帝国憲法第二条/変わらない二人

 当ても無く飛び出した俺は、庭の桜の木の下で息を切らしていた。


「やっちまった…」


 胸の内を明かすことなどいつもなら有り得ない。そのはずなのに、俺は兄貴に感情を打つけ剰え部屋を飛び出してきてしまった。兄貴がしつこいから? 慰めが惨めだったから? いや、違う。俺は自信を持てない自分自身に苛ついていたんだ。自信を裏付けるに足りるだけの研鑚を積んでこなかった俺の自業自得。これに尽きる。事実を事実として受け止めると、みっともなく兄貴に八つ当たりした俺が情けなく思えて自己嫌悪に陥る。


「才様!」


 聞き覚えのある声が俺の名を呼ぶ。聞き覚えがあるどころか、親の声より聞いた声。俺の名を何度も叫びながら物凄い速さで俺の方へ駆けて来たのはイチだった。


「良かった。ご無事で」


「イチ、面倒に巻き込んでごめんな。でもここは家の敷地内だし俺はもう大人だ。いくらなんでも心配しすぎ」


「才様のことは僭越ながら私が一番理解していると自負しております。今上陛下や蘇芳様よりも、お供した時間は長いのです。貴方の心の痛みは私の心の痛みです」


 そうか。イチは敢えてあの場で空気に徹していたんだ。俺の心情を吐き出させるために。


「ありがとな。お陰で良いガス抜きになったよ」


 イチの顔から険しさが消え、安堵の表情を見せたその時、何かが爆発したような大きな音と共にけたたましいサイレンが鳴り響いた。


「な、何が起きた!?」


「これは防犯サイレン…。才様、ここにいては危険です。直ぐに移動しましょう」


「いや待て。音の聞こえた方角から推察するに、俺たちの今いる位置が一番近い。様子を確認しよう」


「ですが…!」


「それに少し嫌な予感がするんだ」


 イチは渋々承諾し、爆発音の聞こえた紅居の門まで付いて来た。


 近衛兵たちが武器を握り、門周辺に集結している。


「一体何事だ!?」


 俺は近衛兵の一人に問うた。


「突然装甲車が門を突き破ってきて、あっという間にこの有様に…。申し訳ありません!」


 門の警備をしていた彼らも状況を完全には把握できていない様子。事の始まりは一瞬だったであろうことは容易に想像できる。そして、こうしている間にも多くの装甲車、バンから続々と武装した侵入者たちが降りて来る。


「数に圧倒されるな! 敵は一応の訓練は受けているようだが素人だ! 落ち着いて一人ずつ対処するんだ!」


 大きな声で近衛兵たちに指示を出したのはイチ。


「何としてもここで食い止めるんだ! ここから先には一歩も侵入を許すな!」


 イチが指示を出してから、近衛兵たちの動きが明らかに変化した。さっきまでの混乱が嘘のように、皆が落着きを取り戻し確実に敵を仕留めている。


「才様、もう大丈夫でしょう。ここは彼らに任せて安全な場所へ避難を」


「いや、乗り掛かった船だ。せっかくだから俺たちも混ぜてもらおうぜ?」


「本当に仕方のないお人だ。分かりました。しかし怪我だけはなさいませんよう」


小さく溜息を漏らしてから、イチは又もや渋々といった表情で俺の提案を了承した。


「その命、俺に預けろ!」


 イチは俺の前に跪くと俺の差し出した右手の甲に唇を重ねた。イチの身体はドロドロに溶け、彼は俺の右の掌でゲル状へと姿を変える。半固形ともいうべきそれは、徐々に拳銃を形作り硬質化した。


「残りはざっと五十人。三分といったところか」


「才様、この程度の雑魚、一分で十分です」


 俺の一言に、掌に握る拳銃が答える。この拳銃は狼男の力を宿すルーガルガン。イチであってイチではない。


「二時に三人。八時に二人。」


 俺はただ、銃に指示されるがままトリガーを引くだけでいい。俺が道具を使うように、道具もまた俺を使う。


「九時に四人。五時に一人」


ルーガルガンから放たれた弾丸は敵の体内に到達すると同時に内部から抉るように飛散。絶命した敵の体は肉食獣に捕食されたかの如く、肉は残らない。


「才様、残り十秒です」


 俺は足元に転がる敵の肉片に左手を突っ込んだ。血に染まった真っ赤な俺の左手が次に向かうのは、ルーガルガンのマガジンにデザインされた狼の顔。鋭い牙が覗くその口に、俺は左人差し指を押し込む。ルーガルガンのマガジンは口からだらしなく血液を溢れさせ、瞳は充血を思わせる不気味な発光を見せる。


 俺が銃口を天に向けると、イチが遠吠えを上げた。天高く昇った銃弾は紅居の屋根程の高さで爆音と共に幾つもに分裂。引力を味方に更に速度を増した小さな弾丸は俺を中心として全方向に降り注ぎ、残る敵陣営を洩れなく肉片へと変貌させた。


「今日はどうだ、イチ?」


「三秒余っています」


「まあ久々だったからな。ピタリ賞とはいかないか」


俺の手から離れたルーガルガンは変身した時と同じくゲル状のプロセスを経て人型のイチへと戻った。


「お前たち、もう出てきていいぞ。全て片付いた」


 被弾するまいと身を潜めていた近衛兵たちが、イチの呼びかけで安堵の表情と共に続々と姿を現した。


「お前たち、いくら奇襲だったとはいえ何だあの為体は!」


 恒例、イチのお説教タイムが幕を開けた。そのスパルタっぷりから近衛兵たちの間では専ら“紅居の番犬”と恐れられていることを彼はまだ知らない。


「これは紅居ラン二時間コースだな…」


 彼も昔から変わらない。

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