第9話 双子座の少年③

 翔は自分の弱さが許せなかった。蓮に言ったことも悔しさからの泣き言だということはわかっていた。それでも、この想いを溜め込んでおくことなどできなかった。


「俺は、おまえが羨ましかった」



 双葉翔は大病院の跡取り息子だった。幼いときから、医者になるため厳しい教育を受けてきた。習い事も、遊びも、学校も、友だちさえも父親と祖父の指示の元にあった。学校では常に一番でなくてはならなかった。翔は努力した。父親に、祖父に認めてもらいたくて。


 でも、どんなに頑張っても学業で一番になることはできなかった。なぜなら小学校の時から水城蓮がいたからだ。蓮も天才の類ではなく、秀才であることは翔は知っていた。蓮が誰よりも早く教室に来て勉強していることも、誰よりも熱心に授業を受けていることも。


「一層、天才であってほしかった」


 努力をしても蓮に学業で勝つことはできなかった。しかし、そんな蓮にも実技科目では勝つことができた。特に音楽は誰よりも優っていた。

 翔は教養だと言われ3歳の時からピアノを習っていた。音楽だけが翔の唯一の救いになっていた。


 勉強が苦しいときも、父や祖父からの厳しい指導のときも、音楽があったから我慢できた。そして中学生のとき、動画サイトである音楽文化に出会った。それは機械の歌声だった。彼はその音楽に惹かれた。人ではなく機械だからこそ出せる音、機械だからこそ心に響く歌詞、メロディ。彼は勉強の合間にずっとその音楽を聞いていた。


 そして、高校生になると自分で音楽を作るようになった。最初は誰も聞いてはくれなかったが、徐々に再生回数を伸ばしていき、動画サイトのランキングにも載るようになった。彼は初めて、嬉しさを覚えた。音楽をやりたい。もっと音楽に触れたい。音楽の道を進みたい。


 しかし、彼の父が祖父がそれを許すことはなかった。パソコンも今まで作ってきた音源も全て壊された。食事も与えられず毎日説教を受けた。彼の精神は限界だった。


 そんなとき、彼にチャンスがやってきた。勝者にはどんな願い事も叶えてくれるという星霊戦争だ。

 彼は願った。父や祖父の操り人形の人生から解放されたい。自分の決めた道を自由に歩みたい。認めてほしい。

 そのためなら、他人の願いを踏み潰しても構わないと思った。星霊とその契約者を何人も倒してきた。それぞれに叶えたい願いがあることも知っていた。それでも、この人生を変えるためならどんなことでもしよう。そう思った。



「ごめん。ミク、ルカ。俺が弱いばかりに」


 翔は泣きながら双子を抱きしめた。双子は翔の頭に手を当てた。


「大丈夫。翔は弱くない。次は勝とう」

「翔は頑張った。偉い」


 負けることは許されなかった。過程より結果が全てのあの家で、負けは死と同等の意味をなしていた。初めて翔は負けて褒められたのだった。


「ありがとう。俺は必ず二人を星霊王にする」


 翔は二人を強く抱きしめた。そして、誓った。次は二度と負けない。必ず三人の願いを叶えようと。

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