第3話 レイチェルのしたい事


 レイチェルの住む村は海に面しているという事もあり、漁業が盛んである。オオカミは魚の臭いが苦手なので、村が襲われる事は比較的少ない。

 しかし、魚を求めてやってくる商人を襲おうと、オオカミがこの村近くの街道などで良く目撃されていた。

 その為なのか、それとも二代目赤ずきんであるソフィが住んでいるからか、ハンター頭巾協会の支部もあり、ハンター頭巾達も多くこの村を訪れていた。


 この村のハンター頭巾協会支部長は、引退したハンター頭巾で、現役だった頃はレイチェルの祖母、レベッカ達ともに超巨躯オオカミを討伐した経験もある、名が知られているハンター頭巾だった。


 二代目赤ずきんであったソフィの家は、他の家と比べれば少しばかり裕福だ。

 レイチェル達が家に入ると、リビングでは支部長のボールドが、ソフィとお茶を飲みながら談笑していた。

 レイチェルがリビングに入ると、ソフィが席を立ちレイチェルを座らせた。


「レイチェルお帰りなさい。ティル、レイチェルを呼んできてくれてありがとうね」

「はい。じゃあ、私は帰るね」


 ティルはレイチェルを連れてきたので家を出ようとしたのだが、ソフィにレイチェルと一緒に話を聞くように言われ、支部長と対面する形でソファーに座った。


 二人が座るとソフィが二人のお茶を用意しに台所へと戻る。ソフィがいなくなった事でレイチェルとティル、ボールドの三人だけになった。

 ボールドはレイチェルを見て、先ほどまでのにこやかな目が鋭い目つきに変わる。

 ボールドという男は、剣技しか使えないレイチェルを蔑んでいる節があった。

 しかし、戦闘能力が低いとはいえ、オオカミ退治に有効な戦い方を思いつける才能を利用したいと思っているので、内心は嫌々レイチェルを持ち上げていた。

 ボールドのその態度を、レイチェルは見破っていた。


「レイチェル。今日も答えは変わらないかい?」


 これでもう何回目なのか……レイチェルはうんざりしていた。

 この男は、私を見下している。おそらくハンター頭巾に登録したら、利用するだけ利用して、万が一オオカミ退治に失敗したら、責任を押し付けてくるのが目に見えている……とレイチェルは内心、溜息を吐く。


「毎回言っていますけど、私はハンター頭巾になるつもりはありません。私には才能が無いし、自ら死ぬ為にハンター頭巾になるつもりはないと、いつも言っているはずですが?」

「し、しかし……」


 レイチェルが無表情でそう答えると、ボールドは歯をギリっと噛みしめる。舌打ちも出そうになったが、それは止めた。

 少しでも印象を良くして、レイチェルを引き込もうと必死なボールドはひきつらせた笑顔を見せていた。


「これで話は終わりですね」


 レイチェルは席を立ち、「ま、待ってくれ」と制止してくるボールドを無視して自分の部屋に戻る。

 そしてベッドへと倒れこんで……。


「無能な私に頭を下げるのが嫌で嫌で仕方ないんだろうな……そう言った態度が目に見えているよ……。それに……」


 レイチェルがハンター頭巾になりたくないと言うのには、自分に才能がない意外に理由があった。

 幼い頃からソフィからレベッカの英雄譚を聞かされて育ったレイチェル。幼い頃は自分もハンター頭巾になって赤いずきんを被りたいと思っていた。

 だけど、自分には祖母の様な特殊能力もなく母のような銃技も使えなかった。それでもレイチェルは日々の鍛錬を繰り返し、父譲りの剣技を会得した。

 しかし、剣技を使えるようになったレイチェルにハンター頭巾達は冷たかった。


『赤ずきんの孫なのに剣技しか使えない無能』


 これがレイチェルが幼い頃から陰で言われ続けた言葉だ。

 二代目赤ずきんに会ってみたいと村を訪れたハンター頭巾達がレイチェルを見て苦笑する。

 そして、ハンター頭巾はレイチェルの家を出る時に必ずと言っていいほど、レイチェルを酷評していた。

 いつも、裏庭でヒサメと遊んでいたレイチェルは、嫌でもこの酷評を聞かされて、成長していった。

 実はそれは今でも続いている。先日もソフィに憧れた優しそうなハンター頭巾の少女が、家を出た瞬間、レイチェルに対し悪口を言っていた。

 そんな状況なのに、効率のいいオオカミの殺し方を思いつくからと言って今更ハンター頭巾になれとは、些か都合のいい話である、とレイチェルは思っている。


 一時間ほどベッドで寝ころんだ後、レイチェルは自分の剣を持って裏庭へと出た。そして日課である素振りを始める。


(こうして剣を振っている時だけは、何も考えずに済む……)


 例え馬鹿にされたとしても、自分には剣技しかないから自衛の為の鍛錬を欠かす事はなかった。

 レイチェルは時間を忘れて剣を振った。そんなレイチェルを見て声をかけてくる者がいた。


「レイチェル。精が出るな……」

「お父さん!」


 レイチェルの父ハンゾウは戦えなくなった後は、料理人として小料理屋を営んでいた。剣は振るえなくなったが、今は剣を包丁に持ち替え、剣技を生かして料理の道を進んでいる。

 レイチェルにとって父は誇りなのだが、そんな父も、ハンター頭巾達からは白い目で見られている。


「どうした? 何か悩み事か?」

「うん? どうして、そう思うの?」


 ハンゾウは自分の技術を受け継いでくれたレイチェルの事を大層かわいがっており、レイチェルの剣に迷いがあると、悩み事があるのかと、すぐに気付き声をかけてくれていた。


「剣に迷いがあったからな。また支部長が来ていたのか?」

「うん……どれだけ断っても来るんだ。都合がいい話だよね」


 レイチェルはソフィには悩みを打ち明けていなかったが、ハンゾウには悩みを打ち明けていた。そして、ハンゾウ自身もハンター頭巾協会からは冷遇を受けていたので、レイチェルの気持ちが痛いほどわかってしまう。だが、ハンゾウはレイチェルと違い様々な経験をしているので、陰で何を言われようと気にはしなかった。

 だが、幼かったレイチェルは違う。だからこそ、ハンゾウはレイチェルを大事に可愛がって、気にかけていた。

 ハンゾウはレイチェルの頭に手を置く。そして、優しく撫でた。


「レイチェル。他人の言葉になどに耳を貸す必要はないよ。本当に必要なのは自分がどうしたいかだ。レイチェルは何かしたい事があるのかな?」


 ハンゾウにそう言われ、レイチェルは考える。


(自分は一体どうしたいのだろう? 考えた事もなかった)


 レイチェルがいつも思っていたのは、ハンター頭巾になんかなりたくない。それだけだったから……。

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