4、井上鞠と井上羽衣

第56話 井上羽衣(いのうえはごろも)

キャシーさんが居たせいかあっという間に不良を降参させて片してから。

目の前の囚われの姫の様な錆びた柱に縛られていた律子を見る。

これは完全に気絶している。


だが俺達が見始めてから1分ぐらいでゆっくりと目を覚ました。

それからゆっくりと見上げてくる。

智明が眉を顰めてゆっくり呟く。


「.....律子」


「.....」


すると突然、キッと目を尖らせた律子。

そしていきなりガラスの破片を持ってから智明に目掛けて投げ飛ばそうとした。

俺達は直ぐに止めようとしたが。


それは間一髪で遅く、智明に向かって投げられて眉毛を切った。

この野郎。

目に当たったらどうする気だよ!?


だが智明は特に気にする素振りも見せずに無く律子の手首を握りしめる。

俺は驚きながら智明を見る。

律子も怯まないのに驚愕していた。

そして智明は真っ直ぐに律子を見つめる。


「この.....いってぇなお前。いい加減にしろよ。何時までこんな真似をする気だ。俺達はもう子供じゃ無いんだぞ。.....何をしてんだよ!」


「.....何?いい加減にしろ?それはこっちの台詞よ!何でこんな目に私が遭わなくちゃいけないのよ!本当に何で私が!ただ私は自らの意思を.....遂行しているだけなのに!全部アンタと周りのせいなのよ!歪んでいくのよ!アンタが居るから!私はッ!!!!!」


コイツ.....。

涙を流しながら俺達に訴え掛ける律子。

俺は様子をジッと見据える。

智明は眉を拭う。


キャシーさんは腕を組んで眉を顰めながら見つめる。

その中で智明が膝を曲げて律子を見つめた。

盛大に溜息を吐きながら、だ。


「お前の正義は全て偽善とは言わない。だけど、とは、だ。簡単に言えば間違っている行動をお前はしている。一度、頭を冷やしてもらう。もう終わりだ。お前の間違った正義は」


「.....」


俺達はそれでもまるで狂犬の様に牙を向く律子を見守る。

そして警察が、救急車がやって来てからこの事件は解決し。

この後に律子は脅迫罪などの容疑で捕まった。

事件は全て収束の兆しを見せる。

取り敢えずは.....落ち着きだしたのだ。



律子が警察に捕まってから落ち着いた感じを見せた。

時が少しだけ過ぎての5月の半ばの休み。

俺と智明は例の噴水の有る公園に集まっていた。


智明を見る。

そんな智明は苦笑しながら俺を見ていた。

全くね.....と言いながら、だ。

それから溜息を吐く。


「.....アイツは.....間違っていたと思う。それは今でも思う。だけど全部を間違っている訳じゃ無いと思うんだよな。でもな。聞いた噂ではなんか穂高ちゃんの家に妹がいじめをする原因を~どうのこうのでマジに踏み込みに行くつもりだった様だな。そういうのも事実だ。片っ端から反省してもらわないといけない。捕まった今」


「だよな。.....しかし今回はお前は本当に.....頑張ったよな」


「まあそれはそうだな。でも大丈夫だよ。これが俺の人生だと思っているしな。.....そういや兄弟。.....お前、甘ちゃんと蜜ちゃんの件は大丈夫なのか?いじめの件」


「ああ。大丈夫だ。取り敢えずはな。律子が捕まってから落ち着いてきた」


あれから甘ちゃんと蜜ちゃんの件に関して智明は全てを察してから俺にたまに話題として話し掛けてくる。

流石は友人だな、と思う。

何故ならその話題を全部、隠し切れなかった。


一応、穂高はまだ知らない。

そこだけは隠せている様だが。

まあもうバレているかも知れないけど。


「そろそろ話しても良いかもな。いじめも比較的、落ち着いてきているし。花がしぼむような感じで、だ。まあでも穂高はもう知っているかも知れないな」


「.....律子の家族は引っ越したしな。それでか」


「そうだな.....うん」


あれから律子の家族はこの街から引っ越して行った。

それは何故かと言うと状況を知った周りからの批判が多かったのだ。

いじめをしていた側がいじめを受ける側になったのもある。


その事もあって、だ。

俺達はその事には何も言ってない。

もうこれ以上は手を出さない事にしている。


「まあ色々有ったな。本当に。ハハハ」


「.....お前が無事で何よりだよ。割と本気で」


「そうだな。お前のお陰でな。兄弟」


色々有ったな本当に。

でも本気で無事で良かったと思っている。

智明を失わずに。


そしてこの関係がぶっ壊れなくて、だ。

取り敢えずは均等を保っている。

これからも智明が横に居てほしいもんだ。


「でもさ、お前.....今回はお前、色々と深すぎるぞ。何でこんな危険な目に遭ってまで律子を救おうとしたんだよ?」


「.....そうだな。正義深すぎるかもしれない。なんつうかそうだな.....正義を遂行した気分で動いた訳じゃ無いんだ。今回の件は」


「.....は?意味が分からないぞ。どういう事だ」


「確かに他者から見ると正義かもな。だから今回は反省すべき点が多い。幾ら何でも正義を遂行し過ぎだと思うから。優し過ぎると思うから。.....今回、動いたのは実は俺の恩師達の言葉があるんだ。そういう後悔はするなとずっと言われたしな。昔。ただそれだけなんだ」


智明は俺をジッと見てくる。

別に今回は律子を救いたかったんじゃないんだ。

まあ何だろうな、ややこしいけど絶対にそうだ、律子は関係ない。

本当にそれはどうでも良いんだ。


だけど俺は多分、心の中にある恩師達の言葉を尊重したかったんだろう。

それから親父に殴られてから同じ目に遭っている奴を救いたい。

それが重なったから.....今回はこんな感じで救ってしまったんだ。

と、智明に苦笑気味に言葉を発した。


小学校時代は荒れていたが中学になり。

米須先生。

ちょっと暴力的だったけど。

その先生もそうだが周りの先生達のお陰で仮にも安定していたのだ。

中学時代が、だ。

だから穂高に出会えたのだ。


そういう人達の言葉のせいだろう。

やらなくて後悔すんならやってから後悔しろ、いう。

無茶苦茶な言葉を残した先生達だった。


因みに米須先生とはあまり話した事が無い。

でも言葉の端々にインパクトが有ったから覚えている。

巌で寡黙な先生で。

そのせいでついこの間、思い出した言葉になってしまった。


だから多分、混乱のさなかで救ったんだろう。

馬鹿な真似をしたよ、本当に。

俺は苦笑しながら智明を見つめる。

智明は目をパチクリしながら俺を見ていた。


「.....なんかお前にも色々有るんだな。俺、馬鹿だから分からん。.....でもまあいいや。納得は半分したしな。それはそうとお前は穂高ちゃんとは上手くいっているのか」


「そういうお前は鞠さんとは上手くいっているのか?」


「おう。何を返している。質問に答えろ。兄弟」


「お前だろ。いい加減にしろよ」


俺達は睨み合う。

それからクスクスと笑い合った。

全くな、コイツという奴は。

思っていると、さて、と智明が立ち上がった。


「俺はこの後、取り合えず飯食うけど兄弟は?」


「俺もお前と同じだ。何か食うか」


「そうか。んじゃ食うか。ひだまりで、でも」


そして俺達は動き出す。

そのまま公園を後にした。

それから.....ひだまり、に向かう。

そしてそのまま店に入った。


「あらぁ?いらっしゃい。大博、智明」


「ご無沙汰してます。キャシーさん」


「キャシーさん。ハロハロー」


相変わらずのオネエの感じのキャシーさん。

客が集まっているなしかし。

3連休だからだろうか。

思いながら俺達は店の窓側に座る。


「来てくれたからには何か食べるのかしら?だとしたら何を食べるのかしら?」


「俺はオムライス」


「んじゃ俺はナポリタンで」


はいはい、とキャシーさんはウインクして去って行く。

俺達は苦笑いを浮かべながらそれを見送ってから外を見る。

そうしていると智明が笑みを浮かべながら俺を見てきた。

俺は?を浮かべつつ.....智明を見る。


「そう言えばお前に話して無かったな。.....俺が鞠に告白を失敗した理由」


「そういえば聞いてないぞ」


「.....だな。.....えっとなあの日な、俺は鞠に呼び出されたんだよ。それで向かおうとした。そしたらまだ信頼が出来ると思っていた律子が手紙を破棄してな。代わりの手紙を渡してきたんだ。律子が悪戯で忠実に真似した手紙でな。俺は見破れなかったよ。そしてそのまま律子の指示通りに向かった場所で.....俺は鞠に彼氏が居ると律子に言われたから雨の日、あの日。そのままスルーの様に感じになってしまったんだ。実際は彼氏は居なかった。俺が律子を信じた結果、鞠の告白は曖昧になった」


「無茶苦茶だな。それで告白が失敗したのか」


「おう。そうだ」


馬鹿だったよ俺は。

律子の真似している手紙.....すらも見破れなくてな。

悪戯にしては最低だった。

と智明は少しだけ苛ついた様に手を握る。

俺はそれを見つめる。


「律子には本気で猛省してもらわないと困る。こんな真似を、お前を傷付けた。もう許さない所まできた。いくら.....アイツが虐待されていたとはいえ、だ」


「それは確かにな。お前の件、俺達の件が有るしな。もう許されないだろう」


「.....あんなに歪んでいる奴も居るのにお前の様に復帰して来る奴も居る。不思議なもんだな」


「俺は.....気付いたからな。全てに」


そうか、と智明は苦笑する。

それから智明は窓から外をまた見る。

そうしていると何処かに向かっている様な鞠さんが通り掛かって来た。

俺達は驚きながら。

そして鞠さんも驚きながらこっちを見てくる。


「鞠さんじゃ無いか。良かったな。智明」


「何が良かったんだよ。恥ずかしい」


「ハッハッハ」


それから鞠さんを迎え入れる。

鞠さんは、どうなさったんですか?、お二人様と話し掛けてくる。

俺は、いや。何でもない、と返事をする。

智明も、だ。


「暇つぶしだよ。鞠」


「そうなの?アハハ。変な智明。智明らしくない」


「オイオイ。ひっでぇな」


何時までこの幸せが続くか分からない。

だけど儚くても。

無茶苦茶でも。


俺達は歩んでいる。

だから.....前を向こう。

そう、思えた。


「どうした?兄弟」


「何でもない。有難うな。智明」


「?.....おう?」


智明は?を浮かべながら目をパチクリする。

俺はその姿を見ながら苦笑する。

それから.....俺達は鞠さんと三人で会話をする。

楽しげな会話になった。



律子は捕まり。

取り合えず安泰が訪れた。

多分アイツは本気で救ってほしかったんだろうけど。

やり過ぎってものが有る。

反省してもらいたいものだ。


5月と言えば健診が有る。

そして6月なったら.....あれだ。

制服切り替えももう直ぐとなる。

穂高とデートしたいな。


「.....ん?」


そう思いながら家の前に戻る。

そこに.....誰か立って居た。

またかよと思いながら見ると。

滝水だった。

5月らしい服装で鞄を前にして立って居る。


「.....よお。どうした。滝水」


「こんにちは。今日、あの子の暴走を止めてくれて有難う御座いましたと言いに来たんです」


「.....お前は律子に何もされてないか」


「私は大丈夫です。何もされていません。ですが.....」


貴方が色々されてしまいましたね。

と悲しげに呟く滝水。

俺は、だな、と言葉を返した。

そして滝水を見る。


「.....滝水。これからが勝負だと思う」


「.....はい。あの子と縁を切るつもりは無いです。取り合えず、見守っていきます」


「.....そうか」


「はい」


優しすぎる気もするが。

だが滝水がそう言うなら止めない。

思っていると滝水は、では、失礼します。

と俺に笑みを浮かべて去って行った。

相変わらずの感じだ。


「.....気を付けて帰れよ」


「?.....はい」


俺に控えめに手を振ってから。

エレベーターに乗ってそのまま去って行く。

その様子を見守ってから。


俺は伸びをしてから、さて、と思いつつ玄関を開ける。

と同時に隣の玄関が空いた。

女性が出て来る。


「.....?」


「あ。お隣さんですか?」


「.....誰ですか?」


「私、井上羽衣(いのうえはごろも)って言います。宜しくです」


丸眼鏡に笑みを浮かべて.....その。

胸がかなりデカく、身長もそこそこに有り。

顔立ちが美人のお姉さんの様な。


女性は.....誰かに似ている。

俺の知り合いに、だ。

まさかと思うがこれは?

と思ったが口には出さずに見つめていると。


「.....妹がお世話になってます」


「.....まさかと思いますけど鞠さんの?」


「智明くんも知っています。鞠は妹です。鞠がお世話になっています。今度、仕事の都合によりお隣に引っ越して来ました」


「そうなんですね。宜しくです」


はい、と羽衣さんは俺に笑みを浮かべる。

まさかの展開だが.....。

こんな偶然って有りか?と思う。

偶然にも程が有る。


「でもまあちょっとだけ鞠とは仲が悪いですけどね。アハハ.....」


「.....そ、そうですか」


アハハ、と苦笑する俺と羽衣さん。

仲が悪いのか。

何だか新たに物語が始まりそうな気がした。

いや、ラブコメとかじゃなくて、だ。

今の俺の周りはラブコメに近いけど、だ。

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