第97話 被害者

第96話もちょっとだけ(主に最後を)修正しています。(2021年2月11日19:25)


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「これはこれは、ミミナ商会のトチリアーノ支部長ではありませんか」


 んんん? ミミナ商会って確か……。あー、そういえば前に行ったときに細身の男がいたな。あれって支部長だったのか。

 なんかすげぇ睨まれた気がしたんだけど、俺たち何かしたっけ?


「あぁ、カリギルくんか。ちょうどよかった。キミに伝えたいことがあって来たんだ」


「はい。なんでしょう?」


 ちらりとこちらに視線を向ける店長のカリギルさん。客の前で堂々と話していいことなのか気になったんだろうか。


「なに。手間は取らせない。悪いが、うちの商会からの融資は打ち切らせてもらうことが決まった。それを伝えにきただけだ」


「――えっ?」


 ええ? ナニソレ。やっぱり俺たち聞いちゃまずそうな話じゃねぇの。融資を打ち切るって、最悪この店で服買えるかどうかわからなくなるってことだろう。

 幸いに俺たち以外に人はいないが、誰かに聞かれでもして話が広まったら大変なことになりそうだ。


「すまないがこちらにも事情があるのでね」


「ど、どういうことでしょうか」


 トチリアーノがちらりと意味ありげにこちらに視線を向けてくる。


「なに、簡単なことだ。我が商会も資金繰りをなんとかしないといけない状況になってしまったのだよ。どこの誰がやったのかわからないが、商会の集積所が破壊されたので復旧作業に取り掛からねばならなくなったのだよ」


 んん……? 集積所の破壊とな。なんだか最近聞いたことのある単語だな。

 店の入り口で退屈そうにしているニルへと目を向けると、ちょうど大あくびをしているところだった。


「そうだったのですね……」


「うむ。我々はともに被害者だ。他の商会からも融資を受けていると思うが、なんとか凌いでもらえればと思う」


「わ、わかりました」


「ではこれで失礼するよ」


 踵を返して出て行こうとするトチリアーノだったが、俺たちの前でぴたりと立ち止まると声を掛けてきた。


「そういえば、いろいろな冒険者の皆様に聞きまわっているのですが、ひとつ聞いてもよろしいでしょうか?」


 細い目をいっぱいに見開いたトチリアーノが俺たちに迫ってくる。


「何でしょうか?」


「我が商会の集積所を破壊した犯人を知りませんかね?」


 なんとなく予想された質問の内容に、動揺しないように心を落ち着ける。


「巨大なシルバーウルフが森で発見されて討伐されたという話はギルドで聞きましたが、それじゃないんでしょうか?」


「ええ。わたくしは犯人が別にいると睨んでいるのですよ」


 確信を持った目で俺たちを見据えるトチリアーノに、なんとなくではあるが冷や汗が背中を伝ってくる感覚に襲われる。

 そういえばニルが俺たちの前に現れたとき、集積所を盛大に破壊しながらやってきたな。それがミミナ商会のところだとは知らなかったが、他の店への融資を打ち切るとか見えないところで被害が出ているとは……。


「そうなんですね。それは大変ですね」


「なので犯人をもしご存じであれば教えていただけないかと思いまして」


「残念ですが心当たりはありませんね」


「ふむ……。そうですか」


 トチリアーノの予想通り、犯人は討伐されたシルバーウルフじゃなくて別にいる。というか従魔のニルだ。集積所を破壊したのはテイム前だったから、俺たちが悪いというわけでもない。ギルドでもそこは問題ないと言われている。でも街まで引き連れてきた事実はあるわけで、なんとも言えない罪悪感だけが残る。


「わかりました。ありがとうございます」


「いえ、お気になさらず」


「では、資金調達に忙しいので失礼します。もう通達は出していますが、次はベルドラン工房へ借金の回収に行かねばなりませんので」


 ベルドラン工房と聞いて真っ先にクレイくんの顔が浮かぶ。嬉しそうにニルの背中に乗ってはしゃいでいた印象がある。

 すごくいい仕事をしてくれた工房だったけど、ミミナ商会に借金してたのか? そんな素振りは見なかったけど、そこは客商売か。経営危機なんですとか宣伝したらますます売れないだろう。


「そういえばあの工房にはまだ幼い男の子がいましたな。借金が払えずに売られなければよいのですがね……」


「「えっ?」」


 トチリアーノの言葉に思わず莉緒と声が重なる。売るって何をだ? 男の子が売られるって聞こえたけど、聞き間違いじゃないよな。


「おや、ご存じなかったのですか。借金が払えない場合は借金奴隷として家族が奴隷商に売られることもあるんですよ」


 わざわざ言い聞かせるような言葉で詳しく説明してくれるが、あんまり頭に入ってこない。あのクレイくんが借金奴隷として売られる? いやいや、んなバカなことがあるわけ……。


「では」


 去っていくトチリアーノを思わず引き止めたくなったが、咄嗟に言葉が出てこない。


「……どういうことなのよ」


 ポツリと呟いた莉緒の言葉に俺も返す言葉が見つからない。


「と、とりあえずベルドラン工房に行って……」


「……行ってどうするのよ?」


 絞り出した言葉に莉緒から冷静なツッコミが入る。行ってどうするって。


「そりゃあ……」


 言いかけたところで言葉に詰まる。その借金取り待った! とでも声を掛けるのか。止めるにしても、仮に俺たちが払うにしても『なぜ?』という話になる。

 わざわざ俺たちに言い聞かせるように話したトチリアーノは、ニルがやったっていう確信があったのか。それとも単に俺たちを犯人に仕立て上げたいのか。

 どちらにしろ俺たちが連れてきてしまったニルのせいで、このお店やベルドラン工房が被害を受けるのはどうにかしたいと思った。

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