生の形
竜は続ける。
「私と共にあれ、少年よ。私は竜だ。世界を変えられる。」
「・・・世界を、変える・・・?」
彼は竜をじっと見つめ、その言葉を噛みしめる。竜の低く響く声が、その言葉に不思議な説得力を持たせる。
「そうだ。強欲な人間の蔓延る世の中では、争いが生まれ、貧富が生まれ、不幸が連鎖する。人間の強欲さは留まることを知らず、友好関係にあった我ら竜を攻めるまでに至った。竜の力は奪われ、このような祠に封印したのだ。しかし、私は確実に力を取り戻している。私の力を以ってすれば、この世をどんな世界にも変えられる。争いもなく、飢えもなく、希望のある世界にできるのだ。なあ少年、生きる意味、そしてそなたの生を求める者はない、と言ったな。私と共にあれば、そのような思いは消え去る。何かのために、誰かのために生きるのではない。世界が私を必要とするのだよ、少年。」
「・・・世界が、必要とする・・・」
「そうだ。私と共にあれ、少年。私の血肉となり、共に世界を変えるための力となるのだ。それこそが、お前の生の意味となろう。」
「・・・生の意味・・・」
彼の目から、絶望の色は消えていた。
――――私と共にあれ、少年。
彼はもう抵抗しなかった。彼は何を考えているのか、いや、もう何も考えていないのかも知れない。虚ろな目には、竜の鱗の青が反射する。
竜はゆっくりと口を開き、彼に近づいた。びっしりと生えた鋭い牙が、光にきらめく。彼はそれを受け入れるように膝をついた。
そしてゆっくりと、彼はその中に飲み込まれた――――
◇◇◇
「・・・どうしてあんな話をしたんだ。」
ミズヤは、「食事」を終え再び眠りにつこうとする竜に尋ねる。
「絶望している人間より、程度はどうであれ、希望を持った人間の方が美味いのだ。それにあの少年も、私の血肉となるために生を全うしたと思えば、その命にも意義が生まれよう。」
「・・・ふうん、そうか。」
ミズヤは竜に背を向け、うつむく。
――――誰のために、何のために、か。
ミズヤは、名も知らない少年の言葉を、心の中で反芻する。
・・・私は、こんな竜のためになんか生きてやらない。
「ミズヤ、どうした?また次の人間を連れて来い。あともう少しだ。もう少しで、私の力も戻るはずだ。」
ミズヤははっとして竜の方へ振り向く。
「・・・分かったよ。力が戻れば、呪いの紋様は消してくれるんだよな。」
「ああ、呪縛からも解放してやる。そのために、なるべく活きの良い、強い人間を連れて来い。」
「・・・ああ。」
・・・誰が、こんな竜のためになんか。
ミズヤは壁面まで歩き、壁の前で立ち止まった。何かを唱えると、目の前の岩が割れ、外への通路が開いた。そして次の獲物を探しに、何処かへと向かう。
しかし、分かっている。何処へ行こうとも、竜の呪縛からは逃れられない。ミズヤは、胸に刻まれた竜の紋様を指でなぞる。この紋様がある限り、竜はいつでも彼女の心臓を蝕むことができる。
だが、生贄を与え続ければ――――いつかは、呪縛から解放され、自由になれる時がくる。そして竜のためではなく、別の誰かのため、何かのために生きるのだ。
彼女もまた、彼女なりの生の形を求めているのであった。
真っ暗な洞窟を抜け、祠から出ると、外は夕焼けが広がっていた。それは悲しい血のような赤にも、燃え上がるような赤にも見えた。
さあ、次は何処へ行こうか。
No Hope 宮本南 @m_m_nan
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