③リバース・セレナード 後編

※4は本編『1-1 Étude~エチュード~』、5は『5-2 Romance~ロマンス~』の外山視点です。



        4

 明里とショウは同じ高校に進学した。三年生になり、2人はまた同じクラスになった。


 新学期初日。転校生の話題で盛り上がる教室に、が現れた。


 「高峯たかみねアキラです。父の転勤でこの土地に越してきました。よろしくお願いします」


 高峯アキラは向けられる好奇の視線が、全く見えていないかのように振る舞っていた。


 ショウとは違うタイプの美形だ。二人の印象を異なったものにしているのは、目元の雰囲気だろうか。


 その姿を見て、ようやく確信が持てた。


 学生向けの各コンクールで華々しい成績を残している、高峯アキラ。彼の姿は映像で見たことがある。同姓同名の別人ではなかったのだ。


 昼休みになると、明里は音楽室でピアノの練習を始めた。今週末にはコンクールの予選を控えている。


 予選から本選までの期間があまり長くないため、明里は予選だけでなく本選の曲もすでに準備していた。


 予選を通過できなければ元も子もないのだが、予選の曲をメインに練習しつつ本選の曲も弾くのは、ちょうどいい気分転換になる。


 〈テンペスト〉を弾いている最中に、音楽室の扉が開いた。


 演奏を中断して扉の方を確認すると、ショウと高峯アキラが立っていた。やけにキラキラとした二人組だ。


 「あ、高峯くんとショウだ」


 「外山。練習中だった?ごめん、高峯くんに学校の中案内してたんだ。すぐ出ていくから」


 「いいよいいよ。気にしないで」


 そう答えた明里の視線は、すぐにショウの隣へ移った。アキラはショウの隣で、愛想良く立っている。


 「ねえ、高峯くんって中学一年生の時にジュニア音楽コンクール中学生の部で全国優勝してたよね? 名簿見た時すぐにピンときちゃった」


 明里は兼ねてより高峯アキラの演奏を知っており、有りていにいえばファンだった。


 なので明里はそのことについて、つい興奮気味に話した。


 その途中、ショウの曇った表情が目に入った。居心地悪そうに、明里とアキラを見ている。相変わらず彼の表情は無防備だ。


 (やめてよそんな顔。期待させないで)



 二人が出ていき、明里は音楽室に一人残された。指を動かしながらも頭は別の思考に支配され、練習にまるで集中できていなかった。


 明里の気持ちはともかく、ショウは明里に対して恋愛感情を持っていないはずだ。万が一なにか持っていたとしても、それは友人に対するものだろう。


 ショウとどうこうなりたいとは、考えたことがなかった。


 自分の手には届かない存在。


 見つめているだけで満足。


 だなんて思っていない。


 そう考えるのが気楽だ。

 


 明里にはそれよりも気になることがあった。転校生、高峯アキラのことだ。


 彼は多分、ショウに並々ならぬ思いを持っている。これは直感だ。根拠を問われても、自分もそうだからとしか答えようがない。


 彼なら、ショウの殻を破ってくれるかもしれないという予感。


 間違っていてもいい、的外れでもいい。ただ、願うだけなら。


 (私には無理だったから…。高峯くん、お願い…)


        5

 ショウがコンクールの地区本選を見に来ると聞いた時、明里は驚いた。ショウはピアノを避けているのだと思っていたからだ。


 当日は、いつものコンクールよりも気合を入れて髪をセットした。意外にも緊張はほとんどせず、心は限りなく凪いでいた。彼にだけ聴かせるつもりで〈黒鍵〉と〈テンペスト〉を演奏した。



 しかし、彼の意思を変えたのは高峯アキラの演奏だったようだ。


 アキラはついに、ショウをステージへ引き戻したのだ。



 学校祭一日目の音楽室。


 ディーラーの衣装コスプレを着た二人組デュオが、『マ・メール・ロワ』の〈妖精の園〉を演奏している。


 状況はちぐはぐで現実味が無いが、これは偽りなく現実だ。



 ようやく見られた光景。



 目頭が熱い。油断すればこぼれ落ちそうだ。



 ショウは昔から変わらない綺麗なフォームで、ふわりとした音にしっかりと響きを持たせて奏でる。



 長いブランクがあっても、根本は変わってない気がした。



 ぼやけた視界に映る、あこがれの人と出会った日の気持ち。



(やっぱりあなたに



 一度目は彼の音楽に。二度目は彼自身に。


 封じていた気持ちを、あの時以上の感情を持って、もう一度思い出した。




(次回『ガパオにエスコート』)

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