第386話 巨大魚の引き渡し

「あ、フォニアちゃんだ!」


 我が家のシェフに作ってもらった朝食を食べて、フォニアと孤児院にやってきた。イヴァンは冒険者ギルドへ向かい、依頼を受けてくるとのこと。ニルは俺たちと一緒にいる。なんだかんだと孤児たちにも人気だかららしい。


「わふわふっ!」


「わふわふ」


 孤児院の入り口を潜ったところで、庭で遊んでいた子どもが駆け寄ってきた。ニルが返事をすると、フォニアより小さい女の子が真似をしながらトテトテと歩いてくる。


「遊びにきたよ!」


 そんな子どもたちに向かってフォニアが駆けていく。


「あら、来てくれたのね。ありがとう」


 すると子どもたちの集団の中から一人の少女が声を掛けてきた。

 孤児院には未成年の十四歳までの子どもがいるが、その中でもちょうど真ん中くらいのらいの身長をした女の子だ。俺よりも十センチは低いだろうか。しかし孤児とは思えないくらい落ち着いた雰囲気があり、とても大人びて見える。


「えへへ」


 少しだけ屈むと優しい笑顔を浮かべてフォニアの頭を撫でている。


「いんちょう先生! 遊んできていい?」


 そんな少女に向かって孤児の一人が声を掛ける。


「ふふ、せっかく来てくれたんだものね。遊んでらっしゃい」


「うん! いこ、フォニアちゃん!」


「いってくる!」


 さっそく誘われたフォニアが笑顔で振り返って告げると、孤児院の子どもたちに手を引かれるまま走りだしていった。


「……院長先生?」


「あ、はい。ここの院長をしております、ケイティと申します」


 その場に取り残された少女が笑顔で挨拶をする様子を、しばらくボケっと見下ろしていると。


「あ、冒険者の莉緒です。こっちが柊です」


 早くも正気に戻った莉緒が先に挨拶を返し、俺も慌てて挨拶する。

 てっきり孤児の一人だと思ったけど院長先生だったのか。しかしこの大人っぽい雰囲気は子どもには出せない説得力がある。


「フォニアちゃんのお兄さまとお姉さまですね。話は伺っております」


 どんな話を聞いてるのか気になるけど、なんとなく聞くのは憚られる。


「こちらこそ、フォニアが楽しそうにしててよかったです」


「ふふふ、院長なんてしている私がこんなに小さくてびっくりしたでしょう」


 当たり障りのない受けごたえをすると、院長自ら小さいことに触れてくる。

 ちょっと平均より低い身長を気にしてる自分が小さく見えてしまったが、同時にケイティさんが本当の意味での大人に見えてくるから不思議だ。


「小人族なので、これで成人しているんですよ」


 話によると二十代後半と十分に大人だった。見た目は人族の子どもにしか見えないのでよく間違えられるらしい。種族あるあるといったところか。俺の背の低さも日本人あるあるにならないものか。


「せっかくなのでお茶でもいかがですか」


「では、ごちそうになります」


 俺たちを誘ったフォニア自身が俺たちを放置して遊びに行ってしまったので、ケイティさんのお誘いに乗ることにした。




「ん? なんか広くなってる?」


 孤児院でお茶を頂いて、どうせならと孤児たち全員にお昼ご飯の魚をふるまったあと、予定通りに魚を納品すべく港へとやってきた。


「ほんとだ!」

「ひろーい!」

「うわぁ」


 孤児たちを引き連れて。


「こら、走り回るなよー」


 とはいえ引率は年長組が担当しているので、正確にはただ付いてきただけだ。前に港で解体ショーをやったときも孤児が何人かうろついていたし、今から巨大魚を受け渡しに行くと言ったら付いてきたのだ。

 解体はその場で行われるだろうけど、魚を買い取ったマイルズさんがその場で魚をふるまうかどうかはわからないと伝えてはいる。食べられないとしても見てるだけで楽しいのだろう。


「シュウ殿!」


 すでに野次馬も集まりつつある広場で、マイルズさんが飛び切りの笑顔で出迎えてくれる。後ろにはデカい刃物を携えた冒険者たちが控えているが、もしかすると解体のために雇った冒険者たちなのかもしれない。


「マイルズさん。約束通り持ってきましたよ」


「ああ、露店も下がらせて場所を空けておいたのでな。これなら大丈夫じゃろう」


「なるほど」


 改めて見渡せば、確かに露店があった記憶がある。設置されていたベンチなども移動されているし、確かにこれなら大丈夫かもしれない。一匹だけなら。

 後ろの冒険者たちは予想通り解体作業のために雇ったとのことだが、実力はそこそこありそうだが解体の腕まではわからない。


「持ってきたって……、どこにもそないなデカい魚おらんやんけ」


 一人だけ不満そうにぶちまけていたが、マイルズさんや他の冒険者たちに強制的に引っ込まされていた。まぁちゃんと抑えてくれているならこちらも文句はない。


「そういえば魚の種類は指定されてなかったですけど、どれがいいですか?」


「あーっと、そんなに種類があるんじゃろうか? 巨大魚にどんな種類があるのか知らんのじゃが……」


 確かに。鑑定して名前はわかるけど、普通に出回っている魚と同じ種類の巨大魚がいるとも思えない。ほぼ間違いなく違う種類の魚のはずだ。


「じゃあどれがいいか選んでください」


「えっ?」


 せっかく空けてくれた場所だけど、一匹しか置く場所がない。異空間ボックスから取り出した巨大魚を魔法で空中に固定すると、次々と取り出して宙に固定していく。


「ぎゃー!」

「兄ちゃんすげー!」

「おっきい!」


 一部悲鳴を上げて逃げる野次馬もいるが、おおむね歓声と思われる叫びが上がる。孤児院の子どもたちは大喜びだ。フォニアは涎を垂らす勢いで空に浮かぶ魚を見上げている。


「いやはや、これほどとは……」


 小物以外の百メートル級を十種類ほど空に浮かべたところで、マイルズさんが冷や汗を流しながら呟く声が聞こえた。

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