第6話 シオメちゃん

 やってしまった...

 翌朝、月曜日の為出勤準備で起きたあたしは頭を抱えていた。

 いや釣りするのはかまわないしそれでここの生活が手に入るなら良いのだけど...。

 なんが「釣りガールにあたしはなる!」よ!バリ恥ずかしいー!

「おはよ!釣りガール(笑)」

 歯を磨きながら悶えていると声がかかった。

「おはようございますアジゴさん」

 その返事にニッコリ笑って。

「芽衣ちゃんさぁ...あたしそのあだ名嫌いなのよね?」

 目は笑っていなかった。


「すみません恋子さん、BIGさんが呼んどったけんつい」

「ま、良いけどさ。

 貴女も気をつけないととんでもないあだ名つけられちゃうかもよ?」

 ええー?マジで?

「釣りガール(笑)だけは嫌ー!」

 そんな話をしながら身支度をしているとのそのそと現れた影、BIGさんだ。

「何よアンタ、現場行ってたんじゃないの?」

 恋子さんがキツめの口調で言う。

「朝一で材料が入らんけん休みって連絡が来たけんね、今日はゆっくりしとーったい」

「良いご身分ねー、今から出勤するうら若き乙女2人に向かって」

「いやお前は同い年やけんそげん若くもないやろ」

 恋子さんはキー!と言いながらBIGさんの胸板をポコポコ叩いてるけど平気な顔のBIGさん。

 あたしは朝から何を見せられてるんだろうか?

「良いけんもう出勤やろうが、俺今日は休みやけん出すもん出してさっさと行け」

 BIGさんがそう言うと恋子さんはつかつかと自分の部屋に行って取ってきたランドリーバッグを投げつける。

「ありがとね!行ってきます!」

 そう言って出て行こうとする恋子さんを追いかけながら。

「行ってきます!」

 とBIGさんに挨拶をする。


「アレ、洗濯物ですか?」

 車までの間に恋子さんに話しかけた。

「そ、あいつ結構マメだからこういう時頼みもしないのに洗濯とか共用部の掃除とかしてくれるのよ、芽衣ちゃんも洗い物あったら投げといて良いのよ?」

 えー?それはなんか違う気がするー。

「と、とりあえず自分で洗えるけん遠慮しときますね」

「あっそ」

 というか口では喧嘩しながら阿吽の呼吸というかなんというか...付き合ってるでしょこれ。

 例え付き合って無くても好き合ってるでしょ二人!

「あー、あたしも素敵な彼氏が欲しいなぁ...」

 あたしは思わず呟くのであった。


「あー疲れたぁ!」

 あたしは帰ってきて車を停めて伸びをする。

 今日は事務処理が多くて残業になってしまった為遅くなったので車で20分の近さが本当にありがたい。

「ただいまですー」

 玄関を開けながら挨拶をすると。

『おかえりー』

 と沢山の声が迎えてくれる、ちょっと嬉しいな。

「あーーーーー!」

 そして気づいた、あたしシェアハウスだったんだ!残業疲れで何も買い物せずに帰って来てしまった!ご飯どうしよう!

「なんねどげんしたと?」

 心配そうにBIGさんが声をかけてくれる。

「どげんしょう?BIGさん!あたし食材買ってくるの忘れちゃった!」

 あたしがそう言いながら買い出しに行こうかと戻りかけた時。

「飯ならあるけんはよあがらんね、洗濯とか終わって暇やったけん釣りに行ったらいっぱい釣れたけん」

 そう優しい声で言ってくれた。

「ありがとうございます!今度何か作ってご馳走します!」

 そう言って玄関をあがるとBIGさんが。

「今料理しよるけん部屋でシャワーでも浴びて着替えてきー」

 そう言ってくれたのでありがとうございますと言いながら自室へ行く。

 シャワーで残業疲れを洗い流して部屋着に着替えて共用リビングに行くとテーブルの上には魚料理が並んでいた。

「うわー!すごかー!」

 あたしは思わず声に出していた。

 刺身に素揚げ、あっち南蛮漬けとこれはなめろうだっけ?お父さんが食べてた記憶がある。

 小振りだけどサバの塩焼きまで!

「これ全部BIGさんが作ったとですか?」

 上がったテンションのまま問いかけるとBIGさんはちょっと照れながら。

「まぁ釣り人ならこのくらい普通たい、食え食え!」

 そう言ってご飯をよそってくれる。

 お椀にはお味噌汁も作ってあるけど何か魚が入ってる?

「味噌汁はアラカブやけん美味かぞ」

 アラカブ?居酒屋で唐揚げ食べたことある!美味しい魚だった!

 食事は沢山作ってあるけどテーブルにはあたしとBIGさんと長老さんしかいない。

「みんなまだ帰ってこんけん先に食べるぞ」

 そう言われて三人で。

『いただきます』

 と、食べ始めた。

 まずは味噌汁を一口。

「なんこれ!めちゃくちゃ美味しい!」

 すごく濃い魚の出汁に味噌が合いすぎる!

 素揚げは骨までバリバリと食べれてスナック感覚、南蛮漬けは酸味と旨味、生玉ねぎの辛味とピーマンの苦味絶妙!

 そしてなめろう。

「BIGさん、なんでこのなめろう2皿に分けてあるとです?」

 あたしが聞くと。

「ああ、味付けを変えとるっちゃんね、まずこっちのオーソドックスなやつから食べてみんね」

 言われて食べると大葉の爽やかさに味噌と生姜の風味、そこに魚の旨味が乗って...!

 ご飯が進む!

「美味かろーが?」

 BIGさんがドヤ顔で聞いてくる。

「はいっ!めちゃくちゃ美味しいです!」

「こっちも食べてみ」

 そう言われてもう一皿のなめろうをパクリ。

 えー?こんなの有り!?

 こっちのなめろうは中華味!これはまた別の美味しさだ!

「前になめろう作る時に味噌切らしてたけん香味ペーストでやってみたら美味くてな」

 BIGさんはそう言ってニヤリと笑った。

「そういえばこのなめろうってどんな魚なんですか?」

 あまりの美味しさについ質問する。

「それはアジゴのなめろうたい」

「え!?恋子さん!?」

 その瞬間頭をスパーンと叩かれる。

「誰がアジゴやって」

 驚いて振り向くといつのまに帰ってきたのか恋子さんの姿が。

「帰ってきたらあまりに美味しそうに食べてるから邪魔しないでおこうと思って見てたら人のことアジゴ呼ばわりするのはやめなさい」

 そう言って恋子さんは横に座った。

「ん!」

 そう言ってBIGさんに手を出すとはいっとご飯が渡される。

 いやもう夫婦じゃんこの2人。

 いただきますと言いながら恋子さんはまず刺身に手を伸ばし一口。

 味わいながら美味しそうに食べると。

「ねえ芽衣ちゃん、こいつ料理全部作ったみたいな顔してるでしょ?」

 あたしは思わず頷く。

「でもこの刺身は長老よね?こいつがこんな丁寧に処理するわけ無いもん」

「ひょっひょっひょ!BIGよ、早速バレたぞい」

 長老さんが面白そうに笑った。

「当たり前でしょ、こんな丁寧な仕事リョーシでもやんないわよ」

「流石にアジばっかり釣ってるアジゴにはバレるか」

 BIGさんはニヤリとしながら言った。

「もー!アンタがそういうから朝から芽衣ちゃんにアジゴさんなんて呼ばれるのよ」

 あ、またイチャイチャしてる。

 長老さんはなんか尊い物を見るような目で見てるし。

 あたしはそっと箸を持ち直すとお刺身を一切れ。

「なんこれ!?お店やん!」

 小骨の感触などまるで無いし、口の中にとろけるしつこく無い魚の脂。

 食べたらわかるキリッと邪魔のない切り口。

 ここって高級割烹のお店だっけ?

 あたしは思わず長老さんを尊敬の眼差しで見てしまう。

「やっぱ長老にはかなわん」

 BIGさんも刺身に舌鼓をうつ。

 あたしはサバの塩焼きを毟って一口。

 美味しい!

 魚の臭みが全くない!すごい!

「さっきまで生きとったし血抜きも完璧やけん美味かろうが?長老には負けるけど俺もちゃんと下処理しとるけんね」

 BIGさんは自慢げに言う。


 美味しかった...。

 食後のお茶を飲みながらあたしは思った。

 まだまだおかずは残っているけど帰ってくる人たちが食べるということでラップをかけてある。


「どうやった?」

 BIGさんの問いに。

「めちゃくちゃ美味しかったです!BIGさんの料理も、長老さんのお刺身も!」

 食い気味で返すあたし。

「そりゃ良かった、これどこで釣ったと思う?」

 そういえば日曜日は船で大物釣ってきたって言ってたよね?

「え?船に乗って釣ったとですか?」

 あたしの答えに笑いながら。

「そこの堤防たい、これざっと2時間の釣果ぞ?」

 と言われて驚いた!

 すぐそこでこんなに釣れるんだ!?

「お手軽やし今度の休みに釣りデビューしてみるや?アジゴも一緒でよかろう?」

「良いわよ、今週は土日シフト入ってないし。

 って誰がアジゴよ!」

 あたしはそのやりとりに笑った

 ていたがそれをみたアジゴさんが若干お冠で言った。

「芽衣ちゃんにもあだ名が必要よねぇ...」

 あ、ヤバい!笑ったの失敗?

「でもまだなんの釣りが気にいるかもわからんとぞ?ズレたあだ名じゃおかしかろうもん」

 そうBIGさんが言うと長老さんが。

「なら潮田芽衣でシオメちゃんでいいじゃろう、なんの釣りでも潮目は大事じゃし」

 と言った。

「潮目ってなんですか?」

 あたしが聞くとBIGさんが。

「海を見ると流れにズレがあるところがあってな、それを潮目って言うったい。

 それだけじゃなかけどよく釣れるポイントの事たい」

 釣れる?

 大漁?

 また美味しい魚が食べれる!?

「わかりました!あたし今日からシオメで行きます!」

 内心釣りガール(笑)が定着しなくてホッとした自分がいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る