遭遇
空腹で頭がぼんやりする。額に汗がにじむ。とにかく腹が減った。疲労も限界だ。彼はふらつき、手を伸ばした先の倒木に座り込んだ。
自分はここで死ぬのだろうか。竜の巣には辿り着けず、森から抜け出すこともできず、たった1人で・・・。
風が吹き、木立がざわめく音が聞こえる。彼は目を閉じ、うなだれた。
俺がずっと探していたものは、求めていたものは――――。
ふと、木立のざわめきの中に、これまでとは違う音を聞いた。風が森を揺らすよりも速く、葉が擦れる音がする。意志を持ったなにかが近づいてくる。
獣か、それとも人か?判別がつかない。彼は立ち上がり、あたりを見回す。音は、息を飲む間に近づいてくる。
「――――うわっ?!」
彼は、思わず声を上げた。木立の中から、突然1人の人間と、それを追う何かが飛び出してきた。うなるように音をあげる翼が、彼の髪を掠めた。彼は状況を把握した。人間が、怪鳥に追われている。
怪鳥は体長1メートル程度で、そこまで大きくはなかったが、鋭い嘴と大きな翼で威嚇していた。ぎらついた目が、逃げる何者かを捉えている。
彼は咄嗟に、手にした短剣を怪鳥に向けて放っていた。短剣は鋭く怪鳥の下腹部に突き刺さり、当たりどころが良かったのか、怪鳥の動きがすこぶる鈍った。
怪鳥と共に飛び出してきた何者かは、その隙を見逃さず、槍のような刃物を振り回す。刃は鮮やかな軌跡を描き、2撃、3撃と翼を傷つけた。翼を負傷した怪鳥は遂に浮力を保てなくなり、茫然と見ている彼の、すぐ目の前に落下した。
地に落ちて金切り声を上げる怪鳥に向かって、何者かは、一歩一歩近づいてくる。
その人間は、彼と同じくらいの歳だろうか、どこか顔に幼さを残す女性であった。
女は、腰に下げた入れ物から太い縄を出し、もがく怪鳥の首を縛り上げた。締め付けを強くし、息の根を止める。怪鳥の最期の金切り声が森に響いた。女は無表情のまま、淡々と作業をこなしていた。
その、手慣れた鮮やかな手つきを、彼はぼうっと見ていた。
女は続いて翼、胴体と縛り上げていく。
「・・・これ、お前のものだろう。返すよ。助かった。」
女は獣の腹に刺さった短剣を抜き、彼に差し出した。彼ははっと我に帰った。
「・・・あ、ああ・・・。」
目の前に現れた女に、頭では警戒しなければと思ってはいるのだが、空腹で体に力が入らない。短剣に手を伸ばす手が震えた。
彼は女の手からなんとか短剣を掠め取り、様子を伺う。手際の良さを見るに、狩りには慣れているようだが、体は細く、特段強そうに見えるわけではない。後ろで1つに結ばれた銀色の髪が目につく。身なりは汚くはないが、綺麗というわけでもなく、ありあわせの衣類を身につけているようだ。何となく、彼は自らと近しいものを彼女に感じた。まるで――――。
「・・・お前は、盗賊か?」
ふと、女が声を発した。彼は驚き、咄嗟に答える。
「えっ、まぁ、そんなところだ。・・・何で分かる?」
「何となく。同業者の勘ってやつかな。」
女は縛り上げた怪鳥を肩に背負い、立ち上がった。さっきまで彼女を追いかけていたそれは見る影もなく、縄で縛りあげられ、ぴくりとも動かなくなっていた。
・・・同業者。彼は、その言葉を頭の中で反芻した。
「・・・お前も、盗みやってんのか?」
「盗む時もあれば、こうやって狩りをする時もあるし、時々によるかな。本業は盗賊だと思ってるけど。」
「・・・」
「警戒しなくていいよ。さっきは突然のことだったけど、一応助けてもらった。この鳥、なかなか隙が見えなくてさ。」女は無表情のまま、肩に下げた獣を小突く。「だから、お前からは何も盗りはしないよ。」
女は襲いかかってくる様子もないため、彼は安堵した。そして一縷の望みをかけ、彼は女に尋ねる。
「・・・なぁ、お前、どこから来た?俺、この森で迷ったみたいなんだ。街に行く方角・・・いや、どこだっていいから、この森から出る術を知っていたら教えてくれないか。」
女は無表情のまま、彼を見る。
「・・・残念だけど、私も来た道が分からなくなってしまった。しばらくこの森を彷徨っているよ。」
彼はうなだれた。・・・ここは、迷いの森なのか。もう抜け出すことはできないのだろうか。
女は何かを躊躇うように黙っていた。しかし、しばらくして口を開いた。
「・・・希望になるかは分からないけど、森を彷徨っている中で、あるものを見た。」
彼は、はっとして女を見た。女は続ける。
「岩に囲まれた空間で、獣を食い散らかした跡と、糞のようなものもあった。まるで、何かの巣のようだったよ。何の巣なのかは分からないけれど、中の様子を見るに、散らかっていたものは新しかったから、まだ使われているようだったが・・・」
「・・・それ、まさか、竜の巣じゃないか?」
彼は思わず女に尋ねた。女の無表情の中に、驚きの色が混じった。
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