第384話 二つの指名依頼
翌日、さっそくマイルズさんの指名依頼を受けるためにアイソレージュの街へとやってきた。イヴァンは何度か来てるみたいだけど、この街の冒険者ギルドに顔を出すのは初めてだ。どうせなら依頼を受けてからマイルズさんに会いに行ったほうがいいだろう。
ギルドの雰囲気となればだいたいどこも一緒だ。
荒くれ者が多く、大人しい人間は少数派だ。アイソレージュの冒険者ギルドも似たようなものだった。
「指名依頼が出てるって聞いてきたんだけど、あります?」
早朝の混む時間帯を避けて来たつもりだったが、それなりに人がいるギルド内部。受付カウンターに並んで順番が回ってきたので、ギルド証を出しつつも職員に尋ねてみた。
「は、はいっ! 少々お待ちください!」
ギルド証を確認した職員が、緊張した面持ちでカウンター内に引っ込んでいく。周囲の視線を集めるが一部を除いてすぐに散っていく。
「えーっと、シュウさんですね。確かに指名依頼が二件入っています。受けられますか?」
「二件?」
訝し気に問い返すと、職員が手元の紙を覗き込んで頷き返してくる。
「はい。確かに二件きています。湾外の巨大魚を獲ってきて欲しいというラシアーユ商会のマイルズさんからの依頼と、もう一件は調査依頼ですね。詳細は依頼主である領主様からとなっていて、不明ですが……」
「ふーん」
詳細不明の調査依頼って。
「そんなよくわからないもの、受けるわけないじゃない」
「え? えーっと、あの、依頼主は、この街の領主様なんですが……」
大事なことなのか、職員がもう一度依頼主を告げるがそれでこっちの答えが変わるはずもない。
「いや、そんなの関係ないし」
「ルール上断れないことはないんでしょう?」
「あ、はい。……確かにそうですが」
渋面を浮かべる職員だったが、折れない俺たちにはなすすべもない。事実上の貴族からの指名依頼なんて断る人間はいないんだろうが、今の俺たちに拠点の発展より重要なことは存在しないのだ。
拠点の内装を充実すべく、俺たちもマイルズさんに発注したいものがいろいろあるので、向こうの依頼を受けるのも吝かではないだけだ。今後も取引をする約束したしね。
「そういうわけで、マイルズさんの依頼だけ受けます」
「……わ、わかりました」
大きくため息をつきつつもしょうがないと諦める職員だったが、とりあえずマイルズさんの依頼は受けられたのでよしとしよう。
「それじゃまた」
何事もなく手続きを済ませてカウンターを離れる。ギルドを出る時にどこかから舌打ちが聞こえてきたけど、特に絡まれることもなく外に出た。
「何かあるかなって思ったけど、何もなかったわね」
「それが普通なんだろうけど、この国で俺たちに絡んでくるやつはさすがにいないんじゃない?」
「あはは! 『国落とし』だもんね」
さすがに自惚れじゃないよなと思いながら言葉にすると、莉緒にからかわれてしまった。国落としってそんなに広まってるんだろうか……。
「じゃあマイルズさんのとこに行きましょ」
肩を落としていると、莉緒が腕を組んで引っ張っていく。
「はぁ……、まぁいいか」
広まってしまった二つ名は止めようがない。なので、できることと言えばさらに大きなことをやらかして上書きするくらいだろうか? とはいえ上書きした二つ名がさらに恥ずかしいやつになれば目も当てられないし、そもそも上書きできるほど大きなことをやらかすのも簡単ではない。
「ここかな?」
大きくラシアーユ商会と書かれた看板の前で足を止める。
マイルズさんの商会は、冒険者ギルドからしばらく歩いた貴族街との境目あたりにあった。さすがに商業国家で六大商会と呼ばれるうちのひとつであるだけあって、その規模は大きい。
まだ朝の早い時間帯だが、それなりにお客さんも入っているようだ。カウンター内にいた店員を適当に捕まえると、受けたばかりの依頼票を見せてマイルズさんに取り次いでもらう。
「ようこそいらっしゃった! さっそく受けてもらえるとはありがたいことじゃ」
案内してもらった店の奥にある応接室でお茶を飲みつつ待っていると、マイルズさんが満面の笑みでやってきた。
「最速で今日の昼一には港に巨大魚を届けられますけど、いつまでに欲しいですか?」
「え?」
さっそく期限の話を振ってみたが、一瞬だけマイルズさんの表情が固まる。
「いやいや、ソレージュ湾外じゃろう? 普通に船を出して行って帰ってくるだけでも最低十日ほどかかるはずじゃぞ?」
まじで? そんなにかかるのか?
思わず莉緒と顔を見合わせると、同じように驚いた表情になっている。
「それにこちらも解体要員の準備もせねばならんし……」
むむむと考え込むマイルズさんだったが、解体要員もこれから集める予定だったようだ。
「俺たちとしてはいつでもいいですよ」
「そうね。今は特に急ぎの仕事もないし」
「まったく否定せんとは……。よし、ならば二日後の昼でよろしく頼む。解体要員を急ぎで揃えておくとしよう」
「えーと、無理してまで急がなくていいですけど」
「なんの。拙速を尊ぶとも言うしの。仕事が早ければ勝機もおのずとやってくるもんじゃ」
「はぁ」
何やら自慢げなマイルズさんだったが、大丈夫というのであれば俺たちから何も言うことはない。
「それじゃ二日後に港に持って行きますね」
「うむうむ。こうしちゃおれん。儂もすぐ準備にかかるとしよう」
善は急げとばかりに席を立つと、俺たちを部屋に残してさっさと出ていくマイルズさんだった。
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