変わらないもの

水瀬 由良

変わらないもの

 鬱蒼うっそうとした林の中の石段を上っていく。石段はゴツゴツしている上に、コケが生えていて、バランスがとりにくくて、滑りやすい。しかも、やたらと段数が多い。

 両脇には、アジサイが咲いている。そのアジサイの上にはカタツムリがのそりと歩いている。梅雨にはまだ少しだけ早い。


 この石段の先には神社がある。

 たまの帰省なのに、なんでこんなことをしているのか。

 

「ちょっと神社まで届け物をしてくれない?」

という母親の話があったからだ。


 荷物の中身は、小さな鍋だ。神社で何に使うかは分からない。


 おかげでただでさえ歩きにくいのに、重い荷物を提げているものだから、余計につらい。ようやく、神社に着くと、またカタツムリがお出迎えしてくれる。今度は本物ではない。カタツムリの像があるのだ。不思議なことに、この神社はカタツムリを祀っているのだ。

 

 理屈は分からないでもない。

 一生家に困らないようにとの願い、らしい。確かにカタツムリは家には困っていなさそうだ。困っているのであれば、それはカタツムリではなくナメクジだろう。


「わざわざよく来てくれたね。それはこっちに持ってきてくれるかな」

 住職が挨拶をしてくれる。そういって案内されたのは、境内の奥にある倉庫だ。なぜか神社には不釣り合いなほどに大きい倉庫と大広間がある。倉庫にはいろいろな物が入っている。何に使うのかこれまた不思議だ。


「今日はありがとう。ご両親によろしく」

 軽く会釈をして、神社を出る。

 

 今回、帰省したのは家の片付けのためだ。いろいろものがあったが、目を引いたのは引き出しにしまわれていた金貨だった。古い金貨だ。小判ではない。いつに使われたんだろうか。それは重量があり、決して金メッキではない威厳があった。売ればそれなりになるのではないか? 


 これはなんだと聞いたが、大事な物だから置いておくように言われた。確かに大切そうなもので、位置さえ分かっていればいいかと思い、また引き出しにしまった。

 

 こんな感じで3,4日実家にいたが、俺にも用事があるからと戻った。

 そして、まもなく、梅雨に入った。

 最近の雨は、遠慮がない。毎年、どこかで豪雨となっている。


「西日本、記録的な豪雨」

 またか、とは思ったが、ネットの見出しを見て、クリックする。目を疑った。

 見覚えのある風景が表示されていた。そして、見覚えのある屋根だけが水の中に浮いていた。間違いない。家だ。


 そういえば、祖父が言っていたことがあった。

「ここは昔から水害が起こっていた場所でな、最近は工事もされたから起こってないが、それでも日頃の備えを怠ってはいかん」


 今、どうなっているのか。まさか、あの中にいるんじゃないか?

 不安だが、こういう時にこちらから連絡のは迷惑でしかない。スマホの電源もどこまで持つか分からない。こういう時こそ、落ち着いてからだ。


 これだけの豪雨になると、死者が出たとの報道もでれば、行方不明者が出ているとの報道もある。気が気でないが、だからこそのぐっと我慢した。


 後日、親から連絡があった。

 確かに大きな被害だったが、近所の人たちは皆無事だという。


「よかったよ。すごい豪雨だっていうから心配したよ」

「ええ、でもね。神社があるから」

 電話の向こうで母親が答える。


「神社?」

「そう。カタツムリの神社。行ったでしょ? この前に来た時に」

 確かに行ったが、あそこの神社があるからってどういうことだ。


「あそこの神社は昔からの避難所なのよ。水害がたびたび起こっていた地域だから、昔は高い場所にあるあそこに避難してたのよ」


 だから、あんな石段を上らされたってわけで、倉庫には鍋とかもあったってわけか。

「それからね。あそこの神社には代々伝わる梅雨時期の星の見方ってのがあってね。こんな豪雨の時には星の見え方が変わるんだって。今回もそれで早めに避難できたってわけ」


 昔の人の知恵というのは侮れない。ちょっとした空気の変化を星の見え方から学んでいたのだろう。実際に、周りの市では死者も出ているのに、死者が0というのは誇っていい。


「でも、家が……家財道具だって」

 そう、間違いなく浸かっていた実家。これからどうしたらいいのか。もちろん、保険には入っているだろうが、それにしたって元通りということにはならないだろう。


「それこそ、大丈夫よ。ほら、見たでしょ? 金貨」

「? 見たけど。あれを売るのか?」

 確かにある程度のお金にはなりそうだが、到底足りない。


「まぁ、安心して。こっちは大丈夫だからね」

 そう言うんなら、そうなんだろう。

「でも、一応、そっちが一段落したら向かうよ。今行っても、逆に迷惑だろう?」

「そうね。そんなに気になるんだったら、こっちから連絡入れるから、また来てちょうだい。することはそれこそ山とあると思うわ」


 そう言われて、呼ばれてから行くと確かに大丈夫だった。それだけではない。他の家も特に問題はないようだった。あれだけの水害なのに不思議な話だ。


「今度の水害のこともあったし、一応、じいさんに会いに行くよ」


 母親にそう言って、祖父に会いに行く。

 祖父は施設に入っているが、用心を怠ってはならないとかで事前にハザードマップを調べてから、その施設に入っていたらしい。

 そんなしっかりしていて、施設に入った理由を聞くと、もうあの石段を上がるのは辛いからということだった。


 聞けば納得の理由だ。

 家も大丈夫そうだよと言うと、祖父は

「そりゃそうだ。あの神社があるからな」

と言った。


 祖父はあまり大きな声で話す話ではないが、知っておかないといけない話だからなと前置きをして、話してくれた。


 なんでも、家の近くはその昔、金山があり、江戸時代はその金を使って小判が作られていた。ただ、江戸時代のことであり、ここらでは少し金の量をごまかしていた。そして、作ったのがあの金貨とそして、水害があった時のために蓄財をしていた。その蓄財をしていたのが、あのカタツムリの神社だ。


 蓄財をしているとは言っても、何もしていない者にその恩恵を与えるわけにはいかない。そこで、地域で話し合いお金を出し合って、金貨を持ち合う。金貨を持ち合うというのは、一種の保険契約でもあったわけだ。


 しかも、水害の時でも金貨だけなら持ち出せる。証文代わりになるってことだ。


 そして、それもこれも絶対に流れないカタツムリの神社があってこその話だ。まさに一生どころか、何代にも渡って守ってくれているわけか。

 

 祖父にまた来ると言って、帰りのシャトルバスに乗る。

 バスが駅に着いて、しばらく待っていると、駅のホームでカタツムリが這っていた。雨も少なくなったっていうのに、こんなところを歩いていたら干からびるぞ。


 いつもは気にとめない、カタツムリだが、家を背負っているのが妙に気になった。手でつまんで、そこらの葉っぱの上にのせてやる。


「これで、俺も家には困らないかな」


 梅雨空け間近の空にそんなことを思った。

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