秋乃は立哉を笑わせたい 第4.7笑

如月 仁成

政治を考える日


 秋乃は立哉を笑わせたい 第4.7笑

 =友達の長所と短所を知ろう=



 誰にだって良いところがあって。

 誰にだって悪いところがある。


 清濁あってこそ。

 人は人足り得る。


 でも、良し悪しなど誰が決めるのか。

 清濁はどこが区切りなのか。


 誰かにとっての善行は、誰かにとっての悪になりうる。


 清すぎる水に魚は住めない。



 ……果たして彼女の本質は。


 良い人なのか。


 悪い人なのか。




~ 七月二十七日(月) 政治を考える日 ~


 ※運否天賦うんぷてんぷ

  人の運命は天が定めたもの。抗うこと能わず。



 

 夏休み。


 楽器、ゲーム、テレビ、パズル。

 映画、買い物、カラオケ、プール。


 なんでもできる時間。

 でも。

 気が付きゃなんにもできない時間。


 それが日本の夏休み。


「一ヶ月だしな……。勉強の遅れ取り戻すのに精いっぱいだっての」

「そ、そう……、だよね?」

「心にもねえこと言ってんじゃねえ」


 旅先で約束していた通り。

 今日は、学校のある駅そばの。

 ピザ屋へ面接に向かう日。


 十分時間に余裕をもって。

 清潔で地味目な服装で。


 そう言ったのに。


 それなりのんびりと。

 そして、やたらと可愛らしい服装出来たこいつ。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 七分丈のジーンズベストにピンクのフリルブラウス。

 ティアードの入ったスカートにパンプスって。


「……どういうつもり?」

「だ、だって……。保坂君とお出掛けだから……」

「も・く・て・き・ち! は!? 時間的にもリーチかかってんじゃねえか!」

「ご、ごめんね? ちょっとおしゃれして、時間かかったの」

「だからそれで二飜りゃんはんだって言ってんだ!」


 玄関先、慌てて靴履いて。

 出かけて来るからと親父に声かけて。


 扉を開くなり。


 目の前には扉を開けた車が一台。


「おっそい! 社会人たるもの、時刻の約束は契約と一緒! あたしは遅刻するやつと契約は結ばん!」

「お袋!? お前、なにやって……」

「ハリーハリー! 秋乃ちゃんも急ぐ!」


 弾かれるように車に乗ると。

 すげえ勢いでアクセル踏まれて。


 舞浜と二人、シートに頭ぶつけた後。

 慌ててシートベルトしめたんだが……。


「ちょ、ちょっと待て! 行き先なんか知らねえだろ!?」

「今どき、個人情報なんて無いに等しい! 今日バイトの面接、ピザ屋、あんたの生活圏。簡単に絞れたわよ」

「ウソだろ?」

「それより、秋乃ちゃんと二人で申し込むなんて……。あんた達、ほんとに付き合ってないの?」

「余計なこと言ってねえで前! 前見て前!」


 黄色信号になったばかりの交差点無理やり抜けて。

 国道に出てからさらに加速。


 昨日とは打って変わって。

 なんて運転しやがる。


「だ、代休なんだろ!? 家でゆっくりしてりゃいいものを……」

「なに言ってんの! あんたが面接なんて生ぬるい事言ってるから、社会ってもんを教えてやんなきゃって出張って来たんだから感謝なさい!」

「面接のどこがおかしい!?」

「そんな、誰が決めたか分からんルールに則っていてどうする!」

「逆に、則らなくてどうする!」

「プロモートよ!」


 はあ!?

 なんだそりゃ!


 疾風と化してのどかな国道を駆け抜ける三列シート。


 俺は右へ左へシェイクされながら。

 バイトの面接へ。


 もとい。


 プロモートとやらへ向かうことになった。



 ~´∀`~´∀`~´∀`~



 ピザ屋の階段を上る俺たちは。

 お袋の運転に目を回して。


 すっかり伸びてふらふらになっていた。


「……舞浜、大丈夫か?」

「ピザ生地の気持ち、再確認」

「は?」

「こうして、くるくる回されるから伸びるのね……」

「うまいこと言ってんじゃねえ」


 そんな俺たちの尻をはたいて。

 見栄えだけでもシャキッとしろなんて言いながら。


 颯爽と店内に入って行ったお袋が。

 一目で責任者を見分けるなり。


「私、こういうものです。こちらの店舗に最適な人材を連れてまいりました。人事担当へお取次ぎ願いますでしょうか」


 有無を言わさぬ勢いで名刺渡して。

 否応無しに事務室へ案内させて。

 問答無用で俺たちのプロモートとやらを始めちまった。


「わ、私が人事担当と申しますか、オーナー店長ですが……」

「本日アポを取っていた二名! 御社を大きく飛躍させる人材をお連れいたしました!」

「あ、ええと……」

「いい人材ですから! 高一ということは以降の教育必要無し! 長期的に見れば指導員の人件費削減、粗利をたたき出しますよ!」

「ちょっ……」

「使えないと分かった場合には給料を全額お返しします!」

「お、お待ちください! その、希望を確認したところ、短期とのことで……」

「え?」

「当店では、少なくとも一年、平日八時間の勤務が可能な方を優先的に採用しておりましてですね……」

「では、条件で採用可能な系列店をご紹介いただけると、そう言うことですね?」

「え!? ……あ、はい。今、上と連絡を……」


 なんという押し売り!

 可愛そうに、こんなゲリラ豪雨に巻き込まれた店長さん。


 半べそかきながら電話し始めたんだが。


「や、やりすぎじゃね?」

「タイムイズマネー! 短時間で的確に作った枠に適切な駒を並べて、後は現場に任せる。それが出来なくちゃ大きな仕事はこなせないわよ?」

「そういうこっちゃなくて」

「これで条件に見合う店舗が無ければここで採用してくれる。他を紹介されればそれもまたグッド。あんたたちは履歴書出して待ってなさい」


 やれやれ、言いてえことは分かるけど。

 俺は、会社の副社長から別荘借りれるほどの力ってもんに圧倒されながら。


 ため息と共に履歴書出して。

 丁寧に広げたすぐ隣。


 舞浜が机に置いたのは。




 ハートのシールの。

 ピンクの便せん。




「うはは……、ごほっ! ごっほごほ!!!」


 ば、ばかやろう!

 こんなとこでもぶれねえなお前!


 俺は慌ててラブレターを取り上げて。

 わたわたする舞浜を無視して中から履歴書取り出して。


 綺麗に机に置いたところで……。



「じ、条件に見合う店舗がございましたので、そちらをご紹介させていただきますが、アポイントは何日にいたしましょう……」

「今すぐよ! これから車で向かうから、先方へはそのようにお伝えください!」

「ひいっ!」


 こうして、お袋に振り回されながら。

 俺と舞浜は。


 プロモートという名の。

 被雇用者ハラスメントに付き合わされることになった。



 ~´∀`~´∀`~´∀`~



 夕刻を迎えた自宅前。

 昼飯も食わずに三店舗を渡り歩いた俺と舞浜は。


 倒れるような心地で。

 車から転げ落ちた。


「つ、疲れ……、ました……」

「ったく、雛罌粟ひなげしグループはこれだから……」

「まあまあ。結果、明日から働けるんだから構わねえっての」

「よし! そんじゃ、東京帰るから!」

「ウソだろおいっ!?」


 まるで大嵐。

 親父と凜々花に声もかけず。

 あっという間に走り去るお袋の車を。


 呆然としながら見つめる俺たち二人。



 ……結局、二店舗目のピザ屋は距離が遠すぎて却下。

 そしてグループ傘下の別チェーン、三店舗目は給与条件で却下。


 どっちもお袋が勝手に切り捨てて。

 俺は舞浜と一緒に自分の履歴書を見つめて俯いてる事しかできなかったんだが。


「す、すごかった……、ね?」

「凄いって言うか、めちゃくちゃだ」

「でも……、お仕事って、あれくらいの気概を持たないと……」


 夕焼けに染められながら。

 握りこぶしで鼻息を吐く舞浜と。

 俺の仕事場は。


 三店舗目のマネージャーさんが。

 グループ関係者が六月で辞めたので穴が開いたというお店を偶然知っていて。


 そこがどうやら、我が家の最寄り駅近辺にあるとのことで。


 今日中にお店の方から連絡を貰えることになっていて。

 問題ないようなら明日から働くことができる。

 そこまですべて御ぜん立てしてくれた。


 それもこれも。

 敏腕社会人であるお袋の。



 圧のおかげ。



「……おっと。これ、そうかな?」


 知らないアドレスから届いたメール。

 俺は、ふと、お袋の雄姿を思い浮かべながら開いてみる。


 ……舞浜じゃないけど。

 お袋ほどはできねえだろうけど。


 俺も、給料をもらって働く以上。

 真剣に取り組もう。


 そんな思いで見つめたメールの。

 冒頭。


 店の名前を見て。


「お、お店、どこだった?」


 運否天賦うんぷてんぷの四文字を胸に抱きながら。



 俺は。



 目の前にある店を。

 いつまでも呆然と見上げていた。

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