第5話 血の付いた木製のバット

「で、ここにね式を当て嵌めて.....」


「ああ成る程な。.....やっぱり苦手だ。こういう計算式は」


「あはは。だね。.....まあ私も.....苦手だから」


一生懸命に勉強。

ノートを広げ、教科書を広げ。

数学を勉強して早30分。

テストも間近になっており結構やる気が出る。


でももう直ぐ午後17時半になる。

よくよく考えたら俺は帰って来るのが遅かった。

その後にしているしなこの勉強。


「栗谷。もう帰った方が良いだろ。流石に外が暗くなってきたぞ」


「.....あ、だね。熱中し過ぎたね」


「有難いけどな。お前にこうして教わるのは」


「そう?だったら良かったな」


外はもう薄暗い。

栗谷に帰る様に促してから。

俺は立ち上がる。

栗谷も教科書を詰めて立ち上がった。

その背中を追いながら玄関へ向かって行く。


「じゃあ.....また明日。ね?はーくん」


「.....そうだな。また明日と言えるか。.....久々に会えて嬉しかった」


「.....私も。久々に会えて.....とても嬉しかった」


「.....?.....何で赤面して言うんだ」


え?あ、いや。

何でも無いよ、と慌てる栗谷。

俺は首を傾けながらも深追いはしない方が良いかと思い。

とにかくは、と栗谷に笑みを見せた。

そして手を上げた際に.....思い出して眉を顰める。


「.....栗谷。お前.....お兄さんとは上手くいっているのか」


「.....え?.....あ.....うん」


だが栗谷は曖昧な返事しかしなかった。

言い淀んだ感じだ。

俺は、そうか上手くいってないんだな、と察しながら。

それ以上は何も言わなかった。

笑みをとにかく絶やさない様にしながら。


「また明日な」


「うん。また明日。じゃあね」


そして栗谷は出て行こうとした。

その際に振り返ってくる。

俺を見つめてきた。

そんな栗谷に?を浮かべる。


「.....ね?はーくん。私、可愛くなった?」


「.....何を聞いているんだ。.....可愛いに決まってる」


「.....え.....あ、あ.....え?」


目をパチクリした栗谷。

予想外の回答ですと言わんばかりに火が点いた様に赤面した。

一回一回なんなんだコイツは、と思いながら見つめる。

オホンと咳払いした栗谷。

そして俺に向いた。


「と、とにかくごめんね。変な事を聞いて。じゃあ」


「.....ああ。またな」


そしてドアが閉まった。

それから俺は見送ってから.....横のクローゼットを覗いた。

そこには.....木製バットが置かれている。

へし折れて血液が付着している。

何か.....忘れそうだったから見たのだが.....。


「.....」


実はこのバットは俺に暴力を加えたバットだ。

親父が.....破壊行動を、傷害をしたバットで有る。

俺は殴られたりして.....額もそうだが頭も縫ったのだ。


6針程。

合わせると計11針。

警察に訴えて、行政に訴えて。

だが上の命令に従うだけで何の役にも立たないと言う事が分かってしまって.....本当に悲しかった。


そんな親父が残して去って行ったのだが.....これを残している理由として忘れない思いを抱く為に残している。

親父にされた事を忘れない様にしているのだ。

今俺は相当に厳しい顔になっているだろうけど。

静かにバットを持つとその手が怒りに、恐怖に震えた。


「.....ハハ。やっぱり女の子とは付き合えないな。俺は。こんな恨みを抱く様な.....不安定な感情野郎と.....付き合ったらみんな不幸にしてしまうじゃないか」


そう自嘲しながら持っていたバットを投げ入れた。

親父とはもう会いたくは無い。

これで会ったらこのバットでマジに殺してしまう。

犯罪者になりたくは無い。


思いながら.....玄関を見て電気を点けた。

それから.....少しだけ勉強をしてから。

母親の帰りを待った。



『産まれて来たのは俺の手駒になる為だからな。分かるか?大博』


ふとそんな言葉が頭を過った。

それは親父の事だが。

何時も言われていた言葉だ。

俺は怒りと頭に痛みを覚えながら目を覚まそうとした。

その時。


「先輩。起きて下さい。7時半ですよー」


「.....?」


女子の声がした。

俺は驚愕して見開く。

そこに.....何故か七水が居た。


俺を見ながらニコニコしている。

髪型が少しだけ髪留めで変わっている。

いや、そんな事より。


「.....何をしているんだ。七水」


「それは勿論。愛しの王子様を迎えに来ました」


「.....逆だろ.....って言うか俺は付き合えないと言っただろうが」


「はい。でも振り向いてもらう為に.....頑張りますよ」


頭をガシガシ掻いた。

何をしているかと思えば.....。

思いながら起き上がる。

そして.....七水を見た。

七水は出て行こうとしている。


「早く来て下さいね。ご飯をお母様と一緒に作りましたから」


「.....ハァ.....」


「あはは」


そして駆け出して行く七水。

俺はその姿を見ながら.....周りを見渡す。

広く無い俺の部屋を、だ。

そして制服を見る。

そう言えば.....昨日、栗谷に会ったんだっけか。


「.....ったく.....」


嫌な記憶が過ったもんだな。

親父の.....。

PTSDって言うのか?

よくは知らんが.....。

思いながら溜息混じりに着替えを始めた。



「.....お前、こんなの作れるんだな」


「はい。だって私しか家事をする人が居ませんから」


準備をしてからリビングに向かうと。

鮭と卵焼き。

そして煮物で和物(あえもの)と置かれていた。

横の台所に立っている母親、波瀬朋子(はぜともこ)によると。

これらは、ほぼ七水が作ったそうだ。


「凄いのよ。穂高ちゃん。全部作っちゃって。良い彼女さんね」


「.....彼女じゃ無いって」


「もうお母様ったら」


「.....」


人の話を聞け。

考えながら額に再び手を添えて椅子に腰掛ける。

そして改めて目の前の料理を見た。

本当によく出来ている。


「先輩。たっぷり愛情込めました。食べて下さいね♪」


エプロンを脱ぎながらその様に笑顔になる七水。

俺はその姿に額に手を添えて盛大に溜息を吐きながら吸い物を飲んでみる。

何だこれは.....すげぇ美味いな.....。

昆布ベースの出汁だ.....。


「.....えっと.....美味しいですか?」


「美味いな。お前の夫になる人物は幸せだろうな。本当に」


「嫌ですね。夫は先輩です」


「.....俺は嫌だって言ってんだろ.....」


って言うかそれは良いとして。

飯が相当に美味すぎる。

塩加減も絶妙。

下手すりゃ母親の二倍は美味い。


見守る母親と七水を見ながら.....食べていく。

そして食べているとインターフォンが鳴った。

今の時刻は7時50分だが.....誰だよ。


「あらあら?誰かしら」


そしてバタバタと玄関へ向かう母親。

それを見送りながら七水を見る。

七水も横に腰掛けそしてポツリと呟く。


「先輩。有難う御座いました。昨日.....お父さんに会ってくれて」


「.....何も問題は無い」


「あはは。そう言うの先輩らしいです」


「.....」


『私の余命はそんなに無い』


ふと.....七水の親父の言葉が頭を過ぎる。

果たして秘密のままで良いのだろうかそんな重要な事。

考えながら鼻歌混じりにご飯を食べる七水を見ていると.....。


ドサッと目の前から音がした。

俺は、ん?、と思い目の前を見る。

通学鞄を落とした.....栗谷だった。


「いや、はーくん。ちょっと待って。.....その子は?」


「あ.....お前。来たのか」


「先輩。ちょっと待って下さい。誰ですか」


「あ?この子?コイツは俺の馴染みに近い.....」


ビシッと音がしたって言うか。

一瞬でなんか.....空気が変わった気がした。

俺は???を浮かべながら見つめる。

その、まるで猫と犬が喧嘩している様な.....そんな感じがするんだが。

何だこの空気は.....。


「.....先輩。女の子がこんな朝から来るのって一つしか無いんですが.....って言うか、はーくん?.....あはは」


「.....はーくん。その子?後輩ちゃん。噂に聞いた。あはは。良い子だね。こんな朝から来ているって。律儀だね」


「.....お前ら.....何でそんなに敵対しているんだ.....」


なんか嫌な予感がする。

俺が鈍感なのが悪いかも知れないが.....何だこの歪み?

まるで水と油の様な。

そんな感じなのだが.....って言うか静かにしてくれ。

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