するこいつが。

 店内に爆笑の嵐を呼び込むと。


「……ははっ」

「え? わ、私、何か変?」

「いや? なんにも」


 随分長い事。

 まともに見てなかった。


 舞浜の、仮面を外した笑顔を拝むことが出来た。

 

「ほれ、凜々花。後ろがつっかえてるから、早くスロットまわせ」

「よっし! ソロっとスロえちまうぜ!」

「逆だ」

「スイッチ、オーーーン! ……なにこれ、すっげえよくできてんね」

「だよな。よくできている、とは思うんだが……」

「ど、どこかまずい?」


 いや。

 まずいも何も。


「ス、スロットマシンって、どういうのか知らないから。ネットで見た動画そのままに作ってみたんだけど……」

「だから。よくできてるって」

「じゃあ、いいの?」

「よくできすぎてっからアウトなんだっての」


 アナログチックなスロットマシンじゃなくて。

 ミニ液晶に流れるアニメーション。


 リーチの後、派手なエフェクトで最後のリールが一マスつずつ回って。


 当たるか当たらないかってとこで行ったり来たりした後。


「ずぎゃん! ハズレちったー!」

「本当にあるスロットマシンまるパクリじゃねえか。ぜってえ叱られるから」

「じゃ、じゃあ、後でどんなのなら平気か教えて……」


 凜々花からお金受け取った刃物女が。

 爆発寝ぐせ頭をわっしゃわっしゃ撫で回してから商品を渡すと。


 間髪入れずに次の接客に入って。

 俺はドリンクを準備する。


 そんな慌ただしさの中。

 舞浜がドリンクサーバーにカップをセットすると。


 俺に、ぽつりと小声でつぶやいた。


「で、でもね? これ、ダメだと思う……」

「分かってんならパクるな!」

「そうじゃなくて……、ね?」


 ああ、無料キャンペーンの時。

 毎日のように言ってたやつか。


 どうにも、舞浜が。

 ダメだダメだと言い続けるんだが


 『これ』というのが、微妙に何をさしてるのか分からんし。

 述語側についても、どうしてダメなのかまるで分からんし。


 怪しい無料配布を。

 極めて健全にしたってのに。


 なにがまずいって……。


「おい厨房! 遅れてっぞ!」


 刃物女の癇癪に。

 返事もできない厨房コンビ。


 ああ、そうか。

 お前の心配、これか。


「…………おい、刃物女。素人が口挟んじゃいけねえと思って黙ってたが。実は俺、料理ができる」

「なにいっ!?」


 そのリアクション、厨房に入っていいってことだよな。


 よし、足手まといにならねえよう。

 気合い入れて段取り覚えて。

 すぐに戦力になってみせる!


 って思いながら腕まくりしてたら。



「バカ野郎! お前が厨房に入ったら誰が外に立つんだよ!」



 ……おい。

 バカなの?



「この状況でそんな仕事いる?」

「いる! 素人が口挟むんじゃねえ! 厨房にはあたしが入る! レジの手が空いたら必ず外出ろよ!」


 嫌だし。

 そもそも、レジの手が空くとは思えねえし。


 でもこいつ。

 突っ込む間もなく厨房に駆け込んじまったから。


 空になっちまったレジに入ろうと振り向いてみれば……。


「…………だれ?」

「ほらほら! レジ空けるなんてお客様に失礼! ナーンセンスっ!」

「いや、誰だよあんた」

「まったくこれだから三流ハンバーガーショップは! ジンジャーエール急いで!」


 刃物女が口あんぐりさせて。

 勝手にレジに入ってきたおっさん見てるけど。


 紫のラメ入りスーツに身を包んだ。

 妙にくねくねしたこいつ。


 ……だから、誰!?


「ほら! 急ぐっ!」

「何しに来たこの野郎っ!」

「このやろうではないっ! 私は、超! 総・支配人!」

「うるせえ出てけっ!」


 刃物女が噛みついてるってことは。

 やっぱりこの人、部外者っぽい。


 そもそも非常識。

 こんなミラーボールに食いもん渡されたら。

 それだけで食欲無くしちまう。


「ふんっ! 三流の低俗経営者はこれだから困る! 今、この店が人気になってうちの売り上げも倍増してんの!」

「それがどうした!」

「ここでまた何時間も待たされるなんて悪評なんか流されるわけいかないの! うちのショッピングセンターとあんたのお店、今は一蓮托生なんだから!」

「うるせえ! 今すぐ出てけ!」

「……うちの駐車場タダで使って、あんたんとこでバーガー買って帰るだけって人がいっぱいいるんだけど」

「うぐ」


 なんだ。

 こいつ、ショッピングセンターの関係者か。


 急に手伝い始めた理由は察したが。

 レジできんのかよ、このピカピカパープル。


 そんな不安を抱きながら。

 ジンジャーエール淹れて振り向いた俺の目に。


 信じがたい光景が待っていた。


「…………おい、ピカパー」

「誰がピカパーですって!? 僕は、超! 総・支配人!」



 そう。

 確かに、俺自身。

 さっきそう思ったが。


 延々と続く長蛇の列。

 いち早く商品を買いたいと思っているだろうお客は。


 こいつから買ったら食欲無くす。


 そう思ったんだろう。




 誰もが舞浜の方にしか。

 並んでいなかった。




「うはははははははははははは!!!」

「ちょっと! どういう意味だねこれは!」


 やれやれ。

 おかげで、手が空いちまった。


 俺は、外に出て。

 遥か、ショッピングセンターまで続く列を見据えながら。


「すいません、車が通りますのでもう少し壁際へ」



 客を。

 ある意味寄せ続けた。


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