君がいない夏は、海に落ちていく花火とよく似ていた

あげもち

花火

 花火が上がる。


 下の方から光の筋を伸ばして、真っ暗な夜のキャンパスに弾ける。


 火薬の匂い、湧き起こる歓声。


 海に消えて行く花火を見て、少し切なくなった。


「花火…綺麗だな」


 ボソリと呟き横を見る。


 だけど、そこに君はもう、いなかった。


 

 一年前


「ユーウーくん!」


「ん?」


「今日も暑いねー」


「あぁ、だな」


 海辺の通学路、潮の匂い。


 朝日が海に反射して思わず目を細めた。


 栗色の髪の毛に、たなびくスカート。白いセーラー服が夏の雰囲気を醸し出していた。


 堤防の上を歩く彼女の名前は、海野汐梨うみのしおり


 小さくて、かわいい顔つきをしていて、いわゆる美少女というやつだ。


 そんな汐梨と出会ったのは中学生の時で、こっちの学校に通うために引っ越してきたらしい。


 それからと言うもの、家が近いと言うのもあってか、かなり仲が良くなった。


 だからこうして毎日汐梨と通学をしている。


「てか、そこ崩れてるから気を付けろよ」


「はーい。でも、何かあったらユウくん助けてくれるでしょ?」


「まぁ、そん時は」


「なら大丈夫!」

 

 どんな根拠だよ。


 そう、鼻で笑いながら今日も学校へ向かって行く。


「もうすぐ夏休みだね」


「そうだな、あ、今年は宿題手伝わねーからな」


「えー…ふふ、分かりました。今年は自分で頑張ります」


「って言って汐梨の宿題手伝わなかったことないんだけどな」


 あははと楽しそうに笑う汐梨。


 彼女の綺麗な髪の毛がさらりと潮風に舞った。


「それで、今年も花火大会行くでしょ?」


「あぁ。もしかして何か用事入った?」


「ううん、そうじゃなくて、今年はさ、一緒に浴衣で行かない?」


 その質問に、浴衣か〜と一瞬考える。


 汐梨の浴衣姿ってどんな感じなんだろうな…。


 …。


 まぁ、なんにせよかわいいことは間違いないのだろう。


 正直浴衣をレンタルするのは少し面倒だけど、汐梨の浴衣姿が見られるのなら別に良いかなと思った。


「うん、分かった、今年は浴衣で」


「うん、ありがとう!」


 そう言って微笑むと、顔を前に向ける。


 えへへ〜と心地良さそうに笑うと、「楽しみだな〜」って1人呟くのだった。



 

 そして、ある日。


「ごめん…ユウくん」


 …。


「私、癌なの…」


 告げられた一言で、まるでヒビの入ったガラスがパラパラと剥がれて行くように、俺たちの日常は崩れていった。


 


 

「ユーウーくん、お待たせー」


 後ろから聞こえてきたその声に振り向くと、俺は思わず目を見開いた。


 最近学校にも来れなくなり、定期的にお見舞いに行っているものの、こんなに元気な汐梨を見るのは久しぶりだったのだ。


 おっとっと、と慣れない下駄に足を取られた彼女を体で受け止める。


「身体の方は大丈夫なのか?」


「えへへ、今日は先生に言っていっぱい打ってもらったから大丈夫」


 親指を立ててドヤ顔をする。


「いつからそんなアウトローな人間になったんだよ」


「あはは、ユウくんのためならね」


 その笑みに思わず言葉が詰まる。


 まるで触れたくないものに触れてしまった時とよく似ていた。


「よーし! ユウくんまずはたこ焼きー!」


 そう言って楽しそうに俺の浴衣の袖を振り回す。


 だから俺も釣られて、笑った。


 

 たこ焼き、焼きそば、かき氷。色んなものを食べ尽くした彼女は満足そうにお腹をさする。


「あー美味しかったー」


「食い過ぎたろ…はは」


 何故か面白くて思わず笑いが溢れる。


 だから、安心してしまった。


 本当はもう、癌なんて治りかけていて、この夏は無理でも、来月にはぴょこんと教室にいるんじゃないだろうか。


 少なくとも、今の汐梨を見ているとそう思えて仕方がなかったのだ。


「まだかなー」


「もう上がるぞ…ってほら」


 すると下の方から白い光の筋が上がっていって、緑と赤色の花火が夜の空を彩った。


 おおー、と湧き上がる歓声、火薬の匂い、太鼓の音、祭り林。

 

 花火が連続であがり、砂浜を白く染める。


「花火、きれ…」


 ばばば、と音が鳴るなか、ふと横に目を向けると、俺は息を飲んだ。


 隣に座る汐梨の頬には、細い涙が垂れていたのだ。


 顎をつたい、ポツリと涙が落ちる。


 そして、固まっていた俺に汐梨はにこりと笑い、こう言った。


「花火って、なんか儚いね」


 その言葉に、胸を締め付けられる。


 毎年、花火を見上げて「綺麗」と言っていた彼女は、この花火を儚いと言った。


 俺が見上げる花火と、汐梨が見上げる花火は一体どう違って見えるのか。


 この花火に何を思い、考えているのか…。


 顔を花火の方へ向けると、そのまま汐梨はまるで語るように口を開いた。


「これからもずっと、毎年花火を見られるのかなって思ってた。これからもずっとユウくんと居られるのかなって」


「…なんだよ」


「えへへ〜、私ずっと好きだったんだ〜ユウくんのこと。初めてこっちに来て、仲良くしてくれて…あはは恥ずかしくて…なんか涙出て来ちゃったよ…」


 小さな嗚咽と一緒に、彼女は振袖で目元を拭う。


 俺も思わず涙が溢れそうになって、堪えた。


 ここで泣いてしまったら、認めてしまったことになると思って。


「ねぇ、ユウくん」


 彼女がこちらに顔を向ける。


 涙が溢れ、悲しそうな笑顔している彼女を見て、もう、堪えきれなくなってしまった。


 なんで…なんでだよ。


「ユウくんはさ、私のこと好き?」


「…あぁ、好き。大好きだ…だから…そんな悲しい顔すんなよ…」


「あはは…ねぇ、ひとつだけお願い、聞いてもらっていい?」

 

「…なんだ?」


「少しの間だけでいいから、手握って欲しい」


 そう言って伸びて来た彼女の左手の上に右手を重ねる。


 指と指が絡まり、彼女の暖かさが伝わって来た。


「ふふ…ユウくんありがとう。大好き」


 にこりと笑う。


 そして海野汐梨は、2週間後に容態が悪化し、息を引き取った。




 一際大きな花火が夜空を彩る。


 視界いっぱいに広がった光の粒は、キラキラと少しずつ光を失いながら、海へと落ちていった。


 以上を持ちまして、花火大会を終了します。


 そんなアナウンスとともに盛大な拍手が沸き起こり、少しずつ人が減って行く。


 だけど、俺はまだ海の方を見て1人立ち尽くしていた。


 汐梨にもっとしてやれたことはなかったのか、もっとかけられた言葉はなかったのか。


 今更、遅い考えが頭の中に浮かんでは消えて行く。


 まるでこの花火のように。


 お互い、あの日が最後の花火だって心のどこかでは気づいていたのだろう。


 だから、綺麗なものが一瞬で消えてしまう花火を見て、汐梨は儚いって言ったのかもしれない。


「…そろそろ行くか」


 小さく息を吐くと、海と逆方向へ足を向ける。


 思い出が浮かんでは消えて、また違う思い出が浮かんでくる。


 だから。


 君がいない夏は、海に落ちていく花火によく似ていた。


 

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君がいない夏は、海に落ちていく花火とよく似ていた あげもち @saku24919

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