第374話 試食祭り
その日は入れ食い状態だった。普段狩られることのない巨大魚だからか、生きたエサを用意すれば面白いほどに食らいついてくる。
しかし海上まで釣りあげるのが面倒になったのと、遠くの大型船からなにか見られるような気がして途中で釣り方を変えた。
餌を手に持って直接海中に潜ると向こうから襲い掛かってくれるのだ。自分で動けばいいのでわざわざ生きたエサを用意する必要もない。向かってくる相手の目の前に異空間ボックスを広げるだけで自分から入ってくれる簡単なお仕事だ。
海水も一緒に入るかもと思ったがそんなことはなかった。自分が入れたいと思ったものだけが入るので便利だ。そうじゃなかったら普段の出し入れで異空間ボックスに大量の空気が入ってるだろうし、海水が入ってこないのも頷ける。
「えらい上機嫌だな」
夕方になって港に帰ってくると、イヴァンに呆れられた。どうやら他の皆も港に揃っているようだ。
「そりゃねぇ」
「うふふ」
莉緒と顔を見合わせると笑みがより深くなる。なにせマグロが大量に獲れたのだ。サイズが巨大だし、日本で食べたマグロと同じかどうかはわからないが、それでも期待はしてしまう。
「他にもいろいろ獲れたけど、まずはマグロだな」
「そうね。でも今日はマグロの解体だけで終わるんじゃないかしら」
「かもね」
そう言葉にしながら異空間ボックスに入っているマグロを取り出す。と、勢いよくマグロがビチビチと暴れだした。
「うわっ」
慌てて魔法で空中に持ち上げると、空中でくねくねと暴れだすだけになる巨大マグロ。
「デカすぎだろ」
「おっきい!」
「わふわふわふっ!」
その大きさは六十メートルほどだろうか。港にある何もない広場に出したとはいえ、百メートルを超える広さもなかったので、取り出したのは小ぶりなやつだ。
営業を終えた近くの鮮魚解体所で、余り物を酒の肴にして飲んでいた漁師たちが椅子から転げ落ちている。
「支えてようか?」
「ああ、頼んだ」
マグロを空中に張り付けておく役割を莉緒に代わってもらうと、テーブルやまな板と包丁代わりの刀を取り出して解体の準備だ。そしてマグロの頭に一撃を入れると血抜きを行い、巨大マグロの解体が進んでいくのだった。
一メートルくらいの大きさの切り身を部位ごとにまとめていくつかテーブル乗せた頃、港にはそこそこの野次馬が集まっていた。他の部位は異空間ボックスへと仕舞っているが、頭だけは見世物用に置いてある。ここにある切り身がどんな魚なのかがすぐわかるだろう。
解体の様子をエルが写真に撮っていたが、俺たちも動画を撮っていたし感化されたのかもしれない。
「な、なぁ、これって湾の外に出る奴だよな……?」
恐る恐る近づいてきた漁師が好奇心を抑えきれなかったのか、声を掛けてきた。
「そうですよ。よかったら食べてみます?」
「え? は? ええ? いや、いいのか?」
何匹か巨大マグロを売ろうと思っているけど、獲った奴が他にいない魚だ。実際に食ってもらってから相場を現地の人に決めてもらえると非常にやりやすい。ということを条件にして、切り身の塊を漁師に差し出すと言えば快諾してくれた。
お隣さんの街になる予定だし、邪険にするほどでもない。
「こんなの獲ってこれる奴は他にいねぇんだ。ふっかけても買うやつはいると思うがなぁ」
「そんなことしたら買う人が金持ちだけになるじゃないですか」
「はは、違えねぇ。ありがとな」
笑顔になった漁師のおっちゃんが手を振ると隣のテーブルに向かう。「おこぼれをもらったぞ! おめぇら手伝え!」と声を張り上げると、あっちはあっちで盛り上がり始めた。
「ここからはあたしが」
食材が普通に料理ができそうな通常サイズになったからか、エルが進み出てきた。巨大魚の解体は、刃物の先に魔力で伸長した刃を使っていたのでエルには難しかったのだ。
「よろしく」
交代したエルが手際よく切り身を捌いていく。こうやって切り身を見る限りではマグロそっくりだ。帝国の港でも刺身を食べていたし、マグロもどきも大丈夫だろうと思って鑑定したけど問題なさそうだ。
「まずは刺身です」
ワサビを乗せて醤油を垂らすと、適度に醤油を弾いて脂が乗っている様子が見える。
「中トロみたいね。美味しそう」
鑑定でも中トロと出た刺身を口に入れると、しっかりとしたマグロっぽい味と脂の甘みが口の中に広がっていく。
「おいしい!」
「美味すぎるだろコレ」
「わふわふ!」
なんだかんだ肉が好きなニルも嬉しそうに食べている。
「次は塩マグロです」
塩で締めて適度に水分が抜けたマグロだ。旨味が凝縮されていてこれも美味い。その後もどんどんとエルからマグロ料理が出てくる。マグロのカルパッチョにユッケ、酢締め、炙り、表面だけ火が通ったマグロカツやニンニク醤油ステーキだ。
「な、なんだその美味そうな料理は!?」
「あ、調味料は提供するのでよかったらどうぞ」
隣で盛り上がっている漁師や街人たちから声を掛けられ、ある程度のレシピも提供する。基本的に調味料がなければ作れないレシピがほとんどなので、変に広がることもないだろう。
「こ、これは、伝説のマヨネーズ!?」
「う、うまいぞーーー!!」
「この旨味、普通の魚とは違う!?」
「伝説のショウユとミソまであるのか!」
何やら調味料に興奮する街人もいるようだが、提供した料理は問題なく受け入れられているようだ。
そしてこの日、普段は閑散としている港だったが、夜遅くまで宴会で賑わったという。
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