経験値2乗の魔王様

梅田志手

第1話 魔王、還らず。

 この日、一つの時代が終わろうとしていた。

 フオーダ村はリオンの息子、テオドールは工房裏に向かっていた。間伐材の山から徒弟たちの練習用の木材をとりに行くためだ。

 木材はこの世界で最も硬い木『クリカラ』で、この山村周辺にしか自生しない。これを加工し特産品として売るのが村人と職人たちの仕事。

 クリカラは水や虫に強く、非常に優れた耐久性を持ち、屋根にすれば100年、檻にすれば死ぬまで持つと言われ、都会では最高級の木材として取引される。

 しかしテオドールは村を出た事が無いため、その辺にあるモノという認識しかなった。いま目の前にある間伐材は全てクリカラ。この少し見上げる程度の一山だけでも上流貴族の御屋敷が一つか二つは建てられるほどの価値を、彼は知らない。

「どれにしようかな・・・?」

 知っている事といえば、これで殴れば熊の頭蓋を砕くことができ、あと加工するのに非常に手間がかかり、専門の職人が村に何十人もいるくらいだった。

 乾燥を早めたり油分を取り除く為に錬金術を修めた職人から、仕上げの研磨職人まで、各工程に専門の職人をつけてやっと市場に降ろされるのがクリカラだ。

「――――ん・・・?」

 ふと、クリカラから発する独特の芳香とは別の、間伐材の山たちの中からわずかに混じっていた死の臭いを嗅ぎ分けたテオドールは、その方へ目を向けた。

 クリカラは硬い。ちょっと座り込んだり背をもたれかけてもビクともしない、一切音を出さずにくつろげるから、時々修行をさぼる徒弟がここに隠れる頃もあった。しかし今回は違う。

 死の臭い。罠に嵌り狩人に追い詰められた獣が放つモノとはまた異なる、濃いめの血とむき出しの臓物が放つ、死を連想させる臭い。

 そういえばこの山村にしては珍しく、カラスの群れがやって来た事を今朝、一緒に朝食をとっていた若い職人と話していたのを思い出した。

 家の前の長椅子に座る引退した職人の爺様方も、今朝は獣たちが静かだと話していたし、なにか不吉な兆候はあったのだ。

「(うーん、確かめもせずに“誰かが居る”と言って人を呼ぶのもあれだしなぁ…)」

 テオドールはわずかに逡巡しゅんじゅんしてから、一目だけでもと決意して、死の臭いのする方へと歩いて行った。腰にはいつも、獣を追い払うための細長い棍棒を携帯しているので、それを右手で抜いて、近づいていく。

 勿論、この棍棒もクリカラから加工したものである。テオドールはただの村人で職人ではないが、生まれてからずっとこの村で職人たちと一緒に過ごしてきて、自然と自分の手でクリカラの加工ができるようになっていた。仕上げの研磨は流石に研磨工にお願いしたが、それ以外はほぼ自分で作った物だ。

 これだけで銅製の兜を一撃で凹ませるから。まぁ大丈夫だろうと高を括っていた。

「・・・誰かいるのか? この前サボっていたベニスか。エッケハルトか。それともヴィルマーか・・・」

 この間伐材の山たちに隠れてサボタージュしていた者達の名前を上げるが、特に反応は帰ってこない。近づく毎に徐々に死の臭いが濃くなり、明確な誰か存在を感じ取った。もうこの村の誰でもない事を確信したテオドールは、棍棒を握り直す。

 音を立てまいと恐る恐る、間伐材の山を登り、ゆっくりと頭を出して覗き込んだ。するとそこには、血まみれの男が山と山の谷間に沈む込むように座り、じっと耐え忍んでいた。

 男は漆黒の外套と鎧の隙間から流れる、赤黒くなった血を混ぜ合わせ、間伐材の谷間に小さな血だまりをつくっていた。顔は寒色で土気色、今にも命の灯が消えそうだった。

「――――た、大変だぁ! あんたぁ! まだ生きてるかぁ?!」

 テオドールはぴょんと跳ねるように山を越え、身動きの取れない重傷者に駆け下りていく。すぐそばにまで近づいて膝をつき、男を見る。

「ふぅ・・・ぐっ」

 男はテオドールに気づいて、動き出そうとするが、微動だに出来なかった。よく見ると、体に沿うように仕立てられた鎧は、肩から臍の下にかけて大きく斬り裂かれており、隙間から臓物がかろうじてはみ出してない状態だった。

「ど、どうしよう・・・このまま運び出すのも危ないし、今から助けを呼べば・・・床屋と薬師と回復魔法を使えるシスターとあとは・・・」

「・・・・・・も――――」

 テオドールが助けようとした男は、声のした方に首を傾け、目の焦点を必死に合わせた。男は残りの命の灯を燃え上がらせ、テオドールに声をかける。

「もう、よい・・・・・・もとより、そうできておる・・・」

「何言ってんだ! 諦めんなって!!」

 テオドールは男の意識を繋ぎとめるために何度も声をかける。かつて木の下敷きになった作業者を、救助が来るまでポジティブな言葉をかけ続けたほうが生存率が上がるという経験がそうさせているのだ。

「パ・・・パッシブスキル【対人魔法無効】により・・・ヒトの魔法は効かぬ・・・す、すべて裏目に出た・・・余の・・・」

 男の言葉は耳に届いているが頭には入らなかった。死を意識しだすと混乱して大抵は意味不明な言葉を放つから、親身になっても時間無駄だからだ。

 しかし、この男の言葉は一つも狂ってなどいなかった。

「ヒトの子よ、名を・・・名を知らねば、伝えられぬ・・・」

「あぁ! 俺はテオドール! フオーダ村、リオンの息子、テオドール!」

 男の言葉に応えながらテオドールは最善を尽くそうと手を伸ばす。男はその手を止めさせ、震える手でテオドールの手を強く握る。

「もう手遅れだ・・・リオンの息子テオドールよ・・・最後に、余の言葉を聞け。

 余はウィンダスの落ち仔・・・プロレアの友護にして魔王・・・フランツ・ロムルス・ヴォルケンシュタイン」

「ま、魔王・・・?」

「・・・80年。この大陸に来て、夢半ばで・・・・・・せ、めて・・・余の・・・生きた証を・・・残したい・・・」

 手を握る手が強くなり、光を発する。

「いっ!?」

「スキル譲渡・・・余の生来のスキルのみを・・・託すことができる・・・」

「スキル!? 一体何を・・・!?」

「我、フランツはテオドールに・・・スキルを譲渡する・・・」

 男、魔王フランツがそう宣言すると、テオドールの頭に直接、謎の声が響く。


『パッシブスキル【取得経験値2乗】が譲渡されました。

 レベルスターが顕在化しました。

 スキルテーブルが一部解放されました。

 ステータスの項目が解放されました。

 アクティブスキルに必要なポイントが1増えました』


 突然の声に身震いし困惑するテオドールを他所に、フランツは満足げな顔で「これでよい・・・」とつぶやき、握っていた手の力が抜ける。

 テオドールが握り返そうと力を込めると、砂のように脆い感触に変わる。

 魔王フランツはあっという間に、塩の柱になって、吹き抜ける山の風に煽られて霧散した。

「・・・・・・一体、これは・・・何なんだよ・・・」

 体中に塩を纏ったテオドールは、しばらく呆然としていた。さっきまで握っていた手を見つめて、自分自身の“ステータス”なる項目が見えている事に戸惑う。


『テオドール(人間:村人)

 Lv:2

 獲得スキル:【取得経験値2乗】(パッシブ)』


「レベル、スキル、経験値・・・?」

 テオドールは立ち上がる。既に魔王フランツだった塩はすべて風に飛ばされ、血だまりもそこには無く、周囲はいつもの山村の日常に戻っていた。

 遠くから聞こえる木こりの声、徒弟を叱りつける職人の声、そして山奥から聞こえる獣の声。

 テオドールは村の外に目を向けた。

 それは初めて少年が、村の外に好奇心を抱いた瞬間であった。


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