第391話 え、嫌ですけど
「新手か!?」
告げられた言葉に思わず足が止まる。
「うん? ……人族、だと?」
弓をこちらに向けて警戒するダークエルフの女性に返事をしようとしてハタと気づく。そういえばここら辺一帯で使われているブリンクス語ではない。エルフ語とかそんなやつだろうか。もらった土地の入り口以南に村はないと聞いていたので、長年外部と接触をしていない部族なのだろう。
「俺のことよりあっちはいいのか?」
こちらも相手に合わせてエルフ語で返す。
ブラックオーガ相手に何人ものダークエルフが蹴散らされている様子を指さす。俺をオーガと間違えたようだが、問題はあっちのほうだ。
指さしたほうを見れば、ブラックオーガに一人のダークエルフが吹き飛ばされたところだった。バックステップして威力をいくらか殺したようではあるが、ブラックオーガの一撃は強力だ。かばった腕は変な方向に曲がっていて、戦線に復帰は無理そうだ。
「リゼルエーデ様!」
吹っ飛んだ人物に思わず俺から視線を外すダークエルフの女。さすがに弓の狙いがブレないのは弓が得意な種族だからか? まぁただの推測なので本当のところはわからないけど。
リゼルエーデと呼ばれた者に代わってすぐに穴が埋められたようで、まだブラックオーガの包囲網は崩れていない。そのおかげか負傷者が追撃を受けることはなさそうだ。
とはいえそれも時間の問題だろう。というよりも、ダークエルフたちがただやられるだけの様子を見てるだけなのも飽きる。
「な、何を――」
魔力を練っていたのがバレたのだろうか。声を掛けてくるものの、言い終わる前に俺の魔法が発動する。
久々に狙撃魔法を使ってみた。以前帝国で巨大亀の甲羅に穴を開けたやつだ。といってもあの時ほど魔力は込めていないけど。
頭を撃ちぬかれたブラックオーガが一瞬痙攣した後、ゆっくりと倒れていく。
「ぐっ、何者じゃ!?」
リゼルエーデと呼ばれた女が、他の仲間に介抱されながらも声を掛けてきた。治癒魔法をかけてもらっているようだが、彼女がこの集団の長なのだろうか。
「俺は柊。ただの冒険者だけど」
改めて何者だと問われてもそう答えるしかない。付け加えるとすれば。
「あの北の山の向こう側から来た」
「なん……だと?」
俺の言葉に周囲のダークエルフたちが騒めきだす。
「北の山を越えてきたのか?」
「バカな」
「ありえない」
えらい言われようだが、あの山ってそんなにヤバいところなんだろうか。
次元の穴を開けて山の向こう側から移動しただけなので、変なことは言えない。
「登るだけで呼吸が苦しくなる呪いの山ぞ。ただの人族が越えられるはずがないではないか」
リゼルエーデと呼ばれた女の言葉に北の山へと視線を向ける。中ほどから山頂にかけて雪に覆われており、パッと見ただけでも富士山は軽く超えていそうな高さがある。それ以上の高さの山は見たことがないので何とも言えないが、山頂付近は空気が薄そうだ。もしかして空気の薄さを呪いと言ってるんだろうか。
「えーっと、ここら辺に何があるのか調べに来ただけなんだけど」
「ふん……。呪いの山を越えたなどとホラを吹くような人族の言葉なぞ信じられるものか」
「あ、そう」
肩をすくめて周囲を見回す。助けたことを笠に着るつもりはないが、嘘つき呼ばわりされるのは気分がよくない。
最初に声を掛けてきた女はさすがに構えていた弓を下ろしているようだが、全員警戒心がバリバリである。人が誰も来ない場所だとこんなものなのかもしれないが。
「じゃが、あのオーガを倒してくれたことには礼を言おう。あのままでは
一通りの治癒が終わったのか、治療された腕を動かしながらリゼルエーデが立ち上がる。オーガにやられていた他のメンバーも次々と治療されているようだ。
「そりゃよかった」
今回はたまたまオーガに蜘蛛TYPEが破壊されたっぽいが、もしかするとダークエルフたちに蜘蛛TYPEが見つかっていた可能性もある。そうなっていれば敵対される可能性もあったので、まだマシかと思っておこう。
となれば、ダークエルフに見つかる前に蜘蛛TYPEは回収したほうがいいかもしれない。こんなに警戒心バリバリな種族に怪しいものが見つかれば、さらに警戒心が上がってしまいそうだ。
「それじゃ俺はこれで」
「待たれよ」
早々に退散しようと回れ右した俺を引き止めてくるリゼルエーデと呼ばれた女。
「まだ何か?」
多少の不機嫌さをにじませながら振り返ると、尊大な態度で見下ろしてくる女と目が合った。
「礼をすると言ったじゃろう。我が集落に寄っていくがよい」
何でお礼を言う側が偉そうなんだ。あんたたちが苦戦したブラックオーガを含めて、大半のオーガをやったのは俺なんだぞ。
「え、嫌ですけど」
「は?」
思わず反射で出た言葉に女も目を丸くしている。
礼をすると言えばホイホイとついてくるとでも思ったんだろうか。態度が悪いのもそうだが、一番気に食わないのは――
「自分から名乗りもしない、他人をホラ吹き呼ばわりする種族の礼なんぞお断りだと言ったんだ」
まったく、関西弁をしゃべるやつらの調査をせにゃならんというのに、不快な連中の相手なんぞしてられるか。
「じゃあな」
集落周辺は避けるように他の蜘蛛TYPEたちに指令を出しつつ、重苦しい空気に殺気も混じり始める中、とっとと撤退する。こいつらのことはこっちが落ち着いてから考えるとしよう。
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