第23話 大博、キレる

モヤモヤしている。

その原因は分かっているのだが.....。

御幸に、これ落としたか、と渡した手帳の偶然見た中身の話だ。

そこに書かれている文章が気になっているからで有る。

こう単純にこう書かれていた。


(助けて)


その様に書き殴られていたのだ。

手帳を渡した時、少しだけ訝しげな目で中身を見た?、と俺を見て言われたが。

敢えて嘘を吐いてしまった。

中身は見てない、と。


本格的に馬鹿だな俺という奴は。

罪深い人間だと思う。

その時に洗いざらい聞けばよかったのだ。

思いながら教室で複雑な心境で体操服に着替えていると、大博!、と横から大声がして見開いた。

肩を叩く智明。


「どうしたんだよ。お前。ボーッとして。呼び掛けにも答えないとか」


「.....え?俺、ボーッとしてたか?」


「してるぜ。お前。だってお前がボーッとしている間にもうみんな行っちまったぞ」


「え?.....あ.....すまん.....」


着替えが予想以上に手間取ってしまった。

そんな事になっているとは。

俺は慌てて、行くか、と促して智明と一緒に駆け出した。


今日はボーッとなんぞしてられない。

何故かと言えば球技大会当日と俺は仕事が有るから、だ。

今は忘れよう、御幸の事は。

何時迄も忘れたらいけないけど。



「さて君達。本番を迎えたぞ!頑張ろう!」


「「「「「イエッサー!!!!!」」」」」


お前らはどこぞの軍隊か何かか?

その様に心で突っ込みつつ横を見る。

何時もの笑顔の御幸が居た。

横の人と笑み合って話している。


この御幸が.....何故あんな文章を書いたのだろうか、と考えていると。

今日の予定などを告げて解散してからの工藤先輩がやって来た。

俺をちょりーす的な感じで見てきてから見上げる。

身長が5センチ違う為に、だ。


「どうしたのかな。元気無いね。波瀬君」


「あの、先輩。何でそんなに俺に構うんですか?」


ちょっと目のやり場に困る胸をしている。

それに美人だしな。

美人の迫る顔に少しだけどぎまぎしながら工藤先輩を見つめる。

そんな工藤先輩は少しだけ、うーん、と考えてからニコッとする。

そして答えを言った。


「それは勿論、波瀬君が好きだからだよ」


「.....!?」


空気が凍った気がした。

今なんて言ったのだ。

俺が好きって工藤先輩がか。


冗談だろ。

御幸と穂高が凍っているんだが!?

俺は少しだけ慌てる。


「冗談に決まっているでしょ。あはは」


「ですよね。でも先輩。心臓に悪いっす」


あはは、ごめんごめん。

と謝る工藤先輩。

だがその次の言葉に俺は見開く。

驚きの言葉だった。


「.....でもね簡単に言えば君は放って置けない存在だから。だからお姉さんが見守っているんだよ」


「.....?」


放って置けない?

見守っている???

ちょっと意味が分からないが.....と思いながら工藤先輩を見つめる。


だが理由は話さずに工藤先輩は小悪魔のような笑みを浮かべて、じゃあ私行くね、と手を振ってニコニコしながら去って行った。

台風の様な女性だな.....。

思いながら苦笑いを浮かべていると背後から.....死神の様な声がした。


「大博さん.....」


「はーくん.....」


「ちょい。な、なんだお前ら」


「「何でも無い。ふーん」」


そこだけ声を合わせるなよ。

思いつつ俺は盛大に溜息を吐いた。

というか最近、俺って溜息を吐きまくって無いか?


考えていると穂高が、それじゃあ私一年の場所に行きますね、と言葉を発した。

そして行ってしまう。

俺にツーンとしながら、だ。

これは面倒臭い。


「.....それじゃあ移動しようか」


「お、おう」


「.....女馬鹿さん」


「それは止めてくれ。冗談でも笑えない」


あはは、仕返しだよ。

と俺を見てくる、御幸。

その顔は.....何時もの御幸の感じだった。


あの手帳の内容は俺の見間違えなのだろうか。

いや.....というかそうであってほしいのだが。

すると御幸が言い出した。


「でもその前に私、用事有るから席を外すね」


「.....え?でもお前、集合まで時間が無いぞ。後5分しか」


「あはは。直ぐ行くから」


そして、また後でね、と駆け出して行く御幸。

俺は.....その背中を見送る。

だが、何か見送ったのは良いが心がザワザワして嫌な予感がした。

俺は目の前の集合している生徒を見ていたが.....。

集合せずに踵を返してそのまま御幸を追い始めた。



辿り着いた場所は体育館だった。

その裏側の丁度、人が少ない場所。

つまり.....穂高が告白を受けた場所だ。

そんな場所に.....俺は追ってやって来た。

何でこんな場所に行くのだ?アイツ。


そして陰に隠れて俺は先の方を見る。

御幸が誰かと会話している。

俺は耳を澄ませて聞いてみる。

すると。


「御幸。久々だな」


「.....お兄。追って来ないでって言ったよね。何で来るの」


「うるせえな。それで来た目的だけどさ。遊ぶ金がねぇんだよ。貸してくれ」


その人物を一瞥して俺の目を疑いたかった。

信じられない。

何故かと言えば居る筈の無い人間が居たから。


その人物とは.....御幸の兄。

つまり俺が前、紹介したあの家庭内暴力を起こした不登校の人間だった。

栗谷幸.....!!!!!

俺はジッと見据え続ける。


「もう嫌って言ってるでしょ。お金無い。貸さない」


「はあ?兄に反抗すんのか?お前は!!!!!」


栗谷の兄はデブになり完璧に不良の様な姿になっている。

久々に見たと思ったら.....最悪だ。

学校にまで付けて来やがったのか?


相変わらず精神が不安定なのかキレた様な怒号が響き渡る。

教師達に気が付かれてないのが不幸中の幸いか。

俺は静かに様子を伺い続けた。


「お兄。静かにして。教師達に追い出されるよ」


「煩いなお前。そんな事は知ってんだよ。金を寄こせって言ってんだよ!!!!!」


そして思いっきり御幸を平手打ちした栗谷の兄。

痛っ.....と言って地面に倒れる御幸。

そのせいで俺の中で.....静かに何かの糸が切れた。

ブチッと音がして、だ。

そしてその場から一歩一歩を踏み出す。


「止めて!お兄!暴力だけは.....もう嫌!」


「煩い!お前がお金を貸さないからだろうが!.....ん?」


地面に倒れた御幸を蹴り飛ばす栗谷の兄。

俺は一歩一歩を歩む。

御幸と栗谷の兄が俺を見てきた。

その中で御幸が青ざめる。


な、何で.....という感じで、だ。

だけどそんな事はどうでも良い。

今この場で暴力を振るう栗谷の兄をマジに許せないと思って。

目の上が腫れて歪んでいる顔の御幸を一瞥して。

俺は昔の様に死神の顔になっているだろうけどと思いながら栗谷の兄を見た。


流石の栗谷の兄も俺の顔を見てから殺意か何かを察したのかポケットから折り畳みナイフをガバッと取り出す。

と言うかそんなもんで俺を脅そうってか?


無駄な事をするな。

俺は金属バットで実際に殴られたんだぞ。

今更そんなもの怖くも無い。

実際に刺した事あるのか?


「お、お前.....何だよ。誰だよ」


「俺の名前なんぞどうでも良い。俺の大切な奴に何やってんだお前は」


「は、はあ?って言うか、な、ナイフだぞ!怖くねぇのかよ!」


「.....」


俺は栗谷の兄を睨み付ける。

ヒッと怯む栗谷の兄。

所詮は金食い虫だろ.....って言うかナイフがどうって?


確かに殺傷能力は有るよな。

でも俺には通用しねぇからな。

申し訳無いんだけど.....それ以上の地獄を見たから。

あまり戦うタイプじゃ無いんだけどさ俺。

だけど切れたら加減が出来ないから。


「調子に乗りすぎだと思う。御幸の高校まで来て何やってるのか」


「か、金を要求しただけだ!お、お前なんぞに関係無いだろ!!!!!」


「十分に関係有るんだが。俺にとって御幸は大切な人なんでね」


そして俺は威圧しながら一歩一歩踏み出す。

ここまでキレたのは金属バットで殴ってきた親父を殺害しようと思った時以来か。

怯んで脂汗を流しながら。

ナイフを持った両手を震えさせる男。

コイツは.....本気で害虫だと思う。


「邪魔とかするなら.....許さない」


「ひ.....」


ナイフが刺す様に手前に飛んでくるがそんな物。

そして今の状況では全く怯む対象じゃ無い。

俺はナイフを飛ばして来た手を握って親指だけを一気に有り得ない方向に捻り上げて

そしてボキッと鈍い音がした。


骨折する音だ。

これに対して鼻水を吹き出した。

小便も漏らしている。


「ぐあ.....い、いてえぇよぉ!!!!!」


「.....」


見下していると俺の手が掴まれた。

そして涙ながらで嫌々と首を振る御幸。

俺の手を優しく握ってくる。

もう止めて.....!と必死に俺を止める御幸。

そして涙を流しながら言葉を発した。


「駄目だよ.....私の好きな君は何時もそんな事しない.....優しい君は何処に行ったの.....止めてお願い.....!」


「.....」


本当に人を殺す事をした事があるのか聞いているだけだけどな。

目の前のパーカー姿でオールバックの苦しんでいるデブを見つめる。

そうしていると背後から教師と智明がやって来た。

何をしているんだ!!!!!と怒号が聞こえる。

智明が一歩を踏み出して俺を見てくる。


「大博.....」


「何やってんだ智明。お前は」


「は?.....んじゃそっくりそのままお返しするぜ!お前こそ何やってんだ!!!!!心配させんな!!!!!様子見に来たらこの様だろ!!!!!」


「!」


智明は俺の胸倉を掴んで泣いた。

その事で.....俺の意識がようやっと吹っ飛んでいる事に気が付き。

涙を流す御幸も見た。


何だ.....何をしてしまったんだ俺は.....。

またこんな事を.....!?

なんてこった.....!



結論から言ってこの事件以降。

栗谷幸は捕まった。

暴行、恐喝容疑、建造物侵入などで、だ。

で俺はどうなったかと言うと。


正当防衛で一応、罪などはどうもならなかったが今回は大会に出れなくなった。

何故かと言えばその日.....確認の為と自宅待機になったのだ。

起こった自体確認の為に2日程。


御幸は学校に戻っている。

それだけは良かったと思う。

思いながらの帰宅になり俺は家の中で.....項垂れていた。

またやってしまったと思いながら、だ。


「.....悲しませてしまったな。また人を。.....感情不安に任せて何をやってんだろうな」


カーテンが閉められた部屋。

真っ暗な中、目の前の待機書を見る。

マジに死んだ方がマシなのかもな。

何であんな事をしてしまったのだろうか。

もう人を傷付けるつもりは無かったのに.....またやってしまった。


プルルルル


「.....」


連絡か.....。

俺はスマホを見る。

そこには何十件と電話の記録が有った。

俺はスマホをほっぽり投げて俯く。


「.....御幸も傷付けただろうな。多分.....」


考えていると。

今度はインターフォンが鳴った。

何だよ一体。

毎回毎回。


次から次に.....頭に来るな。

何もピザとか注文とかしてないのに。

思いつつ玄関を開けると。

そこには何故か五人が立って居た。


「よお」


「こんにちは。大博さん」


「はーくん」


「大博」


「大博さん」


何故か知らないが。

智明、鞠さん、穂高、仲そして包帯を巻いた御幸。

その5人が立っていた。

俺は驚愕に目を丸くする。

そして呟く。


「何やってんだお前ら.....」


「勿論。お前が一人で悩んでいると思って助けに来たんだぞ」


「そうだ」


「ですよ」


「うん」


みんな笑い合う。

何なんだよコイツら。

思いながら.....見つめる。

本当に.....コイツらときたら。


「.....クソッ」


「よし、という事で.....遊ぶぞみんな!大博を喜ばすんだ!ストレス解消!」


「「「「イエー!!!!!」」」」


みんな笑顔で俺を見る。

こんな地獄とっとと終われば良い。

自分が死ねば。

そう思っていた。


だけど違うって.....コイツらは俺を救いに来る。

勘弁してくれマジで.....。

嬉しくって仕方が無いんだが。


「有難うな。智明」


「水臭いぞ兄弟。アッハッハ」


そして室内にみんな入り込み。

みんなでわんさか遊んだ。

久々に俺は泣いた気がする。


本当に.....良い奴らに恵まれたな、俺。

思いながら俺は玄関を閉めた。

反省の心を持ちながら、だ。

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