第375話 集まる人々

「おうおう兄ちゃん、ずいぶんと景気よさそうじゃねぇか」


 ソレージュ湾近海で漁をするようになって五日目。今日も今日とて港で巨大イカを解体し終わってエルに料理をふるまわれていると、いかにもな恰好をした男三人組に声を掛けられた。

 とはいえ景気がいいのは事実だ。


「そりゃもう大漁でしたからね」


「ほほぅ、そうかそうか。なんなら俺たちにも食わしてくれねぇか? カネは払うからよ」


 もう一人の男が懐からお金の入った袋を取り出している。てっきり絡んできたのかと思ったけど違ったようだ。


「だったらあっちに混ざってくるといいですよ」


 隣で盛り上がっている漁師たちを指さすと、気が付いた漁師のおっちゃんが手を上げていた。


「がっはっは、おめぇらもこっちきて食え食え!」


 若干酒が入って出来上がっているが、片手に炙った干しイカを手にして上機嫌だ。

 ちなみに干しイカは魔法で水分を抜いて作った即席版だ。じっくり時間をかけて天日干ししたものと食べ比べしたいと思っている。


「いいのか?」


「どうぞどうぞ」


 気が付けば冒険者やスラム街の浮浪児なども混じっていて、規模が初日の三倍ほどになっている。浮浪児にこっそりと浄化の魔法をかけたり、たまに食材をかっさらっていく子どももいるが関知しない。漁師に提供済みの食材なので俺たちは知らん。


「高ランクの冒険者とお見受けする。ぜひとも食材をうちの商会に卸してもらえんじゃろうか!」


 今度は商人らしき人物がやってきた。さっきのチンピラ風の男たちと比べると、まともな格好をしている。


「あー、えーっと」


 イヴァンが戸惑った声を上げると、はっと気が付いた商人が慌てて自己紹介を始めた。


「これは失礼した! わしはラシアーユ商会のアイソレージュ支部を任されておる、マイルズ・ラルフレッドという者じゃ」


 改めてイヴァンに向かい合うマイルズと名乗る商人。見た目が一番強そうに見えるのはイヴァンなのでしょうがない。むしろイヴァンが相手をしてくれるなら面倒がなくていい。

 しかしラシアーユ商会か。フルールさんは元気にしてるんだろうか。地竜をオークションに出してもらって以来か。


「巨大魚を仕留めたのは俺じゃないんだ。……シュウ、おい、シュウってば!」


 ちょっとだけ昔を振り返っていると、隣のイヴァンから揺さぶられる。


「な、なんと、これは申し訳ない! 巨大魚を仕留めたのはあなたでし……、ん? シュウ殿とおっしゃる……?」


「ああ、すみません、仕留めたのは俺と、あっちにいる莉緒です」


 イヴァンから俺に向き直った商人へと返事をすると、相手は相手で俺を凝視している。そんなに見つめられても困るんだが。


「も、もしかして、Sランク冒険者の、『国落とし』のシュウ殿でありますか?」


「んん?」


「「国落とし」」


 名前の前に変なものが付いていて聞き間違いかと思ったけど、すぐ後にイヴァンと莉緒の言葉が綺麗に重なる。


「それって二つ名ってやつだよな?」


「あ、はい、そうですな。国としては自国が落とされる寸前までいった話が広まるのは避けたかったでしょうが、あれだけ目立ったなら防ぐこともできなかったかと」


 イヴァンの質問に丁寧に答えてくれるマイルズさん。付いた経緯はわかるけど、実際に呼ばれるとちょっと恥ずかしいな……。


「ふーん。国落としねぇ」


「へぇ。国落としかぁ」


「くにおとし?」


「うるせぇな」


 口々に二つ名を言葉にする仲間たち。思わずぶっきらぼうな言葉を返してしまったけど許してくれ。


「あー、それで、巨大魚の買取でしたっけ」


「あ、はい、そうです!」


 強引に話を戻すと商人のマイルズさんに向き直る。


「欲しいなら売りますけど、どの種類を何匹くらいご入用で?」


 俺の言葉に合わせるようにしてエルが登場したかと思うと、カバンからサッとA4用紙の紙を数枚出してきて広げる。

 そこには湾外で仕留めた巨大魚たちが写真と共に詳細に記されていた。

 練習がてらにエルがパソコンで作成した資料らしいが、素人目に見てもしっかりと作られているのがわかる。


「な、なんじゃこの真っ白な紙は!? それにこの絵は……! まるで紙の中に本物がいるようではないか!」


 大仰おうぎょうに驚くマイルズさんだが、資料をひっくり返したり紙のほうに意識が行っているようで買取の話が進まない。

 とはいえその話は俺にとって早急に決めなければならないことでもない。イカそうめんを食べながらのんびりと待つことにした。ワサビが効いていて美味い。


「その資料は差し上げるので、後でじっくりとご確認ください」


 しかしなかなか話が進まないエルがしびれを切らし、笑顔でマイルズさんに告げる。


「はっ!? こ、これは失礼した」


 我に返ったマイルズさんがじっくりと資料を眺めながら、むむむと唸っている。


「――ッ!?」


 が、何枚か紙をめくったところで動きが止まった。よく見ればタコの写真が載っていたけど、この世界じゃ海の悪魔とか言われてるんだっけか。デカすぎてぶつ切りにしたらタコかどうかわからない物体になったから、黙ってればわからないと思う。

 どうするのかと思ってたら、見なかったことにするらしい。引きつった顔のまま次のページへと紙をめくっている。


「――ぶふぉっ!?」


 と思ったら盛大に吹いた。

 用紙を覗き込むと、そこには毒持ちの魚の写真があった。もちろん巨大魚が毒を持っていることなど一般人は知らないだろうが、きっと似た魚が湾内でも獲れるのだろう。

 鑑定すればどの部位に毒があるかすぐわかるので問題はない。


「おー、それな。昨日食ったけど、すげぇ美味かったぜ」


 隣のテーブルで宴会をしている漁師がちょいちょいと口を挟んでくる。


「よろしければ試食をどうぞ」


 エルが一口サイズの刺身と塩焼きが乗った皿を、見終わった資料の上に置いていく。しかも刺身の種類ごとに合った調味料や薬味付きだ。

 ここまでされて食わない選択肢はなかったのだろう。


「どれも美味い!」


 いろんな情報を一気にインプットされたマイルズさんがヤケクソ気味に叫んでいた。

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