第98話 スルーはできません

 なんとかしたいと思いつつも何も方法が浮かばないまま、ベルドラン工房へとやってきた。すでにトチリアーノは去ったあとのようで、その姿は見られなかった。


「こんにちは」


 カウンターに力なく腰掛けているベルドランさんへと声を掛ける。

 ゆっくりと顔を上げて俺たちを視界に入れると驚いた顔を見せるが、その表情が疑問形に変わっていった。


「おう、あんたらか。どうしたんだ」


「あー、えーっと……」


 俺たちが言い淀んでいるとハッとした表情になるベルドランさん。


「もしかして、納品した家具になにか不備でもあったのか」


「いえいえ、そうじゃないんです」


 慌てて否定するが、何とも言いだしづらいな。

 家具自身は何も問題はない。といっても野営はまだしていないので、使い心地などがわかるのはまだこれからだけど。


「ミミナ商会の支部長が、このお店のことを言ってたのでちょっと気になって……」


 莉緒が引き継いで言葉を続けると、ベルドランさんから力のない笑いが漏れる。


「ははっ、情けない姿を見せちまったな……。まぁそれも、仕事を選んできたツケが回ってきたってもんだ」


「……」


「そうよ。おじいちゃんの自業自得なんだから、あなたたちは気にしなくてもいいのよ」


 何も言えないでいると奥からクレイくんを抱えたサリアナさんが出てきた。そういえば初めてこの店に来たとき、素材を出そうとしたけど見もせずに追い返されそうになったっけ。とはいえそれだけで赤字経営になるとも思えない。何か深い事情があるんだろう。


「そうだな。家具のメンテナンスなら他の工房でもできるだろう。そこは心配しなくても大丈夫だ」


「えっ?」


「他の工房ってことは……」


 ベルドランさんの言葉の意味に気付いてしまったが、あまりの出来事に言葉が続かない。


「それもしょうがあるまい。この店は畳むことにする」


「他に方法は……」


「ないな。店を維持するために家族を売るなんてマネは絶対にしねぇ。……くそっ、いきなり利子が三倍になった上に今すぐ返せと言われるとは思ってなかったがな」


「三倍!?」


 イラつきながら吐き捨てると、カウンターへと拳を叩きつける。

 利子三倍っていくら何でもやりすぎじゃないかな。借りた後で利子を上げられたら返す方はたまったもんじゃない。利子を上げた理由はわかるが、それは犯罪にならないんだろうか。


「あぁ、なんでも商会ですぐに金が必要になったんだとよ」


 こんなところにも集積所破壊の余波が出ていると思うとなんともやるせない。何か方法はないんだろうか……。服飾店では融資が打ち切られたって話だし……。ってそうだ!


「他の商会から融資とか受けられないんですかね?」


 服飾店が受けられていたんなら他の店だって受けられないはずもない。すでに受けているって話でなければもしかすると――


「融資だぁ? んなもん高級店でもなけりゃ無理だ。先立つものがねぇからな」


 ベルドランさんに一蹴されるも、ここで引き下がるわけにもいかない。ミミナ商会の金策によってどれだけのお店が被害に遭っているかわからないが、自分が関わった範囲だけでもなんとかしたい。マッチポンプみたいになっているが、自分の精神衛生上もよろしくないのだ。


「でも、このお店はラシアーユ商会に紹介してもらいましたし、あそこの商会のフルールさんなら知り合いなのでお願いしてみますよ」


 俺の言葉に目を丸くしているベルドランさんとサリアナさん。地面に下ろされていたクレイくんは、気づけばニルと戯れていた。


「あー、いや、それはありがたいが……、わしらにそこまでしてくれる義理もないだろうに」


「そこは気にしないでください」


 正直に話すと面倒なことになりそうなので黙っておく。ベルドランさんたちのためというよりも、自分たちの精神安定を保つためという意味が強い。まあクレイくんに苦労をかけたくないのもあるけど。というわけで自己満足だから気にしないでください。


 それにだ。これはいい機会なのかもしれない。異空間ボックスに死蔵していたアイテムの使い道ができたともいえる。それにこの方法なら、俺たちが直接援助するよりも受け入れてくれるかもしれない。ベルドランさんの性格だと絶対に直接は受け取ってくれないだろうし。


「柊……? そんな約束して大丈夫なの?」


「うん。たぶん大丈夫だと思う」


 小さい声で尋ねてくる莉緒に、自信満々に答える。この方法ならたぶんフルールさんも首を縦に振ってくれるんじゃないかな。

 それにベルドラン工房以外の、ミミナ商会の金策の被害に遭った店にも援助が行き届く気がする。


「だからしばらく店は畳まずにちょっとだけ待っていてください」


「あ、ああ……、少しくらいならかまわないが」


「無理はしないでね?」


 戸惑いを見せる二人を安心させるように頷くと、ベルドラン工房を後にする。


「よし、この際だから師匠の遺産を大放出だけじゃなくて、いろいろ広めてみようか」


「いろいろ……?」


 莉緒の首が斜めに傾いているが、いろいろ広めるにはちょっと準備が必要だな。見本を作って持っていったほうがフルールさんもわかりやすいだろうし。

 そうと決まれば今夜は全力で見本を作るか。フルールさんのところには明日の朝一で行くことにしよう。

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