第41話

「えっ?」


 俺は言葉が漏れて、思わず教壇のそばに立っている大槍を見る。


 フジケンは話を続ける。


「今日で最後の授業だから大槍と話したい奴は昼休みに話すように、くれぐれも授業中に話すなよ。それじゃホームルームは終わりだ。大槍、席に戻れ」


 そうか、何かあると思っていたら、そう言うことだったのか。


 大槍は明後日の日曜に青森の高校に転校する。


 全国大会のことで頭がいっぱいの俺を気遣って、今まで黙っていたんだろう。


 あいつのことは短い期間だが、なんとなくわかっていたつもりだ。


 俺と志穂は顔を合わせて、頷く。


 それは昼休みに大槍と話そうという合図だった。







「大槍」


「……沖田……黙ってたことは謝るじゃんか」


「いいから屋上来い、昼休みしか話せないだろ? ここじゃみんながお前のことで気を遣う」


 大槍は黙って、俺と志穂と一緒に屋上に移動した。


 屋上に着くと大槍は手を合わせて頭を下げた。


「今まで黙ってて、ごめんじゃんか!」


「私はそんなに気にしてないと言えば嘘になるかもしれないけど、大槍君は沖田君に用があると思うから屋上に人が来ないか見張っているね」


 そう言って志穂はドアの方に移動して、ドアを開けて中に入って閉めた。


「大槍、いつからなんだ?」


「えっ?」


「青森の学校行くことになったって決まったのは?」


 俺は椅子に座って、大槍も続いて隣に座った。


 大槍は座ってから、俯いたままだ。


「親父の仕事先が決まったのは、お前がカルロに負けた日からだよ。お前がデバックの仕事している時に青森に行って受験して、すぐに合格通知が来たじゃんか」


「そっか。そうだったんだ。あの時は俺も自分のことで頭がいっぱいでお前の事情なんて考えてなかったから、聞けなかったな。悪い。今日のこと朝知って、おれずっと気にしてたんだわ」


 大槍は頭を上げて俺を見た。


「言おう言おうと思っていたんだけど、あの時のお前ゲームなんて辞めるって言ってたじゃんか? それで怒って、ムキになって、俺ずっと黙ってたじゃんか。悪いな」


「怒ってねえよ、俺が気にしているのは『そこ』じゃねえよ」


「えっ?」


「俺はまだ志穂がいる。熊倉さんもいる。だけどお前は……これから『一人』に戻るから……気にしているんだ」


「あ、ああ」


「お前さ、青森でも俺や志穂以外に友達出来るか? 俺はそれが心配だよ」


「初めてじゃんか」


「ん?」


「お前が俺のこと心配してくれたの。いつもゲームばっかなのにさ。俺が黙ってたこと謝るより、そこから先の俺が悩んでいること分かっているみたいじゃんか」


 俺は空を見上げた。


 青空だ、雲がぷかぷか浮いている。


 そのせいか、大槍の悩んでいることが小さく見えた。


「お前のことだから友達くらいは出来ると思うけどな。小さいことかもしれないけど、心配でな」


 お互いその後黙るが、居心地の悪い沈黙じゃなかった。


「初めて会った時のこと、いや話してくれた事覚えているじゃんか?」


「ある程度は覚えているな。ゲームセンター行ったんだっけか?」


「そうそう。話してたら同じゲームやっているって話になって、やろうとか言ってさ。あの後一緒にゲームセンターでウルフォ4で対戦した時に、俺がトイレに行こうとして筐体の台から離れたらお前立ち上がって『捨ゲーだと! ふざけんな! 大槍っ!』って怒ってたじゃんか?」


「ああ、あれは本当に悪かったな。俺ゲームになると人が変わる面倒くさい奴だからさ」


「お前も鈍いな」


「えっ?」


「俺は怒っている訳じゃないんだ。むしろあれが嬉しかったんだ」


 なんでだ?


 大槍は変な奴って訳でもないしな。


 そんなことを思っていたら、大槍が俺から少し目線を外して話し始める。


「俺中学まで本当に一緒にいて楽しいとか思える友達なんていなくて、いじめられてた訳じゃないんだけど、ノートの貸し借り以外は遊んでくれることも無くてさ」


「うん」


 俺は聞き手に回って、空を眺める。


 大槍は話を続ける。


「高校でも沖田が話しかけてくれた時も、きっとこいつも中学の友達とかいう名前ばかりのノートの貸し借り仲間かと俺思ってたじゃんか」


 俺は黙って聞く。


「でもな俺をゲームセンターに誘って、しかも無感情に近かった中学の友達と違ってお前は真剣に怒ってくれた。それが嬉しかったじゃんか!」


 大槍はそう言って黙りだす。


「嬉しかったのか……んっ、黙り込んで……どうした?」


 俺が大槍の顔を見ると、大槍は涙を流していた。


「俺青森の高校に転校するけどさ。離れたとしてもお前のことインターネットのライブ配


信の大会動画とかで見ているし、応援するじゃんか」


「大槍……ハンカチ……貸そうか?」


「いいから聞けって!」


「あ、ああ」


「応援してさ、お前のこと思い出してたまにはゲームセンターに勇気をもって、青森の高校の友達になる予定の奴と一緒に行って、上手くやっていくよ」


「……うん、そうだな……頑張れよ」


「お前のこと忘れないじゃんか。ゲーム続けてくれよ。俺大人になってもお前のこと絶対に忘れなずに俺も仕事とか勉強の余った時間に必ず格闘ゲームを続けていくじゃんか」


「無理すんなよ」


「無理してない、俺は世界最強の格闘ゲーマーになるお前の友達として一生自慢する」


 大槍は右手を出した


「最後に握手してくれ。そして俺にかまわず熊倉さんの特訓を続けてくれ。最後の頼みじゃんか」


「最後とか、言うなよ。バカ」


「バカはお互い様じゃんか」


 大槍は涙を流しながら、俺はそんな大槍を見ながら一緒に笑った。


 遠くに行くけど、ネットツールで話せる。


 会えない訳じゃない。


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