プロレス記念日


~ 七月三十日(木) プロレス記念日 ~

  本日の発明品 ちくちくマフラー


 ※青天霹靂せいてんのへきれき

  もともとは、臥せってた陸游りくゆうが急に起き上がって書いた文字みてえに勢いと躍動感がある筆勢のこと




「に、二千二百円になります……」

「くそっ! 外れたか!」

「じゃあ次は俺な!」

「待て待て、俺が先だって!」

「ひうっ!?」


 五回に一度はタダになる。

 当たりくじ付きハンバーガーショップ。


 ワンコ・バーガー。


 何度叱られても無線機を引っ張り出して。

 レジの下に隠れるこいつは。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 相も変わらず。

 料金を貰わずに客を追い払う時がある極端な人見知りのせいで。


 こっちに並ぶ客が一人もいないんだが。


 でもそのおかげで……。


「来たぞ。隠せ」

「せ、千八百円になります」

「くそっ! このパターンでもタダにならねえのか!」

「ちょっと時間置いてから来るか……」

「……またのチャレンジをお待ちしていまーす」


 この、大声鬼軍曹女が接近することに。

 いち早く気づいてやることができるわけだ。


「ったく……! おい、バカ浜! そこどけ!」

「ひうっ!?」

「今日はちゃんとレジ打ってるんだろうな!」

「は、はい! ……頑張ります!」


 俺も舞浜も苦手なでけえ声。

 それだけでもパワハラになるってことを知らねえ大声鬼軍曹女は。


 レジをわざわざ鍵で開けて。

 ルーチン通り、十四時の金額確認をし始めた。


 ……ああやべえ。

 金額、めちゃくちゃ足りてねえのが今日もバレる。


 こりゃ、逃げといた方が賢明だ。


「じゃあ俺、客寄せ行ってきま……」

「お前がいなくなって誰がレジ打つんだよ!」

「ごもっとも」

「まったくどいつもこいつも……! とくにこいつの滅茶苦茶には口あんぐりだ! あいつ以来のバカが入ってきやがった!」

「……これ並みのやつがいるの?」


 俺が指差す先で肩をすぼめる舞浜は。

 控えめに言っても給料泥棒。


 そんなのがもう一人働いてる?

 にわかに信じがたいな。



 ……それより、舞浜よ。


「ずっと気になってたんだけど。なんでこの暑いのにマフラーしてんだ?」

「プ、プロレス技が怖い……」


 ああ、あれね。

 大声鬼軍曹女が、お前を𠮟りつける時。

 

 首に腕まわしてくるやつ。


「それで防げるの?」

「す、すごいチクチクするから、捨てようと思ってたの、これ」

「うはははははははははははは!!! それ巻いてまで防ぎたいってか!」

「う、うん……」

「そうだ、昨日教えてもらった動画の事なんだけど……」


 こんな与太話でもしてなきゃ。

 平静保っていられねえだろ。


 だって、もうそろそろ。

 集計が終わって。

 莫大な無料配布がバレるんだから。


「……ん? んんっ!? なんだこりゃ!!!」


 さすがにクビだよな。

 俺も一緒に辞めるとして。

 バイト、どうしよ?


「バカ浜ぁ! こりゃ一体どういうことだ! 説明しろっ!!!」


 接客は無理だし。

 何かを作るようなバイトねえのかな。


 でも、それだと舞浜にはいいかもしれねえけど。

 俺は自信ねえ。



 早速、善後策を考え始めた俺の前で。

 舞浜曰くの、プロレス技が決まる。


 痛い思いして巻いてたマフラーの効果もむなしく。

 がっしり、首に腕を回されたんだが。



 ……耳を塞いで、ショックを和らげようとしてた俺の予想に反して。


 誰もが驚く衝撃的な出来事。

 それが突然発生した。


 まさに、青天霹靂せいてんのへきれき


 だって、大声鬼軍曹女が。




 すっげえ笑顔なんだけど?




「何の魔法だこりゃ!? 普通の日の、軽く四倍近く売り上げてるじゃねえか!」

「が、頑張ります……」

「頑張ったからってどうなるもんじゃねえ! なんだ? この美貌が客呼んでんのか!? ちくしょう、羨ましいぜ!」


 そして手を取り合ってのオクラホマミキサー。

 普通に手拍子し始める異常な客に愕然としてた俺は。


「あ………………。あああああああっ! そ、そうか!」


 今、ようやく。

 どえらいことに気付いちまった。



 入店してきた客を放置して。

 踊る大声鬼軍曹笑顔女をレジエリアの奥まで引っ張って。


「な、なんだよ、どうした!?」

「このカラクリ、分かったぜ。今から説明してやるから、ちょっと黙って見とけ」


 そして、俺たちが逃げちまったせいで。

 舞浜はおろおろと、お客と俺たちとをすげえペースで交互に見てたんだが。


「お? ルーレット再開してるのか?」

「ひうっ!?」


 お客の声に、たまらず取り出したのは。

 例のでかい無線機。


 そしていつものように。

 客の姿を見ずに、オーダーを聞き始めた。


「バカ浜め……!」

「ちょっと待て」

「でもよう! あれじゃ、また客にタダで持ち逃げされる!」

「いいから見とけって」


 今にも大声上げそうな鬼軍曹怒り顔女を押さえ付けてるのも一瞬の事。


 客のオーダー聞いてるうちに。

 どんどん俺を引っ張る力が弱まっていく。


「……五人分で二千六百円? いや、それじゃ数が合わねえ……」

「ああ、一人で食うんだろうな」

「ウソだろ!?」

「ここで衝撃の事実。舞浜は、今日も五人に一人はタダにしてる」

「なんっ!!! ……だっ、…………て?」


 さすが。

 計算はええな。


「ああああああ! ま、まさかっ!?」

「やっと分かったか。こいつが異常な売り上げの正体だ」


 タダになる可能性があるから。

 欲かいて、散々注文するってわけだ。


 こんなネタ拡散しねえわけがねえ。

 どうりで客層、ガラッと変わったって思ってたんだが……。


「お、おいおい。二人目、三千円超えてるぞ!?」

「あれじゃ晩飯もハンバーガーになるな」

「……待て待て、えっと……」

「さすがに計算始めたか。俺も、飲食の原価率ぐらい知ってるが……、八でどうだ?」

「いや、八・五。……すげえなお前」

「ダメだ。客の列的に七人しか店内に入れねえ。その全員が大当たりを見る必要がある」

「……この後も、客足は伸びるよな?」

「当然。長蛇の列になるだろうよ」

「よし! じゃあ、レートは七分の一! 調整頼むぞ!」

「よし来た」


 ここでとうとう大当たり。

 五人組の最後のひとりが引き当てて。


 みんなから小突かれながら、意気揚々と出て行った。


「た、助けて……」

「いいや、助けん。ほれ、次のお客が手ぐすね引いて待ち構えてるぞ?」

「ひうっ!?」


 こうして、ちくちくマフラーを巻いた舞浜は。

 泣きながら長蛇の列をさばいていったんだが。



 ……何と言うか。

 ある意味すげえな。


 普通、これだけ接客こなせば慣れるだろうに。


 こいつはぶれることなく。

 閉店まで大当たりを出し続けやがった。



 ~´∀`~´∀`~´∀`~



 結局。

 材料が尽きたせいで店を早じまいすることになり。


 開店史上初の出来事に。

 調子に乗った大声鬼軍曹恵比寿顔女と。


 ハイタッチからのぱんぱん肘をがっがっ最後に親指立てた拳をごん!


「い、今のもプロレス?」

「こんな悠長にタッチできるかい」


 満身創痍でぎりぎりタッチするから盛り上がるんだ。

 観客がこれ見たら、余裕あんじゃねえかって一気に冷めるっての。


「おい! 多少高くなってもいいから今日と同じだけ仕入れとけ!」

「い、急いで連絡してるけど、手伝って欲しいかな……。今日は疲れた……」

「まったくだ、冗談じゃねえ。こっちはいつもの倍ペースで調理したんだぞ?」

「もちろんお前らには大入り袋奮発してやるよ! もってけ泥棒!」


 厨房コンビが悲鳴上げてるけど。

 フロア組は、ドリンク片手に祝杯だ。


「……ね、ねえ。保坂君……」

「お? 金の生る女神。どうした?」

「あ、あの、ね?」


 大入り袋を胸の前に持った。

 上目遣いの舞浜がひそひそ声で。


 妙なことを言い出した。


「わ、私、これ。……貰えない」

「失敗したから貰えねえってのか? そいつが偶然良い方に転がったんだ。貰っとけよ」

「そうじゃなくて……、ね?」


 そうじゃなかったらなんだろう。

 俺にはよく分からなかったが。


 大騒ぎの店内に。

 なぜだか一人、浮かない様子。


 その栗色の瞳は。

 店の前に来て、閉店の看板を見て去っていくお客の姿をずっと追っていた。


「……思うところは察してやれねえけど、こんなお祭りみてえなことになってるんだ。雰囲気壊すのもどうかと思うぞ?」

「そ、そうだよ……、ね?」


 ようやく笑顔を浮かべた主役に。

 ほっとしながら笑顔を返すと。


 がっはがっは高笑いの大声鬼軍曹恵比寿顔女がコーラを煽りながら。

 

「舞浜は大活躍だってのに、てめえはレジも打たねえで何してたんだ?」


 今更なこと言い出しやがった。


「……しょうがねえだろ。誰だって舞浜の方に並ぶっての」

「じゃあ、お前がいる意味ねえじゃねえか」

「そりゃそうだが……」

「ってことで、明日は一日客寄せな?」



 ……しまった。

 まさか、そんな伏兵が待っていたとは。


 俺は、舞浜に八つ当たりの視線を向けたんだが。


 そのとき。ようやく気が付いた。



 舞浜の、柔らかい微笑。

 それは懐かしの。



 仮面の微笑だった。



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