第2話 才能なしのレイチェル
望まぬ形で『三代目赤ずきん』の名を受け継いでしまったレイチェル。
ハンター頭巾協会からも、何度もハンター頭巾としての登録を懇願されたが、レイチェルは首を縦に振る事はなかった。
レイチェルがハンター頭巾になるのを拒否するのには、明確な理由があった。
レイチェルは剣しか使えないのだ。しかも、剣技だけならば、凄腕のハンターをも無傷で倒せてしまうほどの腕前だった。
この剣技の才能は、二代目赤ずきん、ソフィの夫でレイチェルの父、ハンゾウから受け継いだものだ。
ハンゾウは、遠く離れた東方の出身で、東方には、オオカミとは違う魔物と呼ばれる異形のモノが跋扈(ばっこ)していた。
ハンゾウは東方では負け知らずの剣士だった。だが、どれだけ洗練された剣技でも、オオカミを倒す事は出来なかった。
オオカミは斬撃に対し、異常なほどの耐性を持っていた。例え、深く斬ったとしても、オオカミの自己再生能力によりすぐに傷が塞がった。
一撃で斬り落とせれば倒す事も可能だったのだろうが、オオカミは身体能力も高い為、ハンゾウの腕を持っても、腕を斬り落とす事は出来ても、倒すまでにはいかなかった。
結果、ハンゾウはオオカミの攻撃を受け、二度と戦う事が出来なくなった。
ハンゾウよりも劣る剣技しか持っていないレイチェルではオオカミを効率良く殺す方法を思いついたとしても、殺せるわけじゃない。
例え、オオカミの弱点である『銀の武具』を使ったとしても、自己再生の方が速いだろう。
それ以外に、レイチェルにはオオカミ退治を好きになれない理由があった。
オオカミは動物の突然変異により生まれたんだ。オオカミだって好きであんな姿になったわけじゃない……レイチェルはそう考えていた。
とても甘い考えだ。
オオカミは確かに突然変異で生まれたかもしれない。だが、オオカミが人間を襲っているのもまた事実だ。
レイチェルの祖母であるレベッカは、レイチェルにハンター頭巾協会に協力するよう言っていた。
例え戦えなくとも、オオカミを効率よく倒す戦い方は、他のハンター頭巾の手助けになる。そうレベッカは考えていた。
レイチェルは大海原を見渡せる丘へと、飼い犬のヒサメの散歩に来ていた。
レイチェルはこの場所が好きで、いつもここに座って大海原を眺めていた。
「ねぇ、ヒサメ。どうしてハンター頭巾は人々のために戦い続けなきゃいけないんだろうね。私はオオカミを殺す方法を思いつけるけど、自分で殺す事が出来ないんだ。それは私が剣技を使うからとかじゃなくて、怖んだ……オオカミって生物がどうしようもなく怖いんだ……」
そう言って、レイチェルは小刻みに震えていた。そんなレイチェルを見てヒサメが慰める様に顔を舐める。
「あはは。慰めてくれているの? 本当に、ヒサメだけだよ……私の本当の気持ちに気付いてくれるのは……」
レイチェルはヒサメに抱きついた。
ヒサメは、レイチェルが生まれた時から、十六年間、一緒に暮らしている
だが、老犬にしては肉付きも良く、若い犬と間違えられる事もあるほど衰えを知らない犬だった。
レイチェルは隣で伏せているヒサメを優しくなでる。
「この世に神様がいるのなら、オオカミをすべて消してくれたらいいのにね……。この世から、オオカミがいなくなれば、ハンター頭巾も必要なくなるし、私自身も三代目赤ずきんなんて言われなくて済むのにね……」
「くぅーん」
ヒサメは立ち上がり、レイチェルに体を擦り付けてくる。そんなヒサメの優しさを受け、レイチェルはヒサメに抱きつき優しく撫でた。
ずっと、こんな時間が続けばいいのに……。そんな風に思いながら、目を閉じヒサメの背中に顔を埋めた。
そうして、少しうとうととしてきた時、レイチェルを呼ぶ声が聞こえてきた。
「おーい。レイチェルー!」
レイチェルは声がした方を見る。すると、レイチェルと同じ歳くらいの女の子が手を振って丘を駆け上がってきた。
彼女の名前はティル。
緑色の髪の毛を肩まで伸ばした、レイチェルの幼馴染だ。
ティルはレイチェルの母、ソフィの幼馴染にして、パートナーのハンター頭巾だった女性の娘であり、レイチェルが、今後三代目赤ずきんを正式に名乗る事になった時の為のパートナーとして育てられた十六歳の女の子だ。
「ティルがこの丘に来るなんて珍しいね」
「うん。ソフィおばさんがレイチェルを呼んできて欲しいって言っていたんだ」
「へぇ……」
お母さんが呼んでいる……レイチェルは嫌な予感しかしなかった。
母であり、二代目赤ずきんだったソフィは、普段は優しい母親なのだが、レイチェルがハンター頭巾になりたがらない事に関してだけは、しつこかった……。
「お母さんは何を理由で私を呼んでいるの?」
「いつものハンター頭巾協会の支部長さんが、レイチェルを訪ねて来ているんだよ」
やっぱり……毎度の事で、レイチェルはうんざりしていた。
ハンター頭巾協会の支部長が良くレイチェルの家に来るのは、レイチェルを新人教育の為に協会に登録させたい、と話に来ているのだ。
ハンター頭巾に関わる気が全くないレイチェルとしては、支部長が来る事自体が迷惑だと思っていた。
「全く、支部長は何度言えば理解してくれるんだろうね。私にはオオカミを退治する才能はない。お母さんの弟子である、ティルの方が赤ずきんの素質があるよ。いっその事、三代目赤ずきんにはティルがなればいいんだよ……」
「もぅ、また言ってる。ソフィおばさんも、レイチェルには期待しているんだよ。なんて言ったって、あの伝説の赤ずきん、レベッカ婆ちゃんの孫なんだもん」
またか……。
レイチェルは呆れてしまう。もう何度同じ事を言われたか分からない。
(そもそもお婆ちゃんの強さの秘密は、あの突然変異による筋肉だ。私にはそんな特殊能力はない……。お母さんはお爺ちゃんの銃の腕を才能で引き継いだけど、私には銃は使えない。出来るのは剣を振るくらいだ。お父さんと一緒で、オオカミ退治に行けばすぐに怪我をするか、お父さんより弱い私は死んでしまう……)
レイチェルが俯いていると優しい顔でティルがレイチェルの腕を掴む。
「断るにしても、このままここに居ても仕方ないでしょ? 帰るよ」
「……うん」
レイチェルは、複雑そうな顔をしながらティルに手を引かれ、家路についた。
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