紅い帝国-The Vampire Empire-

珠来

帝国憲法第一条/帝の系譜

「今ここに、我が国の東西統一を宣言する!」


 七十年以上の永きに渡り分断されてきたくれない帝国と翡翠ひすい共和国。新紅帝こうていの即位と共にようやくこの瞬間が実現されたことに感極まったのか、人目も憚らず涙を流す者までいる。国の統一を祝福する花火が次々と打ち上がり、戦車が祝砲を放つ。遥か上空では編隊を組んだ戦闘機群が、雲一つ無い澄んだ水色の空をキャンバスに紅一色のカラースモークを描く。街中が祝賀ムード一色だ。


 今日という日はきっと、歴史の転換点として後世に語り継がれることだろう。新時代を迎えた帝国の物語を紡ぐ前に、東西に分断された我が国が統一に至るまでの日々を語ることとしよう。




 時は三年前まで遡る。




 藪から棒に兄貴に呼び出された俺は、兄貴の書斎を訪れた。俺の二歩後ろをキープしつつ背後にピタッと付いて離れない、無精髭が印象的な男は俺専属の従者セルヴォンの一人、イチこと翁富壱蝋おうふいちろう。兄貴と少し話すだけだから一人で行くと何度も言ったのに、彼は心配だからと言って半ば強引に付いてきた。俺が生まれた頃からずっとこの調子なのだから俺が呆れを通り越して殆ど諦めの境地に達するのも無理無いと我ながら思う。


「イチ、俺ももう子供じゃないんだ。いい加減一人で出歩ける。ってか兄貴の部屋に行くだけだぞ」


「才様、私は才様の産声が私の鼓膜を震わせた瞬間からお仕えしております。私にとってはいつまでも才様は才様なのです」


 彼は俺がガキの頃からいつもよくやってくれている。だが少々過保護が過ぎるのが玉に瑕だ。そんな会話をしながらも歩みを進めていると気がつけば兄貴の部屋の前に俺たちはいた。イチが兄貴の部屋の扉をノックし反応を待つ。


蘇芳すおう様、壱蝋です。才様をお連れしました」


「鍵は開いている。構わず入ってくれ」


 イチを連れて入室すると、窓の外を眺めていた兄貴が振り返り、俺たちの方に視線を向けた。兄貴が口を開くより早く、俺がこの部屋での第一声を放った。


「急に呼び出すなんて何の用だよ、兄貴?」


「突然呼び付けてすまないな、才。来てもらったのは他でも無い。次期紅帝の座についてだ」


やっぱりだ。


「兄貴、その話なら今まで何度も聞いたけど、やっぱり俺には…」


 呼び出された時から薄々勘付いてはいたが、兄貴が何を話そうとしているのかが俺には分かる。何年も前から耳にタコができる程、しつこくしつこく洗脳の如く言われ続けてきたのだから。俺の自衛本能が全力で仕事しているらしい。


「察しが良いな。俺と姉さんの立場は以前から変わらない。才、お前に次期紅帝になって欲しい」


「紅帝なんて俺には相応わしくない。昔から何度も言ってるだろ?そもそも、俺は紅位こうい継承順位第四位。第二位の姉貴や第三位の兄貴の方が優先的に紅帝の座に就くのが本来の掟じゃないか」


「確かに紅位継承順位も大切だ。だがな、臣民と帝国の将来を想うのなら、紅帝としての適性を備える者が継承すべきだ。何も紅族こうぞくの血統が途絶える訳じゃない。プラスアルファの考え方を取り入れようってだけさ」


 今上紅帝の宗伝そうでん爺ちゃんが病床に伏す今、次期紅帝について現実味を帯びた話が必要なのは俺だって理解しているつもりだ。そしてこれが俺たち家族だけでなく、帝国臣民、紅帝国の存続にも関わる極めて重大な問題であることも。以前から兄貴と姉貴は俺を将来の紅帝にすると息巻いていたが、爺ちゃんの病気が発覚してからそれまでに増して頻繁にこの話題を口にするようになった。


 だが俺にはその気は一切無い。紅位継承順位に則って考えれば第一位の父さんが紅帝の座に就くのが自然の流れだし、そうでなければ次いで第二位の姉貴、第三位の兄貴が候補となるべきなのだ。罷り間違っても第四位の俺が紅位を継承することなど有り得ない。少なくとも父さん、姉貴、兄貴が存命のうちは。


「兄貴、悪いけど俺は紅帝なんて重責には耐えられない。というか相応しく無いんだよ。何事にも秀でていない俺なんかには」


「才、お前は昔から自信が無さすぎる。自信過剰になれとは言わない。でもな、お前はお前自身が考えている程ダメな人間なんかじゃない。俺も姉さんも、勿論父さんだって、お前を高く評価しているんだぞ。お前の自己評価以上にな。そうでなきゃ紅帝に推薦なんかしないさ。俺たちはそれ程この国の行く末を軽く考えちゃいない」


「だったら俺が俺自身を誇れる材料が何かあるのかよ? 俺は兄貴みたいに秀才じゃないしカリスマ性も無い。姉貴みたいに整ったルックスで国民に愛されるアイドルでもない。子供の頃から父さんの補佐を熟してきた二人に、俺の見てる景色が理解できるのかよ!?」


 年甲斐もなく感情の昂りを表に出してしまった。息を整えてから自分の言葉を反芻し、我に返る。


「才…」


「っ…!」


 珍しく感情を曝け出してしまい居た堪れなくなった俺は、扉を乱暴に開け放ち流れに身を任せて部屋を飛び出した。

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