なにわの日
~ 七月二十八日(火) なにわの日 ~
本日の発明品 どこでも蛇口
※
ひ弱でへっぽこな心と体。
駅前の個人経営ハンバーガーショップ。
ワンコ・バーガー。
その二台のレジ。
隣に立っているのは。
「…………納得いかねえ」
「なんだよ文句あんのかよ」
まるで昭和のヤンキーみてえな見た目の。
殺人未遂女。
一体、何の因果か。
俺は通勤時間十秒という。
外階段から下りてくる店長さんよりも短時間でたどり着くこの店で働いているわけなんだが。
「いやあ、三年生のベテランコンビが抜けて、正直困ってたんだよ。びしびし働いてもらうから、そのつもりでな!」
「びしびしは、しごくって言葉に付く言葉じゃねえのか?」
「ははっ! じゃあ合ってるじゃねえか!」
全然合ってねえっての。
これだから嫌なんだよこいつと働くなんて。
「あと、お前には前から言ってる通り、外に立って客寄せしてもらうからな!」
「冗談じゃねえ」
大人な店長さんに言って。
二度とそういうパワハラ言わねえように叱っといてもらおう。
……さて。
こいつはともかく。
もう一人の面倒な方。
どうやら昨日。
うちのお袋に当てられて。
やる気満々のこの女。
面倒なことに、こいつが。
レジの説明を張り切って聞いてやがるせいで。
「こらバカ兄貴! お前も真面目に聞け!」
「聞いてるっての。あと、バカって呼ぶな」
「バカ兄貴の方と違って、お前さんは素直でいいなあ」
「が、頑張ります!」
都度、比較されて。
俺ばっか怒られるんだが。
お前、朝から頑張りますしか口にしてねえけど。
ほんとに覚えたの?
「舞浜、大丈夫か? お前、興味ねえこと無理やり覚えるの苦手だからな」
「頑張ります!」
きっと、まるで覚えてないに決まってる。
そう思いながら、殺人未遂女を客に見立てたテストをしてみれば。
「完璧じゃねえか! やるなあ、姉の方!」
「が、頑張ります!」
「……このやろう」
そんだけ集中力発揮できるんなら。
テスト勉強も真面目にやりやがれ。
俺は、舞浜の横顔を眺めつつ。
盛大にため息をついた。
……店のオープン前。
新人研修をしてもらって。
一通り仕事は覚えたが。
正直、実際に接客してみねえ事にはどうなるか分からねえ。
夜ならともかく、日中はいつも混んでるこの店で。
いきなり新人二人がレジに並ぶのはまずいんじゃねえか?
「なあ、お前もレジに入るんだよな?」
「ピンチの時はな。でも、基本、お前ら二人でやってくれ」
そんな無茶な。
とは思うが。
こいつは禁句だから口にしねえ。
「他にバイトとか店員とかいねえの?」
「二年コンビの内、一人は厨房だ」
ああ。
あの気難しそうな女か。
「ひな子は料理人志望でな? 契約上、あんまりフロアには出てこねえ」
「そっか。もう一人ってのは、男だったよな」
「あいつはフロアだけど、レジはやらねえ。掃除だけ」
「なんだ? そいつは掃除屋志望なのか?」
「いや? バカ太郎は遊び人志望」
なんのこっちゃ。
「レジから出てくる引き出しをな? 閉めて開ける度に金が増えていくのを見てると、自分がダメになっていく気持ちになるんだってよ」
「……え?」
「だからしょうがねえだろ?」
「まてまて意味分かんねえっての!」
大丈夫かこの店!?
今までよくやって来れたなそんなの雇ってて!
「じゃあほら、もうすぐ開店時間だから。お前ら二人でお互いにフォローしながらちゃんと接客しろ」
「……分かった」
「が、頑張ります!」
不安しか感じねえ俺の隣で。
握りこぶしにふんすと鼻息かけてる舞浜。
なんだか、こいつがなにかやらかす度。
俺が全部フォローしなけりゃいけねえような気がして来た。
だが、物は考えよう。
こいつが、仕事を楽しいって思ってくれりゃあ。
勝手に何でも吸収していくだろう。
ようは、こいつが嫌とか怖いとか思わなければいいってわけだ。
「おう! 寄らしてもらうでぇ!」
……って思ってたら。
いきなり嫌で怖そうなのが入って来たんだが。
「い、いらっしゃいませ」
「元気ねえなぁ兄ちゃん! ほれ隣のべっぴんさんも気張りぃ?」
「がががっ、頑張りましゅ!」
ああ、こりゃいかん。
ハードルたけえっての。
既にこいつ、がくがく内股になって。
笑っちまうほどへっぴり腰。
恐怖の余り掴まってる。
そのレジカウンターが無くなったら。
まんま後ろに転んでドリンクサーバーに頭ぶつけそう。
「なんや茶ぁしばこ思て来たんや! ねえちゃん! 飲みもんのメニュー出してくれへんか?」
「が、頑張りましゅ!」
「ほな、冷コーMサイズで頼むわ!」
「頑張りましゅ!」
「……はぁ?」
こりゃあかん。
もとい。
これはダメだわ。
切れ長に溜まった涙が決壊寸前。
カウンター握る手が真っ白け。
いきなり、ここまで濃い人にぶつかったとかついてねえな、舞浜。
「頑張りましゅ!」
「気張らんでええがな。はよ出してくれへんか?」
「が……、頑張りましゅ!」
「せやから、はよ……」
「頑張りまふぐっ!?」
とうとうレジカウンターから手を滑らせた舞浜は。
俺の目測通り。
ドリンクサーバーに頭突っ込んで。
「おぼ、おぼれっ!? げふっ! でもおいしっ! げふっ!」
お客さんを唖然とさせて。
殺人未遂女に慌てて救助されて。
そして。
「うはははははははははははは!!!」
俺を爆笑させた。
……なんや悪いことしたか? なんて。
恐縮そうにしてくれたお客さん。
やたらいい人なのに。
しゃべり方と声の大きさの問題で。
俺たちには怖く見えただけだったようだ。
「すいません驚かせてしまって。どうぞまたいらしてください」
「な、なんや、バーガーまでサービスしてもろてよかったんか?」
「ご迷惑をおかけしたので当然ですよ。どうもありがとうございました」
厨房で、やり取りを耳にしていた大人な店長さんが。
ハンバーガーとアイスコーヒーをお客様へお渡しして。
ひとまず事なきを得たわけなんだが……。
「その……、保坂君?」
「なんです?」
「舞浜君は、その……」
「ああ、はい。極度の人見知りです」
まあ俺だって。
人見知りっぷりじゃあ負けてねえけどな。
「そ、その……」
「はあ」
「だいじょうぶ?」
「どうでしょう?」
……店長さんの心配。
よく分かる。
今更思うんだが。
俺たちが接客業って。
だめなんじゃね?
「そ、それじゃあ、舞浜君たちが着替えとシャワーを済ませている間にここの掃除でもしておこうかな……」
大人な店長さんが、自ら床をぞうきんで拭き始めた。
おいおい、店長自らやる仕事じゃねえよ。
「俺が拭きます」
「いや、良いんだよ」
やっぱ大人の男性は違うなあ。
俺を立たせようとする殺人未遂女とはえらい違い。
「でも、掃除が終わるまでしばらくお店を開けられないから……」
「ええ」
「お店の外に立って、ご来店された方に、まだ営業開始してないってお断りしていてくれないかな?」
……俺は。
宿命という二文字に脳を占拠されたまま。
手にしたぞうきんを床に落として。
呆然とその場に立ち尽くすことになった。
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