第393話 常識人と非常識人

 そうして案内された領主邸は、港からほど近い高級住宅街の入り口にあった。乗り心地の悪い馬車を下りると、執事らしき人物に迎え入れられる。


「お待ちしておりました」


 ここにやってきたのは俺だけだ。莉緒とイヴァンには引き続き冒険者ギルドで監視を行ってもらっている。

 ロマンスグレーな筋肉ムキムキおじいちゃん執事に案内されると、メイドから素早く紅茶が淹れられる。


「すぐに主が参りますので今しばらくお待ちください」


 それだけ告げて壁と一体化するように控えていると、ホントにすぐ領主がやってきた。


「待たせたようですまない」


 高身長の痩せ型をした、眼光鋭い四十代くらいの男だ。びっちりと整えられた青い髪が特徴的だ。名前はガーゼナッシュ・クイングルと自己紹介してくれたので、改めてこちらも名乗る。


「さっそくだが依頼について話をしたい」


 ソファへと座ると、メイドから自分の紅茶が用意されるのを待たずして話を切り出してきた。


「最近街におかしな方言を話す人間が増えているのは知っているだろうか」


 なんですと。今まさに調査を進めているところですが何か。


「そうなんですか?」


 馬鹿正直に話してもいいけど、ここは知らんふりでもしておこう。もう始めてるなら報酬二倍はなしね、とか言われるとなんか負けた気になるし。


 領主の説明を聞いたところ、メサリアさんが言っていたこととほぼ同じ内容だった。やっぱり周囲にあんな方言を話す地域はないようで、どこから来たのか探ってほしいという依頼だ。

 やはり領主からすれば得体のしれない集団は気になるというところか。


「奴らが拠点としている民家もあるようでな。そちらには監視を付けているが、今のところ動きはない」


 領地ともなれば地元だろうし、さすがにヒノマルの情報組織よりも違和感に気づくのが早いのかもしれない。


「というわけだが、引き受けてもらえないだろうか」


「うーん……」


 もう調査は始めているけど、ホイホイ引き受けるよりもしぶしぶ感を出したほうがありがたがられそうだ。


「貴殿の領地もここから近いだろう。もし奴らが大それたことを考えていたとすれば、そちらにも被害が及ぶ可能性があるだろう」


「そうですね……。わかりました。引き受けましょう」


 とはいえ領主から、俺たちが調査するようになった理由を言われてしまえば断ることはできない。突っぱねられないことはないけど、嘘を吐くことになっちゃうしねぇ。


「そ、そうか! 引き受けてもらえるならありがたい」


 喜んでもらえて何よりだ。

 領主本人もそうだが、仕える家臣たちもみんな権力を笠に着ないできた人物ばかりだった。冒険者にも丁寧に接してくれる人間というのも世の中にはいるもんだ。


「ええ。さっそく民家を探ってみますよ」


「ああ、よろしくお願いする」


 こうしてあっさりと領主の依頼を受けることが決まった。




 領主邸での話が終わったことを念話で告げると、まだギルドにいるということなので戻ってきた。


「受けてきたんだ」


「うん。珍しいことに、屋敷の人らみんな常識人だったよ」


「へぇ」


「常識ねぇ……」


 莉緒が物珍しそうにしている横で、イヴァンが何やら遠くを見つめている。常識なんてのは人によって違うものだと思っているが、俺たちはその常識人とやらとの遭遇率がかなり低い気がしている。


 よく見れば壁際で伸びている冒険者の男が数人いるが、きっとコイツラも常識がなかった部類だろう。こういう奴らはどこにでもいるんだが、どうなってるんだろうな?


「とにかく、さっそくその民家に行ってみようと思うんだけど」


「ここはもういいのか?」


「いいんじゃない? その民家に行けば確実にいるんでしょ?」


「確実かどうかは知らんけど、いる可能性は高いと思うぞ」


「なるほど」


「じゃあ行きましょ」


 こうして短い話し合いの末、民家へと向かうことになった。


 時間帯としてはそろそろ夕方に差し掛かるだろうか。大通りからだんだんと民家が集まるエリアに入っていき、人通りがなくなってきたところだ。

 のんびりと歩いて向かう俺たちの後ろから、人の気配が近づいてくる。だいたいは常時展開している気配察知なので、通りすがりの街人かと思っていたんだが――


「莉緒たん!」


 その気配から聞こえてきた声は、おぞましい寒気を伴うものだった。

 呼ばれた本人である莉緒を見れば、顔が青くなっている気がする。このまま振り返らずに後ろの人間をぶっ飛ばしたい気分に駆られたが、莉緒の名前を呼ばれたし一応相手が誰なのか確認はしておかなければならない。


「やっと見つけた……。ぼくの莉緒たん!」


 振り返ると同時に聞き捨てならない言葉が聞こえてくる。


「あ?」


 威圧と共に睨みつけるが、相手は怯む様子すら見せない。

 というよりも、莉緒に腕をぎゅっと抱きしめられたことによって、俺をようやく認識したような気がする。


「お前が、ぼくの莉緒たんを……!」


「えぇ……、なにあれ……」


 ドン引きする莉緒だけど俺も同感だ。なんなんだコイツは。


「許さないぞ!」


 身構えていると、聞く耳を持たずにこちらに駆けてくる。懐からはナイフを取り出していて、もうどこからどうみても怪しい人物全開だった。

 近づかれたくも会話すらもしたくなかった俺は、奴の進行方向に向かって次元の穴を開くと、魔法で相手の背中を押してやると――


 穴を閉じればもうそこに、クラスメイトの一人であった根黒ねぐろ拓斗たくとの姿はどこにもなかった。

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