第15話 難題

人を亡くすかも知れない事。

それは簡単に言えば簡単で言い表せないとは思う。

だけど俺は.....俺は。


その事を身に染みて知っている。

どれだけ悲しいかという事を。

俺の母親がそうだったのだ。

状況があまりにも違い過ぎるが.....だが。


親父にバットでボコボコにされて.....本当に死ぬかと思ったのだ。

その時からだ。

親父を本気で殺してやろうと思ったのは、だ。

そしてもう二度と俺達の関係を壊させはしない。

そう思ったのもその時からだろうな。


話が少し脱線したが俺は多分普通の高校生以上の経験をしている。

だけど.....。

俺は.....七水の親父さんは生きていてほしいと思っている。

俺は必死に駆け出して総合病院。

この街で一番デカい病院までやって来た。

そして上の方にエレベーターで上がる。


そしてさっきメッセージでもらった場所に向かう。

ちょうど手術室の前だ。

そこで七水と.....男性を見つけた。

男性は俺を見て.....クエスチョンマークを浮かべる。

もしかして七水の兄貴だろうか。


「.....君は誰だ?」


「俺は波瀬と言います。波瀬大博です。七水の.....先輩です」


「.....!.....俺は七水信也だ。.....そうか。穂高の.....」


そんな会話の途中で七水が顔を上げた。

涙目だ。

俺は眉を顰める。

状況はどうなっているのだろうか.....俺は唇を噛む。

そして黙っていると七水が声を掛けてきた。


「.....先輩。来てくれたんですね」


「七水。.....状況はどうなっている?」


「お父さん何でか分からないんですが血尿が出てそれから意識が無くなったんです。丁度.....トイレで倒れていて.....」


七水は悲しげに言い淀む。

それはつまり.....。

もう良いだろうか話しても。

思ってから俺は真剣な顔で言葉を発した。

二人に対して、だ。


「.....七水。信也さん。覚悟して聞いてほしい」


「.....はい?」


「親父さんは癌になっている。前立腺癌だって聞いた」


「.....え.....え.....?」


青ざめる七水。

そして兄貴の方を見た。

ちょっと待ってくれ、と坊主頭の兄貴は俺を直ぐに見てくる。

何でアンタがそれを知っているんだ、的感じで、だ。

俺は一旦、目線をずらしてから戻す。


「前に聞いたんです。だけど.....七水を傷付けたくなかった。保険証も無いに近いからって.....です。親父さんには秘密にして欲しいって言われてて。黙っていてすいませんでした」


「.....なんて.....事」


「なんてこった.....」


かなり.....沈黙した。

やはり話すべきじゃなかったのか?

考えながら手術室のランプを見つめる。

赤色のままだ。


「大博」


「.....はい」


「話してくれて感謝する」


「.....俺は感謝される程の事はしてないっすよ」


ただ.....言われた事を言っただけだ。

そう複雑な顔で思いつつ。

七水を見る。

ずっと泣いていた。


「俺、飲み物買って来る。七水。信也さん。何か飲みますか」


「.....じゃあすまないけどお茶を2本買って来てくれるか。お金は出す」


「要らないです。俺が買って来るって言い出したんですし」


「.....君は.....」


信也さんがそう呟いた。

そして目を柔和にしてくる。

俺は?を浮かべながら信也さんを見たが。

首を振って否定した。


「何でもない。すまない。.....亡くなった母親に似ていたからな。君の目がな」


「.....え.....そうっすか?」


「.....母親は良い人だったよ。なのに神様は殺してしまった。それで次は俺達の父親を奪おうとしている。何でだろうな」


「.....」


その言葉に何も答えれなかった。

だけどその言葉は.....心に突き刺さった気がする。

俺は、買ってきますね、とだけ言ってから。

そのまま自販機コーナーまで行った。


そして飲み物を適当に買う。

それから直ぐに戻ってくると.....医者が二人と話していた。

俺は直ぐに駆け寄って行く。

するとこんな会話が聞こえた。


「手術は成功しました。ですが.....予断を許さない状況です」


「.....それは.....つまり.....」


「癌が全身に転移しています。.....手の施しようがない状態でした」


「.....父はあとどれぐらい生きれますか」


もってあと.....2か月でしょう。

と言われ俺は飲み物を落とした。

七水がかなりショックを受けた様に膝から崩れ落ちる。

信也さんは、なんてこった.....、と衝撃を受けていた。

マジか.....。


「この先、入院される事をお勧めします。聞いた話では保険証が無いとの事ですが.....」


「.....」


信也さんも七水も答えられなかった。

俺はその姿を見ながら.....転がっている飲み物を見る。

そして拳を握り締めた。

それから前を見る。


「俺がお願いをしてみます」


「.....え?せ.....先輩?」


「ごめんな。七水。叶わない願いかもしれないけど.....母親にお願いをしてみる」


「君のお母さんって.....何の職業をしているんだ?」


俺の母親は市役所の人です。

と俺は答えた。

市役所の職員だからなんだって話なんだが.....。

ただ七水を見捨てる。

それは.....今、七水に助けられた俺が許さないだろう。


思いながら七水を見る。

七水は涙を流しながら俺を見ていた。

本当に頑張っている人を見捨てるぐらいなら死んだ方がマシだろうな。


「.....俺達も何とかする。その.....頼ってもいいか」


「.....はい」


「先輩。有難う.....」


そうとなればこうしてはいられない。

思いながら俺は飲み物を拾ってから渡した。

俺は帰ってからの仕事が有る。

母親にこの事を伝えないと。


「じゃあ.....俺、帰ってから母親に話します」


「.....本当に母親に似ているな。君は」


信也さんはその様に優しげな笑みを浮かべた。

正義感が強い。

それは本当に、と、呟きながら、だ。

俺は頷きながらそのままその場から駆け足で出口に向かう。


無理かも知れない。

だけど放って置くことは出来ない。

俺がここまで願いを込めるのは.....相当久々な気がした。

やる気がここまで出るのも、だ

あの日以来。


俺は捨てた筈なのにな。

他人の為に生きるという事を。



「私では無理だと思うけど.....そもそも課が違うの」


「やっぱり母さんでも無理?」


「.....御免なさいね。基本的に専門の方がどうにかしないといけないと思うわ」


「そうだね.....」


自宅に走って帰って来てから。

母さんに事情を話すとそう言われた。

俺は少しだけ落胆しながら、だよな、と思う。

それから顔を上げてから、有難う母さん、と呟いた。


「でも待ちなさい。母さんの知り合いのお友達で、つてを頼ってみるわ」


「え?」


「社労士って知っているかしら。その職業なの。国民保険も多分専門にしているわ」


「.....そうなんだ」


ええ、そうなの。

でもその.....珍しいわね、貴方がそこまで必死になるなんて。

好きなのかしら?七水さん。

と俺に苦笑する母さん。


「そうじゃ無いど.....七水を救いたいって思ったから」


「.....そうなのね。正義感のある息子に育って嬉しいわ。私.....」


「いやいや.....泣くなよ母さん.....」


口元に手を添えて涙を流す、母さん。

本当にごめんね、色々と言いながら泣く。

俺はその姿を見ながら.....守りたいと思ってしまう。


今は現を抜かすなど、改めて女性とは付き合えないと思った。

母さんを守りたい。

だから今は。

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